遠くなるピアノ

ネットを何気なく見ていると、思いがけない記事に出くわすことがありますが、読むなり気分が曇っていくようなものを目にしてしまいました。

ピアノの価格に関するもので、国内産のピアノは(すべてかどうかはともかく)毎年10%!もの値上げを繰り返しているという記述があり、まったく知らなかったので、単純に、素朴に、驚きました。
GDPの成長率も思うよう伸びないのに、毎年10%アップとはおだやかではない話です。

値上げの理由はいろいろあるようですが、需要の減少、熟練工の不足、天然資材の枯渇、物価上昇、賃金の値上がり、さらには長引く円安なども絡んでいるようで、もしかすると中国市場の極端な低迷なども影響しているかもしれません。
しかも、この「毎年値上げの方針」は、当分収まる気配がないというのですから深刻です。

以前であれば、日本人にとってピアノは国内メーカーのおかげもあり、その気になればなんとか手に入れられるものでしたが、それらも近ごろではずいぶんと立派なプライスとなり、さらにこの先そのような値上げが続いたら、時が経つほど縁遠い存在になる。

もし毎年10%の値上がりが続くと、5年後には手ごろなグランドでも400〜500万円、プレミアムモデルではその遥か上を行く価格となり、10年後には1000万円を越えるものも珍しくなくなるだろうとの予測までされており、開いた口がふさがりませんでした。

フェイクが横行するネットの世界、はじめは「まさか!」と思いつつ、K社の価格改定をみると確かに全機種がほぼそうになっているし、Y社も時期や値上げ幅にはばらつきはあるものの値上げ方向であることに変わりなく、この先、ピアノは文字通り高嶺の花になってしまうのか?
将来ピアノを買う(買い換える)という目標があっても、年々ピアノのほうが空高く離れていくようで、なんたることか!と思いました。

そこにあったアドバイスのひとつは、欲しい人は一日も早く購入すべき!というもの。
長期ローンを組んだとしても、毎年10%の値上がりよりはbetterというもので、反論できないシンプルな理屈でした。
個人的には新品に未練はないけれど、中古ピアノも新品と価格連動するから相場全体が上がっていくだろうし、なんとも息苦しい時代に突入したものです。

試しに電卓を打ってみたら、毎年10%ずつ高くなると5年後には1.6倍、10年後には2.6倍で、100万円は260万円に、300万円は780万円になるとわかり、クラクラしました。

何度も聴きたいか

最近はいろいろコメントを頂いて、ありがたいやら嬉しいやら。

少し前、近ごろのピアニストついて「指がよく回って、上手だなとは思いますが、何度も聴きたいとは思わない」という意味のことを仰っていました。
これはおおいに共感するところがあり、どれほど見事な指さばきであっても、それだけでは感動的な演奏とはならず、感動の不在は演奏家として、これこそ最大の、そして「決定的に残念」なところだと思うのです。

何度も聴きたい演奏は、聴いた人の心になにか深いものを残していくもの。
聴くことで、何かが呼び起こされたり、慰められたり、悦びになったり、なんらかの精神と結び合うところに音楽を聞く意味があるように思います。

楽器用語ふうに言うと「心が共振する演奏」ということになるのでしょうか?
一度聴いたら、それで終わってしまう演奏は、強いていうなら「消費」であり、どれほど体裁は整っていても人の感覚を揺り動かすパワーはありません。

フォーレ四重奏団という素晴らしく魅力的なピアノ四重奏団がありますが、その演奏を聴いたアルゲリッチは「何度も聴きたくなる演奏」と言ったそうで、これこそが演奏家に最も求められることであり、つまり最高の賛辞なんだと思いました。

今日のコンサート現場では、まずなによりもチケットが完売になることが評価の尺度でしょう。
どれほど芸術的な素晴らしい演奏をしても、人が集まらなければ意味がないというのも、きわめて現実的な問題ということは否定しません。

だからといって、コンクールに出て、武功を上げて、メディアに数多く露出して、なにより「売れる」ことに目的が絞られ、肝心の演奏は全体の一部のようになっているのを見ていると、やはり辛いものがあります。

演奏家も有名になったらなったで、世渡りというか人気商売の海を泳がされ、俗世のことに目配りができなければ置いて行かれるし、しかも演奏もしなくちゃいけないとなると大変だろうとは思います。
真の芸術家を目指すことより、まずは自分のマネージメントや有効な企画を打っていくことが大事で、それに長けた人や組織に付いて、指示通りに動くだけでも一苦労でしょう。

そうなると、ある種ナイーブな演奏とは似て非なるものになってしまうのも、やむなきところもあるだろうことは、世情に沿って考えたらわかるような気がしました。
そりゃあ、みなさん小粒にもなりますよ。

日常の中にあるもの

頂戴するコメントの中に、フジコさんの音の美しさに関して、御母上(大月投網子さん)から受け継がれたブリュートナーのことに触れられていたのは、大いに頷けるところでした。

感性の基礎を形成する幼少期から、自宅にそのようなピアノがあったということは、かなりの影響があっただろうと思われます(いつから大月家にあったものか、正確なところはわかりませんが)。

海外の優れたピアノは、とりわけ戦前のものは音そのものが美しいだけでなく、繊細なタッチや音楽性を知らず知らずのうちに引き出してくれるから、さほど意識せずとも美しいものを慈しむ習慣が身につくだろうと思います。
演奏者のタッチや気分の変化に、ピアノが敏感に音として反応してくるのは、弦楽器のボウイングにも通じるものがあるかもしれません。

一般的に雑なタッチで弾く人は、その人が育ってきた教育環境とか、使われた楽器も無関係ではない気がします。
誰がどんな弾き方をしても、それなりに鳴ってしまうピアノを「普通のピアノ」と思ってしまうと、音色への感覚が薄れ、ひいては音楽に対するスタンスまで変わってくるはず。

昔は、多少叩くような弾き方をしてでも、難曲大曲をバンバン演奏できることが正義で、そこに秀でることに価値がありましたが、そうなってしまった原因のひとつに、使われた楽器の性質にも責任の一端があったかもしれません。

全体として、日本のピアノがとても素晴らしいことは誰もが認めるところですが、強いて弱点を挙げるとするなら、音色変化や歌心というか…表情が乏しく、曲になった時の収束感が薄い気がします。

ちなみに、戦前のブリュートナーの中には、フレームも厳かで絢爛たる装飾にあふれたモデルがあり、日々そういうピアノと接するだけでも、感性を刺激するところ大だと思います。
そんな幼少期から、波乱に満ちた数々の人生経験、孤独や絶望、そして晩年になって光が差し込んだフジコさん、だからその演奏には耳を傾けてみる値打ちがあったのだと思います。

写真は海外のサイトより一部を拝借しました

理由さまざま

フジコさんについての投稿にいくつものコメントをいただきましたが、やはりあの方には一時的な現象だけでは収まらない、継続的な人気が維持できるだけの魅力があったことを感じさせられました。

ブレーク早々、ラ・カンパネラが代表曲となり、そのCDもクラシックとしては桁違いの売れ行きであったことも話題でしたが、同業者はじめ少なくない層からの反感を買うことにもなり、言い方は不適当かもしれませんが「面白い現象だった」と思います。

コンサートでも、少なくともフジコさん登場以前に比べたら、あきらかにラ・カンパネラが多く弾かれるようになったと感じました。
もちろん、聴衆が好む曲だからという素直な動機もあったと思いますが、あきらかに「フジコのラ・カンパネラ」を意識して、ことさらにハイスピードで技巧的に弾いてみせるところに「これが本当のラ・カンパネラですよ!」というブームへの批判が透けて見えるようでした。

むろん、そんなことで怯むようなフジコさんではありませんでしたが。

フジコさんのピアノの特徴のひとつが、聴くものを誘う美しい音色だったと思います。
ご自身が語っていたところでは、「アタシの音がきれいだって言われるのは、指がこんなに太いでしょ、だからいい音がするのよ!」と両手をかざしながら言われていましたが、ただそれだけではない気がします。

フジコさんは聴覚にご不自由があったようで、そのことと関係があるのでは?と思うのです。
本能的か無意識かはわからないけれど、少しでも自分の出す音を捉えようとすることが、結果的に、通りのよい澄んだ音を生み出す誘因となったのではないか?という気がするのです…あくまで想像の域を出ませんが。

…それにしても、ラ・カンパネラがどうしてああも好まれるのか?
パガニーニによるキャッチーなメロディもあるだろうし、「ラ・カンパネラ」といういかにも華やいだ響きの名前とも無関係ではないかもしれません。
「ため息」もいいけれど、一般ウケするには「ラ・カンパネラ」のハレな感じには及ばないのでしょう。
ショパンの「幻想即興曲」も名前の力はあるはずで、即興曲第4番「幻想」ではダメだったのでは?

※写真は前回と併せて著作権フリーの画像からお借りしています。

新品とは?

少し前に書いた、「試弾は使用になる?」という疑問は自分の中にぼんやりあったのですが、大元になる経験を「そうだ、あれだった!」と突然思い出しました。

たしか5〜6年前のこと、ある輸入物の小型アップライトピアノを試弾したくて、やがてそれは岡山から東京まで広がりましたが、これという結論も出せずにいた時のことです。

ネットに関東のあるピアノ店で、同型の在庫をもっているところがありました。
そのピアノはすでに数年が経過しているらしく、その間にフェルトの色が新色に変わるなど、厳密には旧型といえるものでした。

数年間という短くはない期間、店舗に置かれていたということは、大事にされていたにしても、試弾も繰り返しされただろうし、お店の小さなコンサートなどでも使われることがあったようでした。
つまり楽器としての価値云々ではなく、商品としてみれば「旧型で長期在庫品」という事実を背負ったもので、こちらからみれば「新古品」というぐらいのイメージでした。

そういうことを踏まえて、価格などをごく普通に質問してみたつもりでしたが、返ってきたメールはえらく憤慨の様子で、およそ以下の様な主張を頂戴することに。
「そのピアノは発売された当初、自分が惚れ込んで仕入れたもので、一度も販売していない新品です!」
「入荷いらい、極めて大切に管理しており、しっかり整備もしている」
「今入ってきたものよりも熟成しており、最高の状態にあるにもかかわらず、そのようなことを聞かれたのは心外であり驚いた」
「このピアノの価値を理解される方に販売したいと考えています」というようなものでした。

驚いたのはこちらのほうで、「お気持ちを傷つけたのならお詫びします」と返信して、連絡を絶ちました。

人気のモデルで、中古も出たらすぐに売れてしまうのに、何年も買い手がつかないのはそういう訳かと苦笑いでした。
しかし、このことは結構なインパクトがあって、新品ピアノに対する定義を考えさせられるきっかけとなったのです。

入荷して一度も販売されていなければ、たとえ何年経過しても新品といえるのか?…と。

ピン磨き

新しいピアノ、あるいは弦を交換したピアノで目を引くものに、キラキラと眩しいチューニングピンがあります。
銀色に輝くピンの森は、目にも心地よいもの。

しかし、このピン周りのエリアは掃除がやっかい(というか不可能に近い)で、無数の弦が邪魔をしてなかなか手がつけられないため、どうしても汚れとホコリが年々堆積してしまいます。
そんな汚れなど、ピアノの音や本質には関係ないと言われてしまえばそうかもしれませんが、それでも、やはりきれいであることに越したことはありません。

我が家のグランドは30年ほど前のものですが、チューニングピンのキラキラする輝きはもはや失われ、全体にうっすらくすんでおり、新しいピアノのピンを見ると「わぁ…」となっていました。
そこはもうあきらめていた筈なのに、ボディをきれいにすると、どうしてもそのあたりが気になってくる。
いまさらですが、なんとかしたいという思いがついに抑えられなくなり、少しずつでも挑戦してみようという気になりました。

とはいえ、場所が場所だけにあまりヘンなことをするわけにもいきません。
クルマ磨きの経験から考えたのは、化学雑巾に某クリーナー(ココナッツオイル由来の天然成分による)をほんの少量ですが繊維にうすく染み込ませてからおそるおそる一本ずつ磨いてみることに…。

ところがピン同士の間隔が狭いため、周囲のピンがつねに指先に接触するのが邪魔だし痛いしで、作業がやりにくいといったらありません。
おまけに数が多いから(約230本?)、結構時間もかかってかなり疲れるので、休憩を挟みつつ数回に分けて磨き作業を続けたところ意外ときれいになりました。

サビや変質であればこうはいかないと思いますが、比較的順調に汚れが取り除けたということは、単純な汚れの蓄積だったのだろうと思います。
こんなことならもっと早くやればよかったと思いつつ、やり出すと、次なるターゲットが出てきてまた頭を悩ませます。

フジコ・ヘミング

2024年4月21日、フジコ・ヘミングさんが亡くなられました。
生前、年齢は公表されなかったけれど、92歳だったと知って驚きました。

このピアニストについては、擁護派と批判派が真っ二つであったことが印象的で、日本の音楽界で好みがこれほど分かれたピアニストは珍しいでしょう。
フジコさんは、ピアノだけでなく、生き様のすべてを自分の感性で染め上げた方でしたが、ツッコミどころも満載でした。

批判派の言い分もわかるところはあるけれど、普段あまり自分の意見を示さないような人まで、フジコとなると気色ばんで容赦ない口調となるのはいささか面食らったものです。
好みや感じ方だからそれも自由ですが、ならば他のピアニストに対しても、それぐらいはっきり自分の感想や意見を持ってほしいと思ったり。

なぜそんなに好みが分かれたのか。
第一には演奏のテクニック(主には指のメカニック)のことが大きいようで、ピアニストとしてステージで演奏するような腕ではないというのが主な言い分のようでした。

たったひとつのドキュメント番組によって、突如世間の注目を集めるところとなり、いらいCDもコンサートも売上は記録破りで、その人気ぶりは、一部の人達には容認できないものだったようです。

もちろんプロのピアニストにとっての技術は不可欠で、それなくしては成り立たないものですが、フジコさんのピアノはそれを承知でも聴いてみる価値があったと思うし、美しい音、とろみのある表現、さらにそこからフジコさんお好みの文化の世界が切れ目なく広がっていることを、感じる人は感じたに違いなく、私もその一人でした。

好みが分かれたもうひとつは、世間の基準に従わず、おもねらず、びくつくことなく、誰がなんと言おうと自分流を貫いて平然としているその様子が、ある種の人達には快く映らなかったのでは?

きっかけはたしかにNHKのドキュメント番組でしたが、私の見るところ、それ以降はご本人の実力でしょう。
ピアノはもとより、絵画、服飾、動物愛など、稀有な芸術家としての総合力で立ち位置を得た方だと思います。

フジコさんの手から紡がれるスローで孤独なピアノには人の体温があり、なにか心に届いてくる不思議な魅力があって、それが多くの人達に受け入れられたのだと思います。

実際の演奏会にも行ったことがありますが、たしかに技術の弱さでハラハラすることもあったけれど、同時に「美しいなぁ〜」「ピアノっていいなぁ〜」と思う部分がいくつもあり、これはなかなか得難いことだし、結果的にそんなに悪い印象は持っていません。

難曲をことも無げに弾くばかりが正義じゃないと、技術偏重の世界に一石を投じたような意義は「あった」と私は思っています。

調律の力

我が家のグランドは、これまで少々遠方から調律師の方に来ていただいていましたが、このところお呼びする暇もなく、さらにあまり弾かないことも重なって、つい間隔が空いてしまいました。
先日、気になっていた調律をようやく終えることができました。

今回は「試しに」といったら語弊があるけれど、比較的近くにお住まいのとても誠実な調律師さんがおられるので、その方にお願いすることに。
女性の方で、現在は女性のピアノ技術者さんも珍しい存在ではなくなりましたが、そうなる以前に修行を積まれた方です。

その方の師匠は地元ではかなりその名が轟いた方で、ご当人の真面目なお人柄とあいまって、しっかりと技術を積み上げておられ、これまでにも幾度かお願いしていました。
技術的にも奇抜なワザなどは一切使われない、ごまかしのない仕事をされ、まさに正攻法の調律を信条とされているようです。

その結果、今回は思わぬ発見がありました。
今回は時間の関係で整音はされず、ほとんどを丁寧な調律に費やされたのですが、その結果、ピアノは美しく整っただけでなく、予想以上に派手できらびやかな音になり、大げさにいうとホールのピアノみたいで、すっかり恐れをなしてしまうほどでした。

ということは、調律すれば、ピッチが上がって全体が整い、音の印象が明るくなるだけでなく、かなり華やかにもなるということを体験できたのかもしれません。
ある程度はわかっていたつもりでしたが、そこには想像をこえた効果があり、あらためて調律というものの効果というか、威力に驚ろかされることになりました。

これまでは、調律と併せて多少の整音作業が行われるので、音の角が丸められることで調律効果による華やかさはかなり抑えられ、ずいぶん相殺されていたんだということが、はっきりわかりました。

技術者の方にしてみれば、アナタ、いまごろそんなことで驚いているんですか?と一笑に付されるかもしれませんが、素人ですから、そうなんです。

ハノンが嫌いな理由

ピアノを楽器マニア的な側面からとらえると、通常の人にはないであろうバカバカしい、しかし大真面目な悩みなどが出てくるものです。
楽器と名のつくものは弾かれることで、さらによく鳴るように育っていくということは常識ですが、マニアはその一面ばかりを喜んでいるわけにもいかなかったりします。

弾けば弾いただけ、消耗品は文字通り消耗することも事実で、これはクルマが走るだけタイヤは減り、ダンパーやブッシュ類はヘタり、機械も傷んでいくのと同じです。
さらにその消耗はというと、常に全音域にわたって好ましく使いこなせるならともかく、いいとこ中級者レベルの弾き手では、低音域と高音域は弾かれる機会はかなり少ないのが現実。
つまり中音域の4〜5オクターブのあたりばかりが常用され、両端の音域は音を出すこともめったになく、そのぶんハンマーの摩耗にも偏りが現れます。

数少ない楽器好きな知人は、いちおう自身の練習もしてはいるものの「ハノンなどやりたくない」と言いますが、その理由が普通とはかなり異なっています。
ハノンが嫌われる一般的な理由は、退屈で、機械的な指訓練に辟易するというようなものですが、この人の場合は「ハノンは特定の音域の、しかも白鍵ばかり使うからハンマーの消耗が(とくに黒鍵と)均等ではなくなるのが気になってイヤだ」というわけで、実は私もまったく同感なのです。
だからといって、ハノンを全音域で、しかも半音階でやっていくわけにもいきません。

楽器マニアというのは、ピアノを道具として割り切ることができないから、ピアニストの弾き方ひとつでもピアノが傷みそうな演奏をする人は、それだけで体質的に好きになれないものがあります。
曲も同様で、シューベルトの魔王などは曲の好みはさておいて、あの終始続く激しいオクターブ連打が気になって仕方ないのです。

いつだったか、NHKの日本人作曲家によるピアノ特集のような番組の中で、2台ピアノとオーケストラの作品が採り上げられ、作曲者名などすっかり忘れましたが、なんと二人のピアニストは開始早々から特定の音だけを執拗に連打し続けるというものでした。
こういうものを見せられると拒絶反応ばかり湧き上がって、作品や演奏を楽しむどころではなく、楽器を傷めているようで、それに使われた2台のスタインウェイが気になって仕方ありませんでした。
仮にお店のショールームでこんな弾き方をしたら、間違いなく追い出されてしまうでしょう。

まあこれは極端としても、自分のピアノが他者に弾かれる場合も演奏の巧拙ではなく、ハンマーに過度な負担のかかるようなタッチを平気でする人には、口には出さないまでも「やめてー!」と心のなかで思ったりしています。

試弾は使用になる?

ピアノの劣化、あるいはパーツの消耗という点でいうと、クルマや電気製品などに比べたら、そのスピードは(使用頻度による差もある)はるかにゆるやかとは思いますが、それでも弾けば確実に消耗することも事実でしょう。

ピアノ店では、展示されているピアノは、お店の許可を得れば基本的にどれも試弾可能で、仮に一台の新品ピアノが数ヶ月から年単位で展示されたとしたら、その間にどれだけの人がどんな弾き方で試弾するのかわかりません。

どこかのタイミングでもし買い手が現れたとき、よほどの長期在庫品でもない限り、それは「新品」として扱われ、販売され、買う側もとくにその点を気にすることはないようです…今のところ。

しかしこれは、ピアノなど一部の商品に限った話で、クルマなどはひとたび試乗車として下ろしたら、その瞬間から「中古車」となり、価格もそれに見合ったものになるのが当たり前です。
もっとすごいのは家電などで、プラグを一度でもコンセントに差し込んで通電してしまうと、お店はもう新品として販売できなくなるのだそうで、新品というものはかくも厳しい条件を課されているのか!と驚いたものです。
これに比べたらピアノの新品の条件はゆるゆるです。

新品好きな日本人はとりわけ厳しいものがあるようで、どうかすると外箱のダンボールの傷みさえ嫌ったりしますが、そんな日本人でさえ、ピアノに関してはずいぶんと鷹揚だなあと思います。
ピアノにもし、クルマや家電のような新品の基準があったたなら、新品はほとんど存在しなくなるかもしれません。

クルマにはオドメーターがあるので、製造時から何キロ走行したかは一目瞭然です。
もし500kmでも走ったクルマを新車として販売しようものなら、それは裁判沙汰になるような事ですが、ピアノで同等の使用があってもまったく問題とはならない。
これは実用の点からもまったく問題ではないことが一番大きいし、そもそもどれだけ弾かれたなんて確かめようもないからでしょう。

仮にピアノの88鍵にそれぞれカウンターがあり、受けた全入力を記録することができるなら、人はそれを気にするようになり、弾かれた量が少ないほうが好まれるという実勢がうまれるかも。

幸い、今はまだそんなことにはなっていませんが、こんなくだらないことを考えるのも、時代の急激な変化によって、従来当たり前とされていたことが、ある日を境に許されない行為になったりすることが多いので、ついあれこれ想像を巡らせてしまいます。
ピアノという楽器の性質上、新品の試弾が全面禁止ということはないとしても、きわめて限られた時間とか、店側の監視つきとか、あれこれの条件がついて、少なくともお気の済むまでというわけには行かない制限は、今どきの新しい価値観に直面したとき、起こっても不思議じゃない気がします。

晩年のポリーニ

1990年頃をすぎたあたりからか、向かうところ敵なし、鉄壁の歩みを続けていたポリーニの演奏に、少しずつ小さな傷や乱れが入るようになり、21世紀になるとそれはより顕著になったように思います。

はじめに「あれ?」と思ったのは、アバドの指揮で二度目のベートヴェンのピアノ協奏曲全曲が出たときで、それまでのポリーニには当たり前だった、張りつめた集中力や攻め込みのようなものが薄くなり、全体にひとまわり筋肉が落ちたような印象をもったときからでした。
人間ですから肉体的に衰えるのは当然ですが、それに代わる内的円熟の兆しのようなものが見当たらないことが、よけいそれを際立たせた気がします。

年を追うごとに焦るような咳き込むようなところが目立ちはじめ、お得意の構造感は少しずつ形が崩れていきました。
30〜40代で見せたあの孤高の完成度と、それを支える信じ難いピアニズムの融合を知る者にとって、それは口に出すのも憚られるような深刻さがありました。
巷の論評には、円熟期に入ったポリーニの新しい境地であるというような修辞も見受けられたけれど、私にはかなり苦しいこじつけのようにしか思えなかった。

晩年はショパンのノクターンのような作品においても、かつてのように一音たりとも忽せにはしない冷徹に統御された演奏ではなく、思いがけないところで意味不明のフォルテが飛び出したり、あるいは急にテンポが変わるような弾き方になるなど、かなりの戸惑いもありました。

先日、Eテレのクラシック音楽館で放映された特集でも、2002年のバルトーク1番(ブーレーズ指揮)などはその徴候がすこし出ているし、最後に置かれたベートーヴェン、2019年お気に入りのヘラクレスザールで演奏したop.111の第2楽章などは、曲のもつ深遠なものと演奏がまるで噛み合っていないようにしか思えませんでした。
ふと思い出したのが19歳のポリーニで、数十年にわたる栄光の旅の果てに、そこへ戻ってきたのかもしれません。

ポリーニの演奏の変化を「視覚」として捉えることができたのは椅子の高さでした。
若いころは、普通のコンサートベンチでも座面が高すぎ、彼が使う椅子はいつも足が数センチ切り落とされた、異様なほど低いものでしたが、年月とともにその座面が上がっていきました。
後年は必ずと言っていいほどピアノはファブリーニのスタインウェイ、椅子はランザーニ社の赤いラインの入ったベンチでしたが、その座面はパンタグラフの骨組みが露出するほど高く上げて弾くようになってしまったのは、見ていて悲しくなる変化でした。

とはいえ、ポリーニがとてつもない空前のピアニストであったことは誰がなんと言おうと間違いありません。
コンサートでは毎回熱狂の渦で、なかなかアンコールには応じないものの、やむを得ず、ついにピアノの前に座ったら、いきなりショパンのバラードの第1番だったりと、帰り道は全身から湯気が立つような、そんな経験をさせてくれる特別なピアニストでした。

「時代の寵児」という言葉がありますが、ポリーニは自ら時代を作った人だったと思います。
その黄金期は思ったよりは短かったけれど。

初期のポリーニ

ポリーニの死去を機に、NHKでは1976年の来日公演からブラームスの協奏曲第一番がまず放送され、続いてクラシック音楽館の後半では初来日からの近年までの特集などが組まれました。
またYouTubeでも、これまで見なかった動画や音源が増えている気がします。

ポリーニといえば1960年のショパンコンクール優勝と、そこからさらなる研鑽のため約10年間公の場から遠ざかっていたことが必ずと言っていいほど語られますが、以前、何かでポリーニ自身の言葉として読んだことがあり、10年間公開演奏をしなかったというのは間違いとのことでした。
ピアノ以外のことも学びながら、それなりの演奏会(協奏曲を含む)はやっていたそうで「巷間伝わっているような10年間ではなかった」とはっきり語っていたのを覚えています。

私の手許にも、この時期に演奏した海賊版CDが数枚あるので、本人の言うとおりなのだろうと思います。
コンクール優勝時は19歳という年齢でもあり、少なくとも学業はじめ様々な学びの期間がしばらく続いていたことも事実でしょうから、そのような時を通常より長めに過ごしたのち、いよいよ国際舞台に出てきたんだろうと思います。

ショパンコンクール出場時のポリーニの演奏音源は、彼の名声のわりにこれまで少なく、ポロネーズの5番などは後年のポリーニとはかなり違っていて、まだ青い果実のようでした。
その他の演奏が(彼の死と関係があるのかどうかわからないけれど)かなりまとまった量ネットに出ていましたが、テクニックは際立っているものの、その音楽表現は19歳相応の学生っぽい感じが残っており、オファーのあるままに忙しくステージを駆け回っていたとしたら、果たしてあれほどの名声が得られたかどうか少し疑問に感じたりもしました。

なにしろ音楽の世界は早熟で、十代の中頃にして老成した演奏を聴かせる天才がいることを考えると、その面で19歳のポリーニはさほど天才的とは言い難いような印象でした。
そのことは本人も自覚していたのか、あるいは周りの賢明な判断だったのかはわかりませんが、この期間あってこそポリーニは若者から成熟した大人へと変貌を遂げ、そこからが私達がよく知るあのポリーニなんだろう…という気がします。

ダイヤは磨きとカットが命、ピアノは入念な出荷調整がその後を決定すると言われるように、19歳のポリーニはまだ磨かれる前の原石であったのかもしれません。

その研磨作業が完了したとき、満を持してペトルーシュカやショパンのエチュードがリリースされて世界は驚愕し、以降泣く子も黙るポリーニの快進撃となったことを考えると、ポリーニの魅力には幼さはあってはならないもので、だから彼が大人になるまで待つ必要があった10年間だったとも言えそうです。

ポリーニ思い出

2024年3月23日、ポリーニが亡くなったそうです。
20世紀後半、間違いなく、ピアニスト史に新たな水準を切り拓いた大ピアニストでした。

初来日のリサイタルは福岡でも行われましたが、当時ポリーニはまだ無名に近く、今のように海外の情報がリアルタイムで飛び交う時代でもないから、会場が明治生命ホールという小さなホールだったことは、その後の彼の輝かしいキャリアからすれば信じられない気がします。

シューベルトのさすらい人や、ショパンの24の前奏曲を弾きましたが、その圧倒的な演奏は子供だった私でさえ度肝を向かれるもので、それまでの大ピアニスト達の存在が一気に霞んでいくかのようでした。
当時のポリーニを初めて聴いた人の中には「食事が喉を通らなかった」「しばらくピアノに触れることもいやになった」といわしめるほどの強烈なもので、人生上の忘れがたい衝撃体験となってしまったのです。

その信じ難いテクニックと完成度の高い仕上がり、筋肉的なフォルテ、シルクのようなピアニッシモ、それでいて音色の美しさと全体にみなぎる格調高さなど、幾つもの要件を兼ね備えたポリーニは、たちまち既存のピアノ演奏の水準を書き換えました。
その後も、東京大阪など幾度となくポリーニの演奏会には行きましたが、ピアノはこれ以上ないほど充実して鳴り響き、まさに世界記録保持者の演奏現場に立ち会っているような、そんな独特な興奮を伴うものでした。

初来日は1974年だったと思いますが、それからのおよそ十数年間の演奏こそ、私はポリーニの絶頂期だったように思います。

もちろんリリースされるレコードはすべて買って、かたっぱしから聴き入りました。
ポリーニには事あるごとに「完璧」という言葉が使われましたが、その演奏はまさに建築か美術作品のようで、ピアノという枠には収まりきれないような強烈で圧倒的なものを撒き散らしていたように思います。
少なくともステージに居る限り、ポリーニはピアニストというより戦いに勝利するダビデのようでした。

ネットで調べると、初来日のリサイタルは東京・大阪・福岡の3ヶ所、福岡ではプログラム2でシューマンのクライスレリアーナを含むものになっていますが、実際にはさすらい人を弾いて、曲中なんども現れる下降するピアニシモのスケールに驚いたことを鮮明に覚えているので、おそらくは変更になったのだと思われます。

余談ですが、この時、最も恐れる先生から当日お達しがあって、客席から花束を渡してほしいとのこと。
この先生の言葉は、当時は断ることなど許されない事実上の命令であったので、我が家はあわてて花束を準備し、ショパンのプレリュードが終わって、いったん袖に下がったポリーニが再びステージに現れたとき、意を決して座席を立ってステージへ近づいて渡しました。

汗だくで無表情なポリーニが、ほのかな笑顔のようなそうでもないような感じで受け取ってくれましたが、握手は決してこちらから求めてはならないと母から言われていたので、それはナシで終わりましたが、今となってはいい思い出です。
翌日、空港まで見送りに行かれた先生が、ポリーニ夫妻は貴方が渡した花束を飛行機に乗る時も持っていたと仰って、後日その写真をくださいました。

ホロデンコとファツィオリ

クラシック倶楽部で、ヴァディム・ホロデンコの指揮とピアノによる演奏会の様子を視聴。
2023年12月、紀尾井ホール、東京21世紀管弦楽団で曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。

この方はウクライナ人だそうで、この2年というものウクライナと聞くだけで暗い気持ちになりますが、こうして外国で音楽活動ができている一面があるというだけでも、一瞬ホッとさせられます。
2013年のクライバーン・コンクールの覇者だけあって、確かな腕の持ち主のようで、まったくの危なげない弾きっぷり。

ただ、個人的には「弾き振り」というのは、昔からどうもあまり好きなスタイルではありません。
ピアノを弾きながら、その合間には間髪を入れず指揮のパフォーマンスに充てられるこの一人二役は、誰の場合でもせわしなく、見ていて落ち着けないものがあるのです。

ホロデンコは今回が初めての弾き振りだったようで、それだけ気合が入っていたのかもしれないけれど、演奏中ほんの僅かな隙間にも両手(あるいは片手)は宙を舞い、指揮者としての身振りとなり、それがあまりに熱が入っていることもあって、そこまでしなくちゃいけないものか?と思ってしまいます。
極端なことをいうと、ピアニストがそんなにまでしなくても、小編成のオーケストラはとくに問題もなく演奏できるはずです。

個人的には、事前に音楽的な面でしっかり打ち合わせをしておくことが「弾き振り」の大きな意味ではないのか?と思うし、本番ではピアニストはより演奏に打ち込んでもらったほうがいいのでは?と思うのです。

どのみちピアノパートがあるところでは指揮はしていないわけで、オケの団員にとって、ピアニストの指揮はどれくらい意味があるのだろう?と思うのですが、こんなことを考えるのは私だけでしょうか。

さて、この日のピアノはファツィオリで、しかも3mオーバーの最大モデルが使われていました。
弾き振りなので、オケの中にピアノを縦に突っ込み、大屋根を取り外したスタイルですが、いまさらですがこのピアノの魅力がうまく捉え切れませんでした。

私なりのファツィオリの印象としては、音色そのものに目をみはるものがあるというより、比較的ソフトな音を上質な響板によって分厚く聞かせるといったイメージでした。
馥郁とした音が、太字のペン書きのように聞こえてくるとき、少しずつこのピアノの魅力や美点を捉えている気がしたものでしたが、今回はまったく印象が異なり、それは必ずしも弾き方の問題とも思えなかったので、またも印象は迷走状態に…。

個体の問題なのか、技術者の意図による結果なのか、音は硬めでやや荒々しく、生臭い木の音がしてくるようでした。
聞くところでは、ファツィオリは常に研究や改良を怠らない会社だそうだから、これまでとはまた違った仕様の楽器だったのか、そのあたりの事情は知る由もありませんが、かなり意外な感じを受けました。

出張料?

なにかとお気の毒に感じる事が多いピアノ技術者さんですが、疑問に感じるところがないわけではありません。
それは、調律料金に「出張料」というものが加算される場合があり、私自身も数回経験したことがあり、知人からも同様の話を聞いた覚えがあります。

ただし、これはあくまで一部であって、多くの方は請求されない場合のほうが多く、その違いがどこにあるのかと思います。
印象としては、メーカーや販売店がらみの調律で出張料の別途請求が多いような印象ですが、未確認です。

出張料は、文字通り人に出向いてもらう際に生じる料金ということでしょうが、私見ですが、ユーザー自身がその気になれば依頼する対象物を相手側に持ち込むことができるけれど、それを選択的に技術側に来てもらう場合などに発生する料金ではないのか?〜と思うのです。
しかし、ピアノは使い手が技術者のところへ持ち込むなど到底不可能だから、依頼者側にその点での選択肢は絶無です。
ここが、ケースに入れて持ち運びできる楽器と、決定的に、かつ宿命的に違うところ。

よってピアノ技術者さんのお仕事は、ピアノのある場所へ移動することが当たり前で、それをひっくるめての仕事だと思うのです。

もちろんお気に入りの技術者さんを、自分のこだわりで遠方から呼ぶ場合などは、応分の交通費などを負担するのはその限りではありませんが、普通に移動できるエリア内にもかかわらず、一律に出張料を上乗せするのは納得しかねるところ。
金額の問題もさることながら、気分的に納得感が得られず、あとにも疑問が残ります。

要するに、調律依頼とは技術者さんの移動なしにははじまらないもので、そこへ出張料を別途請求するのはセンスとしても考え方としても同意しかねるのです。
考えてみれば家の修理でも、庭木の手入れでも、WiFiの工事でも、そこにいちいち出張費用などという慣習はありませんよね。
もしかすると一部あるのかもしれませんが、少なくとも私は経験したことがない。

むろん移動距離の限度というものはあるだろうから、それは一定の基準を設ければいいことですが、少なくとも距離に関係なく、訪問=出張料発生では、それだけで首を傾げ、またお願いしようという親密感も生まれにくい。

要は事実上の値上げだろうとも思われるので、例えば15,000円の調律料だとすると、消費税込みで16,500円、それに出張料3,000円というようになるなら、いっそシンプルに20,000円と云われたほうが、私はまだサッパリします。

ただし、フリーでやっておられる技術者さんなどの多くは、従来通りのスタイルが多数派で、出張料などと言われることはありませんので、この点は念のため付け加えておきます。

無知と悪習

他の楽器はともかく、ピアノに「メンテ」という言葉はあまり馴染みがありません。
「調律」という言葉がそれに代わるものとして、あいまいな概念として通用しているだけです。

そもそも、ピアノは楽器というより、音階の出る大型装置のように捉えられているフシがないでしょうか?
数人がかりでないとちょっと動かすこともできないサイズと重量があり、このあたりも手入れを必要とする繊細な楽器という意識が抱きにくいのかもしれず、それはイメージとしてわからないではありません。

しかし、少しでも、ピアノのことを深く知ろうとすれば、それが間違いであることは明らかで、音色やタッチは僅かな感興の変化でも変わってくるし、それを知ることはそう難しいことではありません。
しかし、ピアノに限っては、そういう部分が見過ごされ、理解されないまま放置されるのが一般的。

音楽に限らず、何かを学び始める際、使う道具の手入れも同時に学んでいくの通常は当たり前ですが、なぜかピアノにそれはなく、私が知るかぎりでも、ピアノを弾くことはかなり好きな方でも、楽器にはほとんど注意を払わず、無関心に近いものを感じます。
せいぜいメーカー名と、アップライトかグランドかという違いぐらい。

音楽する人間は、楽器の健康にも敏感であることが不可欠であるのに、ピアノの場合、まず先生といわれる人達が使いっぱなしの代表格で、教室のピアノの酷さときたら、ピアノにうるさくない人の口からも不満が聞こえてくるほど。
これでは、生徒が楽器を慈しむような心が育つはずもありません。

とくに悪質なのは、お弟子さんをたくさん抱える有名な先生などになると、生徒のピアノ購入などにもかかわったりするためか楽器店が頭が上がらないのをいいことに、中には自分のピアノに関することはすべてサービス扱いが当たり前のように思っている先生もおられる由で、ある修理が終わって請求書をわたそうとしたところ、「えっ、私に請求するの?」と真顔で云われた…というようなウソみたいな話があったりします。
こうなると「請求を取り下げる」か「出入り禁止になるか」のどちらかでしょう。

さらには楽器店の人材は、発表会やコンサートになると、土日などがお構いなしに準備から片づけまでフルに駆り出されるのは普通で、私はこういう光景を目にするだけでも内心では憤慨します。
今風にいえばパワハラかイジメの類だろうと思いますが、こういう悪習は脈々と受け継がれて、なかなか正されません。

近年はやれ人の権利やブラックな環境が厳しく問題にされる時代ですから、こういうことも昔からの慣習とも決別し、毅然として相応の対価を求めるべきでは?
大手の楽器メーカーが共同戦線を張れば、可能だと思うのですが…。

メンテ料

ピアノユーザーが技術者さんに依頼するピアノの主たるメンテは、一般に「調律」のことであり、この言葉にすべてが集約されている印象です。

しかし、実際に必要なことは調律・整調・整音という基本的な作業項目があり、それ以外の調整や修理なども必要に応じて行う必要が大いにありますが、ピアノという楽器固有の不思議というか、慣習なのか何なのか、概して調律さえやっていればいいというのが一般認識のようです。

さらに不思議なことは、上記の3つの中で、まともに料金として請求できるのは調律だけで、整調・整音は調律の際のついでのサービス作業が当然のように捉えられており、まるで車の整備に出した際に洗車してもらうようなもので?
よって、これを単独で料金請求しようものなら、お客さんはぼったくられたかの如くに感じてしまうかもしれません。

私が思うところでは、家庭のピアノで最も大事というか、技術者さんに来ていただいたからには、なにより集中的に取り組んで欲しいと思うところは整調で、ちょっと極端な言い方をすれば、その仕上げに調律もやってもらうというぐらいな感覚です。
弾きやすいタッチ、思いのまま手になじむタッチは、日ごろ接するピアノはなにより重要と思うからです。

技術者は専門的な修行を積んで、その技術によって対価を得る技術のプロであり、整調であれ整音であれ、いずれもれっきと仕事であるし、整調を徹底的になるとなると、これが最も時間を要することでですが、それらの重要性はほとんど無視されているのが現実でしょう。
結局は調律をして、それ以外のことは手早く済ませて切り上げる、あるいは調律以外は露骨に何もしないという人もおいでだとか。
技術者としてそういうスタンスはどうかという意見もあろうかと思いますが、対価を得られない仕事をそうそうやってられるか!という言い分もあるわけで、やはり技術に見合った、正当な料金体系というものが必要だろうと思います。
すでに固定化したユーザーの「調律」への認識を変えていくのは難しいでしょうが。
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脱技巧派?

いつだったか、TVの番組表を見ていると、30分の有名番組で、いま頭角を現しつつある若いピアニストが採り上げられるようで、とりあえず録画予約しました。
近年はきわめて高い技術をもった若いピアニストが続々と出てくるため、顔と名前を覚えるだけでも追いつかないことがしばしばです。

そんな中のひとりが今回の主役で、すでにコンクール歴も輝かしいものがあり、現在は海外在住の修行中でありながら、演奏活動も活発にこなしている由で、今はこういう人は普通になり、もう驚かなくなりました。
今どき名が出た人なら例外なく見事に弾けるし、演奏スタイルはいずれも標準体型のサッパリ系と決まっているから個性など皆無で、演奏から何かが深く心に刻みつけられることもありません。
私の耳が凡庸なことも否定できませんが、ともかく似たりよったりにしか聞こえないので、AKBナンチャラではないけれど、いつしかピアニスト集団のように見えてしまったり。

今回番組で登場する方も技巧派として、すでに評価を得た超絶技巧の使い手だそうで、クラシック倶楽部などで見たような気はするものの、印象に残っているものは残念ながらありませんでした。
番組内のインタビューで、ご本人は「いつまでも超絶技巧ばかり弾いてないで(略)ピアニストとしての幅をもっと広げたい」ということで、最近ではより音楽なもので聞かせる方向を目指そうと、集中的にショパンに取り組んでいるとのこと。

過去の映像でペトルーシュカなどをバンバン弾いているのは圧巻で、この人の本分はこのあたりにあると思われますが、これから別の演奏領域を取り込もうというのは意外に簡単ではないだろうという気がします。
お堅い難しい文章ばかり書いていた人が、繊細な心をそっと映し出すような精妙な詩を書くことはできるのか?

「僕が全力で気持よく弾くと、ショパンのキャパシティをオーバーする」「今はまだショパンが見つかっていない状態」などと言っていましたが、それをどうするのかこちらが心配になりました。
「ショパンの語法というのがある…」というようなことを言っていたけれど、それは単なるスタイルでしかなく、そこへ弾き手の感性が自然に重なってくることで初めて生きた音楽になる筈です。
そのショパンはというと、もちろん今日要求される仕上がりにはなっているから外面的には整っているけれど、どこかよそよそしく、無理しているなぁという印象。

もちろん、試験ならじゅうぶん合格点の取れるものだろうけれど、プロの演奏としてもっと聴きたくなるような魅力的なものだったか?ショパンが聞こえてくるか?といえば、まだまだ疑問が残るものでした。

その人が師事しているという日本人ピアニストによると、楽譜を「顕微鏡で見るように」というご指導で、これにもいささか違和感を覚えました。
むろん楽譜に書かれたものは、漏らさず丁寧に拾い上げ、細心の注意をはらって検討し、注意深く演奏に反映させなくてはならないことは当然ですが、でも、そこに顕微鏡(比喩としても)が必要か?ということになると、私は疑問で、せいぜいルーペぐらいでいいのではと思います。
細かな点検や検討も、やり過ぎると却って全体が空虚になったり、各部の照応とか、作品の必然的な流れや高揚感が失われたりと、音楽のもっとも大事なところが空洞化するのではないかと危惧してしまうし、聞く側がそれで真の音楽的感銘を得られるとは思えないのです。

耳を凝らして演奏を点数化するコンクールでは有効かもしれませんが、私に云わせるならそれは解析され蓄積されたデータに基づく再生作業であって、それが生きた音楽だとは思えません。
全体にも情に乏しく、覇気がなく、とりわけ即興性とダイナミズムがないことは、現代の演奏に接していつも感じるところです。

作品が求める要素と、演奏者の個性が、高い次元で結びついた時、最高の演奏になると思うのですが、どうも最近の人は情報だらけの時代に生きているせいか、最高のものを寄せ集めた中庸に満足し、異論の出ない防衛ラインを守っていくことに汲々としているように思えます。
技巧派を脱したいなら、もっと正直に本音で勝負をかけたら?とおもうのですが、そんな考え自体が古いのかもしれません。
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心よりいでくる能

随筆家の白洲正子氏の著作の中に『心よりいでくる能』という一冊があり、そこに書かれていることは芸術と技術の分かちがたい微妙な関係性が抱える問題で、じつに世阿弥の頃からのテーマであったようです。

正子氏は、薩摩藩士の樺山家の令嬢として生まれ、幼少期より能楽に打ち込み、夫は吉田茂の片腕であった白洲次郎。
青山二郎や小林秀雄はじめ数多くの傑出した教養人と交流し、後年はアマチュアとして骨董や各地の仏像などにも造詣を深めた、日本の美の語り部でもあります。

『心よりいでくる能』の冒頭は、
「惣じて、目さきばかりにて、能を知らぬ人もあり」という世阿弥が老年になって記したという『花鏡』の中の言葉ではじまります。

以下、少し引用してみます。
「惣じて知的な批評眼ばかり発達して、能の本質を知らぬ人もある、というのは、現代にも通用する名言で、あらゆる芸術一般についていえることだろう。特に近ごろはその傾向が強く、知識がすべてと信じている人たちは少なくない。」
「たしかに知識はあるに越したことはないけれども、能を見ている最中は能に没頭しなければ何物もつかめない。」
「ここで「目きき」といっているのは、能にまつわる型とか約束事に通暁している人々のことである。世阿弥のころにはもっと自由でゆるやかであったものが、時代を経るとともに何十倍にも殖え、茶道と同じように洗練を重ねるとともに、型でがんじがらめとなり、身動きができなくなった。」
「古典芸能に型が大切なことは今さらいうまでもないが、あくまでも人間の便宜のためにあるので、型を正確に守ることだけが、能を知ることにはなるまい。」
「型だけのことをいうなら、一糸乱れず、完璧に舞う能楽師は何人かいる。彼らは達人の域に達しているが、見た目に美しいだけで何の感動も与えない。」

〜まだまだ引用したいところもありますが、これぐらいにしておきます。
ここで白洲さんの文章から読みとれることは、型や約束事ももちろん大事であるけれど、それに縛られて本質を見失うのは本末転倒であるということだろうと解釈しました。
能をピアノ、能楽師をピアニスト、型を楽譜や解釈におきかえたら、そのまま現代の演奏がはらむ問題に通底し、違和感なく浮かび上がってくるあたり、どの世界も同じなんだなぁと思うわけです。

観阿弥・世阿弥が生きた室町のころから、すでにものの本質を見失い、芸の向上と洗練ばかりに気を取られて大切なものを見失い、技術というわかりやすいものへ人は流れていたのかと思うと、要するに知識や技巧というものは、己の名を挙げるために示しやすい最短ルートということなんでしょうか。
技術や型を完璧にこなせるということは、わかりやすい根拠となり、一定の基準を満たすことで評価の目的が絞りやすいのでしょう。
その点、深い教養の中からものの本質をつかみ、自由で闊達さを失わずに本分を極めることは、まず他者と競うという目的とはそぐわないし、わかる人だけにわかればよいという高尚で無欲な精神の世界だから、曖昧で、主観的で、審美の目を前提とする。

これでは評価は分かれ、時間がかかり、回り道、寄り道、無駄や失敗をものともしない道であるから、とても今の競争社会のスピードにはそぐわない。

しかし芸術に触れるよろこびとは、天才や真の理解者だけが神に近い領域から持ち帰ったものを示してくれること、その尋常ならぬ感性によって選びとられ、濾過された貴重なしずくの滴りを、下界の凡人が口を開けて待っているようなものだと思います。

ピアノでいうと、最大の罪作りと思われるのは、ピアニストをがんじがらめにしておいて、その罪にも問われずますます拡大していくコンクール主義。
しかも近年のそれは、悪しき方向へといよいよアップグレードされており、コンクールそのもの、コンテスタント、審査員らの権威、ピアノ会社、音楽事務所、メディアなどが寄り集まる総合競技の様相を呈しているといっても言い過ぎではない。

中には必ずしも賛同はしないけれど、現実的にその洗礼を受けないことにはステージチャンスもないということで、やむなく受容する向きも多いようで、コンクールのドキュメントなどを見ていると、ああいうものに勝ち抜いていける人は、まぎれもないアスリート。
たいへんタフで、たいへん有能で、その事自体は大したものとは思うけれど、それは凡俗の勝者であって、芸術家には見えません。

では、芸術原理主義のようなものにしがみついて、ゴッホのような悲惨な生涯を送ることがいいと言いたいわけではありませんが、そこに一定の良識の働きとか、程よさというのは保てないものかと思います。
すくなくとも今のピアニストの演奏は、音楽として聴いた場合、優秀なアナウンサーの完璧な原稿読み上げ術のようで、音楽のようで音楽ではない、何か別のものを聞かされているような後味が残ります。
これをフェイクというのかどうかわかりませんが、聴いていて心が素直な感動や喜びに満たされないのは、やはり根本的な何かが間違っているような気がします。

文化芸術の在り方というものは、常にこういう問題がついてまわり、よくよく難しいもののようです。
世阿弥が呈した問題は、700年経った今も生き延びて、解決に至らず、いよいよ増殖を繰り返しているということかもしれません。
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初期のCF

クラシック倶楽部、アン・セット・シス・ピアノ・デュオ(山中惇史/高橋優介)。
2022年6月、北海道の北見市民会館での収録から。

ピアノは2台とも旧型のヤマハでした。
とくに第一ピアノはかなり年季の入ったピアノで、足もとはダブルキャスターでもなく、腕木の形状が後年とは若干異なる点から、おそらく1970年代頃の初期のCFだろうと思われ、それが逆に興味を掻き立てられました。

CFはその後CF2、CF3、CF3Sといった具合に改良が重ねられ、CFXへと繋がっていくわけですが、その過程ですべてが良くなったのか?というと、そこは素人には軽々な断定はできません。
ただ聴く立場でいうと功罪両面ありそうな印象もあって、個人的には初期のころのCFに、無骨だがつくり手の真っ直ぐな意気込みや謙虚さみたいなものを感じるところがあり、そんな実直なCFが嫌いではありません。

華やかさや洗練という点では降年のモデルのほうが分があるとしても、楽器としての深みやポテンシャル、さらに性能をギリギリまで使い切らない余裕という点では、この初期型CFのほうが上を行って(いるような気がする)し、化学調味料を使わない基本に忠実な料理のホッとする味のようなところにも好感を覚えます。

今回の2台ピアノでも、より古いCFのほうが低音などは迫力があり、ブォッと震えんばかりの厚みのある鳴り方をするのがわかる瞬間がありました。
低音がただパワフルに鳴ればいいという単純な話でもありませんが、そこに楽器の基礎体力のようなものを感じることも事実です。
低音のパワーでいうと、スタインウェイでさえ時代とともにだんだんに痩せてきて、よりクリアでヴィヴィッドな、効率的な音作りに向いていったように思います。

初代CFは、リヒテルがヤマハを愛用するようになって脚光を浴び、多くのコンサートや録音に最も使われた時代のピアノでもあります。しかしホロヴィッツが決して新しいスタインウェイを弾かなかったように、リヒテルも現代のCFXだったら喜んで弾くだろうか?…そんなことを考えてしまいます。

往々にして言えることは、昔のピアノ(の丁寧に作られたもの)は深いところから鳴るけれど、それでいて必要以上にピアノが前に出てくることはなく、あくまでもピアニストが主役、ピアノは一歩控えることを忘れません。楽器としてのわきまえというか慎みみたいなものがあったように思いますが、そういう奥まった価値は、なんでも表面的な効果が求められる時代にはもはや意味を成さない気もします。

本当に強い人間は、その強さをひけらかすことはしないけれど、そうでもない人に限ってやけに自己主張が強かったりするのと似ているかもしれません。

今回のヤマハで感じたことは、2台に共通して音の立ち上がりがよく明快で、そこが魅力のひとつだろうと思いましたが、少し残念なのは全体に音がベチャッとつぶれて聞こえ、ともするとカオスになってしまうところでしょうか?

それでも、古いCFにはヤマハのまっすぐな魅力も詰まっていると感じたことは事実です。
この文章を書いていて突然思い出したのですが、もうずいぶん前のこと、当時交流のあったピアニストがリサイタルをするにあたり、訳あって普段クラシックのコンサートではまず使われることのないホールでの開催となりましたが、そこにこの時代のCFがあって、状態も必ずしも好ましいとは言い難いピアノのようでした。
それをコンサートがお得意の技術者さんが、前日から入って短期集中的に調整したところ、望外の好ましいピアノとなり、力強い演奏にもまったく破綻を見せない、骨太のしっかり感があふれていました。

現代の機能性の高いピアノもすばらしいけれど、その逆の、古き良さにも捨てがたいものがあります。
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共通化-追記

蛇足ながら…

従来のニューヨーク・スタインウェイの外観デザインは、時代をさかのぼるほど繊細で装飾的なラインが重ねられた独特な味わいと風格があり、まさにニューヨークの歴史的な建築や景観にも通じる美しさがありました。

勝手な連想かもしれませんが、フランク・ロイド・ライトの世界にも通じるような、気品に満ちたアメリカの(しかも繊細な)造形美を感じないではいられないもの。
それが今回の変更にあたって完全消去され、ピアノにおけるニューヨーク流の意匠や様式を失ったことは甚だ残念で、時代と割り切るしかないのでしょうが、なかなか簡単には割り切れません。

複数の技術者さんから伺った話では、このところスタインウェイをとりまく状況もずいぶんと変化があり、わけても修理をする側にとってはかなり深刻な事態に陥っていると、口をそろえてみなさん言われます。
特筆すべきは、消耗品や中古補修のための純正パーツ類の入手が極めて困難となっているそうで、これは古いピアノが蘇る修理をさせないようメーカーがパーツ供給の元栓を閉めたという意味でしょう。
どうしても入手したい場合は、しかるべきルートを通じ、手続きに則って言い値で入手するしかないとか。

メーカーには以前から『スタインウェイ最大のライバルは、他社ではなく、中古スタインウェイである』という認識があり、これはわからなくはありませんが、だからといって古い個体を生きながらえさせるためのパーツの供給を断つことは、ビジネス理論としては正論だとしても、楽器メーカーのやり方としては疑問を感じます。
古いピアノにはそんな冷淡な態度をとりながら、一方で新品価格は容赦なく値上げされている現実にも、ヒリヒリするような厳しさを感じます。

では新品の品質はそれだけ素晴らしいのか?といえば、大いに疑問ありで、そもそも米独共通化の目指すものはコストダウンという面もあるように思われます。

聞いた話でついで言うと、近年最大のマーケットであり、一時はあちらで製造までされているのでは?というようなウワサまであった中国ですが、現在は状況が一変のようです。
人々がピアノから一斉に離れてしまい、当然ピアノビジネスは直撃を受け、パッタリ売れなくなってしまったのだそうで、そのあまりの急激な変化には、ただただ驚かされます。

ネットニュースによれば、政府指導部の決定で、芸術分野優秀者への進学に関する優遇措置が、小中高大学において段階的に廃止されたらしく、それで蜘蛛の子を散らしたように人々がピアノから離れてしまうという、いかにもあの国らしい現象。
まさに鶴の一声で世の中がひっくり返るお国なんだということがはっきりわかります。
一時は飛ぶように売れていた日本の人気ブランドでさえ、現在は値下げしても見向きもされないようで、本当に予測のつかない高リスクのマーケットのようです。

スタインウェイにおけるニューヨーク/ハンブルクの共通化には、そんな事情も絡んでいるのかいないのか、そのあたりはわかりませんが、どうしても関連付けて考えてしまいます。
ちなみに、ドイツもGDPで日本を抜いたというニュースが駆け巡っていますが、実際は極右政党が出てくるほど景気の不安が広がり、その一因が主要輸出品目である自動車などの中国市場での大幅な販売減だとも言われており、まだまだ当分はあの国によって世界は振り回されるのでしょうね。

自動車といえば、こちらはかなり前から世界各地に生産拠点が分散され、ドイツの☓☓☓といっても、生産国は南アフリカだった!などということは珍しくなく、割り振られた番号や記号などから、ようやく生産国を知ることができるようになっています。
製品には生産国の表示義務があると聞きますが、クルマの場合どこにもMade in ☓☓☓といった表記はないし、日本車もわざわざ「日本製」とは書いていませんよね(たぶん)。

ベヒシュタインはドイツ製を謳っていますが、近年はチェコとの国境近くに工場があって、一部か全員かはしらないけれど、多くのチェコの労働者が作業しているというような話を聞いたこともあり、ベヒシュタインの廉価ブランドのホフマンがペトロフで作られているということからしても、なるほどなぁ…と思ったり。
いつの日か、スタインウェイもどこ製か伏せらてわからなくなる日がくるのかも?といった想像さえしてしまうこの頃です。
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米独共通化

何年何月ということははっきりしないものの、近年スタインウェイの外観の細部が変更されたことを知ったとき、内心小さくない衝撃が走りました。
衝撃なのは、それが、個人的に必ずしも好ましい方向だとは思えないと直感したからです。

ハンブルクの場合、ステージ上のコンサートグランドで最も顕著な変化は足の形状と太さが変わり(やや細くなった)、わずかながら造形上の調和が損なわれ、その印象は時が経過しても変わりません。
さらに大屋根を支える突き上げ棒も見るからに華奢で頼りないものとなり、側板のカーヴのところにあったL字のフックと、それを回す丸い取っ手も廃されました(ニューヨークにはもともと無い)。
譜面台もよりシンプルな形状になり、全体としてはコストダウンされたように見えますが、実際のお値段は容赦なく値上がりを続け、もはや絶望的なまでの高値になっているのはため息が出るばかり。

共通化ということらしいけれど、それに伴う変更は、最近になってあれこれの動画等から確認できたところでは、ニューヨークのほうが甚だしいことがわかり、その驚きは倍増しました。
ニューヨークの新品は普段目にすることはまずないし、まして日本でその最新型を見る機会は皆無でしょう。
結論からいうと、新しいニューヨーク・スタインウェイは、その道のプロか我々のような好事家がよほど目を凝らして見ない限りはわからないところまでハンブルクと瓜二つの外観になってしまいました。

以下、写真や動画などからわかるニューヨーク製における、見た目の具体的な変更点。

▲塗装は伝統のやわらかなヘアライン仕上げではなく、一般的な艶出し仕上げに(これは以前から徐々に見かけるようになっていました)。塗装は音にも影響があり、艶出し仕上げは固めの音になると云われます。
▲大屋根を開けたときに見える側板の内側には、ハンブルク同様の木目の化粧板が貼られて高級感を強調? ニューヨークは伝統的に内側も黒のままでやや素っ気ない印象もありましたが、廉価シリーズのボストンでさえ側板内側には木目が貼られていることから見れば、本家がそうでないことがむしろ奇妙ではありましたが。
▲大屋根を支える突き上げ棒は、簡素な新デザインとして共通化(そのためハンブルクは3段から2段に)。
▲最大の驚きは、最も象徴的な外観上の違いであった鍵盤両脇の腕木の角が直角であったものが、ハンブルクとまったく同じ形状のラウンド形状になっていること!
▲Model-Dでは大屋根の内側に4本あった補強棒(名称は不明)のようなものが、4本から2本に(ハンブルクは従来より2本)。
▲譜面台。ニューヨークのそれは両脇(左右の平らな部分)の出っ張りがあり、手前から奥へ起して立てるスタイルでしたが、一般的な奥から手前へ起こして角度の調整ができるものになっているようで、両者は共通化されたと推察されます。

こうなると、外観からニューヨークとハンブルクを見分ける手立てはほとんどなくなったも同然です。
では、まったく同じかというと、細かい点でそうでない部分もないわけではありません。

▲一番わかりやすいのはペダル部分で、ニューヨーク製は伝統的にハウジング前面に金属プレートが貼られており(靴先による傷へのプロテクター?)、これは残されており形状もハンブルクとは微妙に異なります。
▲ニューヨーク製の各モデルでは、大屋根の前部の、前屋根(閉じたとき譜面台の真上にあたる部分)が折れ曲がって開く面積が、鍵盤側から見るとハンブルクより若干狭いという特徴がありましたが、これはそのまま引き継がれており、よって大屋根を開けたときのフォルムがわずかに異なります。しかし、これを並べて見比べることなく、単独で見破るのは至難の業。
※日本のピアノでは、SK-EXは狭く、CFXは広いのが特徴(そのためCFXはバランス上鈍重に見える)。
▲さらに細かい点では、鍵盤蓋にあるおなじみのSTEINWAY&SONSのロゴとライラマークは、ハンブルクに対してニューヨーク製では若干低めの位置にあるようです。おそらく従来のニューヨーク製は鍵盤蓋の上端が下に折り曲げる仕様だったため、それに合わせて位置決めされたものと思われます。
※ちなみにヤマハのグランドは全機種、書体もサイズも同じですが、見落とされがちな点として、CFシリーズとそれ以外ではロゴの付けられる高さがかなり違います(CFシリーズのみ高い位置で、高級感の演出?)。
▲さらにさらに細かい点では、Model-Dでは大屋根の開閉を支える3つの蝶番が、ハンブルクでは中央がやや前寄りに取り付けられるのに対し、ニューヨーク製では等間隔になっているようです。

フレーム後方には、MADE IN GERMANY HAMBURGもしくはMADE IN USA NEWYORKという小さなエンボス文字があることはありますが、かなり目立たない場所で、要するに普通に見ただけではほとんど区別がつかないようになりました。
いろいろと事情はあるのでしょうが、かなり思い切ったことが断行されたことは間違いないようです。

音色/外観、それぞれに特徴があった米独二国で製造されるスタインウェイが、ここまで共通化されてしまうとは、初めはかなりショックで、さらには日本ではニューヨークの最新モデルの実物を目にすることはできないため、確認にもずいぶんと時間を要しました。
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ベルリン・フィル

Eテレのクラシック音楽館から、昨年のベルリン・フィル日本公演の様子が放映されましたが、さらに現代の演奏傾向をまざまざと思い知らされることとなりました。

指揮はキリル・ペトレンコ、演奏曲目はモーツァルトの交響曲第29番、ベルクのオーケストラのための3つの小品、ブラームスの交響曲第4番。
ベルリン・フィルをを批判することは、きっと神を批判するようなものかもしれないけれど、アマチュアの個人的な印象なので敢えて言わせていただくと、残念ながら好みの演奏ではなく、上手さばかりを鼻にかけた高性能マシンのような、イヤミな演奏というように私は受け取りました。
いかにも手慣れて、曲全体をすべて見通し、細部を熟知し、なにもかもが彼らの手の中で飼い慣らされているといわんばかりで、必要以上にスムーズで、音楽的にも完璧で、破綻などまったくないのはご想像のとおりです。
反面、以外に音色のや表現の変化はなく、どの曲のどの箇所も一本調子で、ところどころに出てくるフォルテなどはどこか威嚇的な感じに聞こえるのも、聴衆に凄みを与えるよう狙っているように聞こえました。

音楽を聴くにあたり、未知なるものへの期待や、演奏者の生身の反応などを体験する喜びなどは感じられぬまま、あまりに手際よく小ざっぱりまとめられ過ぎると、音楽が、脂肪のない小さなかたまりのようになってしまうようでした。
音楽のすばらしさを伝えることより、自分達の上手さを誇示することのほうが、前に出ている感覚。

いまのベルリン・フィルを、ニキシュやフルトヴェングラーが聞いたならなんというか、タイムマシンはないけれど、せめてChatGPTにでも聞いてみたいものです。

音楽を聴く意義や楽しみとして、聴き手の想像力を掻き立てるようなものであって欲しいけれど、ベルリン・フィルのそれはあまりにも仕上げられすぎて、これ以外にない、あるはずないだろう…という調子で迫られ、これならどんな人が指揮台に立ってもほぼ似たようなことになるのでは…。

日本人の文化的なメンタルは、謙虚で、曖昧で、はかなくて、ゆらぎがあって、受け止め手の感性が最後を補完することで完成するといった、いわば精神的作法があるように思いますが、ああも自信たっぷりに言い切られ、すべてを断定されてしまうところは、どうしても相容れないところかもしれません。

もちろん、あれだけの人数が一糸乱れぬ演奏で終始できるという点では、素直に驚きで、そこには一種の畏れさえ感じますが、強いていえば弦の音色などはときに圧迫的で、悲鳴のように聞こえる時があり、そんなにカリカリしないで、もうすこし穏やかに行けないものか…と至って素朴なことを思います。

モーツァルトの29番の第一楽章など、モーツァルトの中でもとくにおっとりと温かい曲調だし、ブラームスの4番もいきなり深い悲しみの主題ではじまるシンフォニーですが、いずれもベルリン・フィルというエリート集団によってすべてが処理され、まるでハイテク工場の目もくらむような生産過程を見せられるようで、音楽を聴く喜びとは趣の異なるもののような気がしました。

すでに百年以上にわたって世界の頂点に立ち続け、その実力のほどは世界中が認めているのだから、もう少し泰然と構えて、奥深いところにあるものを聴かせて欲しいのですが、当節は少しでも手を緩めれば、その地位も危ぶまれるというようなことがあるのか。
あるいは私が求めているようなものはもはや時代遅れで、聴衆もあのような演奏を好み求めているのか、そのあたりは判然としません。

ベルリン・フィルに限ったことではありませんが、最近の演奏の上手さについては驚かされるばかりですが、同時に演奏者達が音楽を喜びとしているかどうかが疑わしく、高度な技能保有者が、ただ仕事として、仕上がったものを反復しているだけのように感じるのは、なんだかやるせないものがあります。

そういえば、本間ひろむ著の『日本のピアニスト』(光文社新書)を読んでいると、衝撃的なことが書かれていました。
現代のピアノを専攻している学生世代は、CDプレーヤーもTVも持たず、音楽はスマホかPCで主にYouTubeで鑑賞し、グールドやアルゲリッチを知らなかったりする学生が多いのには驚くとあり、これは読みながら、やはりショックでした。

変化もここまで凄まじいものになると、音楽というものの概念や存在価値はもとより、演奏スタイルも大きく変わってくるのでしょうから、なんだかもう頭がクラクラしてしまいます。
そのうち「AIの演奏でも充分!」という日が、ほんとうにやってくるのかもしれません。
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低体温演奏

アンスネスの皇帝を視聴して、今回は言い様のない不思議な印象が後に残りました。
ベートーヴェンの皇帝という、自分のからだの細胞の中まで浸透しているような曲が、ふいになんだかとても奇異な感じに聞こえてしまったのです。
演奏自体はピアノ/オーケストラ共にたいへん立派なものであったにもかかわらず…。
それを私ごときが、下手な文章をひねり回してみても、なかなか伝えられそうにないから書かないつもりでしたが、あえて少しだけ触れてみます。

ひとことだけいうなら、今の演奏スタイルと、時代と、作品の、あれこれの何かがちょっとズレて、齟齬が生じているような感覚に囚われたのかもしれません。
「皇帝」は「肯定」とさえ云いたくなるような作品で、祝祭的な要素も帯びているから、そういう曲にはそれなりの演奏のありかたというのがあるはずで、それらの要素が馴染んでいない違和感みたいなものを感じたのかもしれません。
今どきのスタイルに沿って、客観的に、端正に、理知的に、ちりひとつなく丁寧に掃除をしたような演奏すればいいのかという疑問で、もうすこし単純な力強さや推進力が前に出るような演奏であったほうが、この音楽には似つかわしいのではなかろうかと思いました。

小さな傷やミスに拘泥せず、一つの目的地に向かって迷いなく信じる方向へ突き進んだとき真価が出る…ベートーヴェンにはそういう作品がいくつもあるように思います。
もし、黄金期のクイーンが汗一つ垂らさず、練習に練習を重ね、最高のアンサンブルとバランスをもって「ボヘミアン・ラプソディ」をひんやりした工芸品のような美しさで演奏したとしたらどうでしょう?
まず間違いなく、あの熱狂はなくなり、後世まで語り継がれるようなものにはならなかったはずです。

そういう意味では、いささか誇張が過ぎるかもしれませんが、皇帝は多少の野性味や熱量が伴わないと作品の本質を見失ってしまうようで、そんな危うい境目のようなものをこのとき見てしまったのかもしれません。
単なる慣れの問題で、こちらの耳が新しい演奏スタイルについていけないだけなのかもしれませんが。

熱狂ということなら、1980年頃のアバドとポリーニによる皇帝のすさまじい放送録音がありましたが、まるで最高最強の剣闘士が汗みずくになって極限の剣さばきを見せているようで、そこに居合わせた聴衆の驚きと興奮とが相俟ってホールの中に火柱が立つような演奏でした。
これを音楽的にあれこれいうのは無粋というもので、やり過ぎの面もあったでしょう。
でも、そこには音楽が本源的に必要とする、人間の素朴な本能とか快楽を気の済むまで揺さぶり刺激してくれるものであったと思います。

誤解しないでいただきたいのは、だからこういうものじゃなかったからつまらなかったと単純に言いたいわけではありません。
ただ、音楽にはもっといろいろな演奏(演奏の自由)があっていいはずで、現代のクラシック音楽はますます固定化された演奏スタイルによる締め付けが強くなり、演奏者の率直な表現や創造力といったものが、きびしく制限されていないだろうかと思うのです。

音楽を聴いて、演奏に立ち会って、非日常の感興と喜びに身を浸し、精神が時空を飛ぶように開放され、なにか溜飲の下がるような体験をすることは、きわめて大事な事だと思うのです。

ようは、クラシック音楽がつまらないのではなく、クラシック音楽の演奏上の暗黙のトレンドが、感動や喜びを奪っているのかもしれない、そんな気がしているこの頃です。
多くの演奏は一見どれも見事で、その高水準には驚くべきものがありますが、それをただステージ上で反復再現するだけで各地を飛び回るような演奏では、人の心を喜びや充実感で満腹にすることはできないでしょう。
その場かぎりの出来事のような、一度現れてはすぐに消え去ってしまう一発勝負にかける演奏、即興性、ある意味でのリスクや挑戦が含まれる演奏こそ魅力的ですが、現代の演奏にはおよそそういうものが抜き取られている気がするわけです。

よく仕上がって隅々までぬかりなく整えられているけれど、どこか企画品みたいな気配のする演奏を繰り返すことは、さしあったって拍手喝采は得られたとしても、一方でこれほどすばらしい音楽芸術の世界をどんどん窮屈なものに変質させ、やせ細らせてしまっているような気がするのです。
もちろん、これはアンスネスのことというより、現代の演奏全般に感じていることというべきでしょう。
その点では、アンスネスはまだしも体温のある演奏だと感じますから、こういってしまうと、なんだか矛盾しているようですが、たまたま彼の皇帝を聞いたことから、勝手に発展して、そんなことを考えてしまいました。
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感じたこと

Eテレの「クラシック音楽館」から、尾高忠明指揮・NHK交響楽団/アンスネスのピアノによるベートーヴェンの皇帝、後半はブラームスの交響曲第3番ほかの録画を見てみました。
中堅の印象が強かったアンスネス氏もいまや円熟の世代というべきで、ちょっとした風格さえ漂っていましたから、それだけ月日が流れたということでしょう。

演奏は昔からの印象と大きく変わることはなく、クセのない中庸を重んじるものですが、それなりにしっかり聴かせてくれるところはさすがでした。
良識的に、堅実に弾き進められていくところこそこの人の魅力だろうと感じていますが、それ以上のことを期待することはできないところも昔と変わらない印象です。
必要なものを手堅く着実に表していく演奏、北欧風のルックス、エキサイティングでもマニアックでもないけれど、息の長いコンサートピアニストとしては、これはこれでひとつの道筋なんだろうと思います。

おそらく、実際の演奏会に行って生演奏に接したら、それなりの充実感を得られるのだろうと思われますが、映像やCDを何度も繰り返し観たり聴いたりしようという対象とはなりません。

この文章を書くにあたり、念のためもう一度見てみようと思ったのですが、どうやら見終わって無意識に消去してしまったらしく、残念ながら確認はできませんでしたが、まあそういうピアニストだろうとも思います。

尤も、現代の聴衆の大多数は、聞き耳を立てて一喜一憂し、気持ちを入れて繰り返し楽しむというような人はほとんどないような気もするので、だとすると、それはそれで必要条件をしっかり満たしているとも言えそうです。

アンスネスといえば、海外でもそうだったように、ピアノの大屋根をオリジナル以上の角度に開けるのがよほどお好きなようで、今回の来日公演でも、本来の突き上げ棒ではない茶色の長い棒が使われて、大屋根ははしたないばかりに開けられていました。
自分用のピアノを世界中持ち歩いているのかどうかは知りませんが、少なくとも、あの専用の突き上げ棒だけを送るか荷物として持ち歩くかしているのでしょうか?
製品として存在するものなら、それを好むピアニストもしくは音楽事務所がそれを公演先に持ち込むのか…まあ、甚だどうでもいいようなことですが、そんなくだらないことがやたら気になります。


早朝のクラシック倶楽部では、フランチェスコ・トリスターノのバッハを聴きました。
イギリス組曲を中心にしたプログラムで、55分の番組内では第2番と第6番が中心となっていましたが、歯切れよく快活で、とくにダンスの特徴が強調されているよう感じました。
いまさらながらイギリス組曲の聴き応えと、とりわけ第6番のすばらしさを再認識しました。

ピアノはヤマハCFXで、滑舌もよく華やかですが、その奥に東洋的メンタルを感じてしまう印象。
よく、YouTubeなどでヤマハとカワイの違いや特徴が語られる際、ほとんどの場合「ヤマハは明るい音色」ということが強調されますが、個人的にはヤマハの音は「派手」だとは思うけれど、「明るい」というのとは似て非なるものだというのが正直なところです。

バッハの場合、特定の音域のみの演奏になるため、そのピアノの素の音や歌心のようなものがストレートに聴こえますが、よく鳴ってパンチもあるけれど、楽器自体の歌心によって演奏が収斂されていくようには聞こえないのは不思議です。
ヤマハらしさを感じるのは基音のナチュラルな美しさというより、倍音を強く含んだミックス感のような気がしますが、専門的なことは疎いのであくまで聴いた印象での話です。
良くも悪くもそれがヤマハの魅力でもあるはずだと思いますが、ある種の静謐さとか澄んだ響きの世界ではなく、ゴージャス系の着飾った音に思えます。

そういう意味では、バッハではいささか端正さがない感じがなくもありませんでしたし、思えばグールド晩年のゴルトベルクにもそれを感じて、今でも聴いている間ずっと気にかかります。
ただ、ヤマハならではのインパクト感は満々なので、これを好む方も少なくないそうで、なるほどなぁと思います。
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オオカミ少年

イソップ童話の『オオカミ少年』ではありませんが、最近のお天気など災害に連なる報道はあまりにも大げさすぎて、実態との乖離が甚だしく、結果ほとんど信頼性がありません。
台風の時も同様のことを書いたと思いますが、今度は雪に関するものでした。

昨日は、夕方から出かける予定があり、食事も外で済ませることが決まっていました。
同行者もいましたが、その人からの連絡で「ニュース見たらすごいことになっている!」と言われて、こちらもすぐTVのスイッチを入れてみると、夕方のニュースの時間帯ということもあり、各局が今夜から明け方に襲来するであろう寒波と積雪について、繰り返し強い注意喚起をやっていました。

しかも画面は、災害時用のタテヨコに幅広い帯つきのスタイルとなり、エリアの寒波がいかに注意すべきものであるかを連呼しており、映像は県内山間部の一面銀世界のものであったり、東京から出張できている人にインタビューして「東京より博多のほうがぜんぜん寒いです!」といわせたり、タクシー会社ではあわてて冬用のタイヤに交換する映像など、そんなものばかり。
とりわけ山間部などは、この時期ならいつでも雪に覆われているはずですが…。

そして、天気図を示しながら今年最高の寒波です、夜半から明け方にかけて福岡地方では10cmの積雪と見られています、不要不急の外出は控えてください、どうしても外出される場合は冬用のタイヤやチェーンの準備をし、くれぐれも注意してください!等々を何度も繰り返し言いまくっていました。

私もはじめは、最近のTVのお天気ニュースが必要以上に大げさにいうのは十分心得ていたので、「実際は大したことないのでは?」と考えて、そのまま予定決行する気でいました。
しかし、その後も各局の注意喚起の名のもとに危機感を煽る言い方はますますヒートアップして警告となり、映像の中の人々は家路を急ぎ、だんだん「もしや…」という心配が頭をよぎるようになり、勝手に割り引いて行動した結果、もしものことがあったら…という不安も広がってしまいました。
そもそも、絶対に大丈夫などという自信はどこにもありません。
そして、結果的には不安が勝って、キャンセルの都合もつけられたため、この日の外出は直前で断念してしまいました。

もう大丈夫というわけで、さあ、その大雪とやらはどんなものかと興味津々でしたが、何度外を見ても道は普段通りに白く乾いたままで、なんだかいやな予感が。
予定通り外出していたとしても、とっくに帰宅している時間帯となっても状況はまったく変わる様子もなく、このころには「ああ、またやられた!!!」という思いで歯ぎしりしたくなりました。

夜中になると、多少強い風が吹いているようでしたが、それでも雪の気配はなく、あっても風の中に白いものがほんの少し混ざっている程度で、積雪などとは程遠いレベルです。
朝起きたら銀世界か?…とはもうあまり思ってはいなかったけれど、やはりまったくそういう気配はないばかりか、皮肉な感じに青空さえ覗いており、これってなんなんだ!という思いばかりが残りました。

おそらく、災害という最悪の状況を想定して予防に努めることが絶対優先で、そのためには多少の誇張だろうが何だろうが、そのため結果は違っていようとも、それは構わない!というルールがあるような気がします。
しかも、後日、結果に対して訂正するわけではなく、一方的な言いっ放しで終わりです。
夏にも「最大級の台風で、命を守る行動を取ってください」と半ば脅迫的に言われながら、ほとんど樹の枝も揺れなかったこともありました。

そんなに大事をとって誇張も厭わないスタンスのわりには、能登のあんな酷い地震などはまったく予想できなかったわけで、なにがどうなっているのやらわけがわかりません。

むかし聞いた話で、医者はガンではないものをガンと診断する間違いは許されるが、その逆は許されないというのがありましたが、これと同様で、人々の安全の名のもと、本当の正しい情報提供はないがしろにされ、ただ情報発信者側の責任回避のためのアリバイ作りで騒ぎ立てているように思えてなりません。

これによって、予定変更などを余儀なくされ、多大な迷惑を被った人はおびただしいものがあるはずです。
私ももうさすがに懲りて、今後はこのような情報はまともに取り合わない気でいますから、こんな空虚な報道ばかりしてたら『オオカミ少年』のように信じなくなってしまい、それこそが最も恐ろしいことではないかと思います。
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ドラマからあれこれ

ヘルニア騒ぎから半年を待たずして、再び安静を要する事態となりましたが、肺炎はだいぶ落ち着きつつあるようです。
療養がてら、またも動画配信のお世話になる時間も増えてしまっています。

映画もむろん楽しめますが、気軽さという点ではドラマのほうに分があるのはどうしてだろう…と思うところ。
映画のほうが作品として圧縮されているためか、観る側にも集中が求められるのかもしれません。

個人的にはアクション系は好きではないし、刑事物・医療物もできるだけ避けたいというのがありますが、知人がすすめるのでBOSCHという刑事ドラマに手をかけてしまいました。
舞台はロス市警、主人公は離婚歴のあるベテラン刑事で、お定まりのちょっとアウトローだけれど、小柄な体躯の中にグリーンベレー出身のタフさと気骨があり、刑事としては一流という設定です。

ロサンゼルスというのはそもそもアメリカのエンタメ文化の聖地でもあり、この地が舞台というのは数しれず、警察物ではもはや古典ともいえるコロンボ警部もロス市警でした。
切れ者の刑事というのは大抵小柄で、見た目は決して派手なタイプではないのも、ある種お約束のように思います。

凶悪犯罪に挑んで犯人を追い詰め、悪に斬り込んでいくには、長身のイケメンやマッチョより、小柄で型にはまらないタイプのほうが味があり、収まりもよく、見る側も楽しめるのだろうと思います。
相撲で、小兵力士が横綱に土をつけるときなどに相撲の醍醐味があるのと似たようなものかもしれません。

さて、このボッシュ刑事ですが、顔を見るたび誰かにいていると気になって仕方がなかったのですが、シーズン3に至ってようやくわかったのは、なんと帝王カラヤンでした。
ヘアースタイルがまるで違うのと、時代もジャンルもあまりに別世界なので、なかなか結びつきませんでした。
そういえばカラヤンも小柄で、小柄というのは、逆にある種の凄みや存在感があることがありますね。
たしかナポレオンもそうだと読んだ覚えがあるし、現ロシア大統領大統領もそうですね。

話は飛んで、昨年の秋ごろ、もう一つの趣味であるクルマで、カーグラという月刊誌があるのですが、その定期購読をついにやめたことは、もしかしたら書いたかもしれません。
免許取得前から40数年にわたり、一冊も欠かさず愛読してきた月刊誌でしたが、カリスマ性のある小林彰太郎という創刊者の死後、その内容は目に見えてつまらなくなり、さらには時代の変化もクルマには逆風だったのか、ついには(私にとっては)立ち読みする価値もないまでになり、とうとうふんぎりをつけたのですが、意外に予想したよりはるかにサッパリしました。

クルマの知人が「カーグラは昔のものを読むべき」としきりにいうので、そうかと思い50年前のものをパラパラやっていたら、そこにはまさに小林彰太郎全盛期の文章がふんだんに並んでおり、引き寄せられるように読みふけってしまいました。
小林氏は日本の自動車ジャーナリズムの草分にして圧倒的な存在でしたが、東大卒の大変な教養人で、実はクラシック音楽の大ファンでもあり、中でもとくにピアノ音楽を好まれていたことは驚くべき偶然でした。
一度きりでしたがお目にかかったことがあり、クルマの話もそこそこに話題は一気にピアノになりコルトーについて会話した特別な思い出があります。
さて、1974年の号(これはバックナンバーで入手したもの)にはロンドンのクリスティーズオークションを見学した時のレポートがあり、その中の一台は元のオーナーがカラヤンだそうで、ごく簡潔に「元ヘルベルト・カラヤン所有」と書かれてところに、さすがは小林氏と唸ってしまいました。
というのも、カラヤンは、世界的に、そして終生、ヘルベルト・フォン・カラヤンの名で認知されていましたが、ものの本によると、ドイツでフォンを名乗るのは貴族だけで、彼はオーストリア出身かつ自分の出自が貴族でないにもかかわらず、その強烈なる虚栄心から、フォンを勝手に使っているとありました。

小林氏は文章上の言葉や名称にはとくに正確を期する厳格なスタンスを貫いた人で、だからこの表記はおそらくそのことを知っての上だったと思われます。
すなわち、「フォン」を書き忘れたのではなく、意図的に「外した」のだと想像すると思わずニンマリしました。
それにしても自分でフォンをつけて定着させるとは、やはりタダモノではありません。
日本人なら、自分でミナモトノオザワセイジなんていったらびっくりしますよね。

ちなみにルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンやフィンセント・ファン・ゴッホもどこか似ていますが、こちらは貴族由来ではないようです。
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肺炎

病気ネタなどを繰り返し書くとは、無粋の極みではありますが、いまさら粋人を気取るつもりもなく、どうせ無粋な私だし、さしあたって目の前はそれ一色だからお許しを。
発症から7日目に突入した真夜中、やや落ち着きかげんに思えた病状は再び悪化しだして、体温は39℃に迫る勢いとなりました。

知り合いの中には、夫婦揃って異様なほど医療知識に詳しい人達がいて、ハァハァいいながら話をするのも辛いのでLINEの往復が続きました。
そもそもインフルエンザでこれほど長期間というのはおかしいこと、また仮にインフルエンザであればロキソニンは飲んではいけない薬の一つだということも、多少批判的に知らされました。

ここまできたら病院嫌いなどと言っている場合ではないと腹をくくり、翌朝病院に行く決心をつけました。
ところが朝目が覚めると、昨日の苦しみは何だったのかと思うほど症状が軽くなっており、熱もさほどでもありません。
これまでの私なら、これ幸いに病院行きは即刻キャンセルするところですが、この一週間のことを振り返り、そしてまた明日から週末になることを考えたら、やはりここは自分でしっかり決心したことでもあるから、行くことに決めて近所の大型病院の予約を取りました。

初めて知りましたが、発熱外来というのは入り口からして違っており、裏手の通用口のようなところからブザーを押して入ります。
そのエリアだけ厳重に遮断されており、物々しい姿の看護師さんが対応に出てこられ、あれこれ聞かれたあとに診察室へ。
医師も同様の姿で目元以外は顔も見えません。

問診のあとすぐに抗原検査となり、これも初めての体験でしたが、細い棒を鼻の奥深くまで容赦なく突っ込まれ、それは思わず「ひぃ」と声が出てしまうほどでした。
ほどなく結果が出たのですが、なんとインフルエンザでもコロナでもない!というもの。
そうとなれば別の検査をしなくてはならないそうで、「2時間ほどかかりますが、お時間よろしいですか?」と迫られました。
よろしくないに決まっているけど、ここまで苦しんだあげく重い腰を上げてやってきた病院なんだし、もし厄介な病気があるとすればそれを放置することもできないというようなことも頭をかけ回り、心配と投げやりの「どうにでもしやがれ」気分になって了解しました。

抗原検査が陰性だったため、規制線内の立ち入り可となり、ただちに病院内の検査にまわされました。
ちなみに、ではインフルエンザではなかったのか?というと、インフルエンザだとしても数日で消えるために、発症後6日も経つと検査には出ないのだとか。

CT、レントゲン、血液検査、採尿検査となり、それらが終わって一時間ほどすると結果が出るとのこと。
待合室でぼんやり待っていると、担当医が歩み寄ってきて「いま検査していますが、肺炎の症状がでているようです」とわざわざ言ってきました。
肺炎は入院治療が基本なのだそうですが、程度によっては内服治療も可能とのこと。
ここまで譲歩して検査までしたのに、そのうえ入院なんてとんでもないと思い「入院はちょっと…」というと、「では結果次第ですが、できるだけお薬で様子を見るようにしましょうか?」「お願いします」となりました。

ほーら、言わんこっちゃない、病院なんぞに行ったらこんな面倒なことになるんだという思いと、とはいえ、今の段階でそれがわかってよかった、あのまま自宅で放置していたらどういうことになっていたか…という二つの思いが妙な感じに交差しました。

やがて診察室への呼び出しがあり、そこでレントゲンやCTの画像を見せられ、左の肺の下のほうにわずかにそれらしきものを目にしました。それが肺炎なのかどうか自分ではわからないけれど、医師からこれがそうなんだと言われるから、そうなんだ…と思ったわけです。
薬の説明を受けたあと、否応なく翌週の何曜日何時という予約までさせられ、さすがに応じるしかありませんでした。

病院に入ってから再び車が動き出すまで約3時間、すっかりお腹も空いて、同行者もいたので、そのままフェミレスに行ってランチを食べて帰宅しましたが、肺炎ならそんなところに行くことも褒められたことではなかったかもしれません。
同行者は私の病院嫌いをよく知っているので、助手席で「思い切って行って良かったね」を繰り返していました。

ま、それもそうだと思いつつ、帰宅後すぐに3種類の薬を飲みました。
できるだけ安静を心がけますので、できるだけ早く治りますように。

インフルエンザから肺炎に発展することは珍しくないのだそうで、皆様もどうぞお気をつけください。
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インフルエンザ

今年の正月休みは、例年にはないものずくしで、新年早々は一連の災害や事故で肝を冷やし、後半はインフルエンザにかかるという、散々なことで終わってしまいました。

もちろん、ニュースに出てくる方々の苦しみに比べたら、インフルエンザなどものの数ではないとお叱りを受けそうですが、個人的にはかつてない強烈なもので参りました。
潜伏期間などを考えると、いつかかったのかはいまだにわからないものの、はっきり発熱を実感したのは6日土曜で、カレンダー上はそこから3連休となるあたり、どうして病気になるのは、いつも必ずと言っていいほどこういうタイミングになるのか…。

知り合いの自然派の方に云わせると、発熱するのは体にとって、発熱し外敵と戦う必要があるから熱が出るわけだから、それをむやみに解熱剤などで抑えこんでいると、かえって不調が長引いて、いつまでも症状が改善されないと力説されます。
悪寒がしたら、熱い風呂に長めに入って、そのあとは汁物や麺類など温かいものを体に入れて出来る限り汗を出し、体を冷やさぬよう布団に入って睡眠をしっかりとれば、多くの場合ごく短期間ですっきり回復できるのだとか。

ふんふんなるほど…とは思っていたけれど、普通の風邪ぐらいならともかくインフルエンザともなると、なかなかそういう荒技を試してみる興味もなにもすっかり消え去ってしまうものです。
熱は右肩上がりに急上昇を続け、二日目には40℃という、これまでの人生で一度も経験したことのない数値に達し、併せて体の具合の悪さときたら、およそ耐え難いばかりに悪化。

病院のことも思わないでもなかったけれど、生来の病院嫌いにとって、救急外来のある病院などに行くのもそれはそれでイヤだし、ある人から「救急車を呼ぶべき!」とアドバイスされたりすると、ああもうこの人には言うまい…と思ったり。
もちろんこちらを心配してのことではあるとしても、病院への移動手段として、気安く「救急車を呼ぶ」ような考え方は、どうも性に合いません。

〜というわけで、10日水曜の時点で丸5日経過ですが、かすかに回復傾向にはあるものの一進一退で、とにかくそのしつこさと言ったら並大抵ではないなというのが、今回のインフルエンザの正気な印象でした。
数名の人から聞き集めたところでは、すべてに共通しているのは「今度のインフルエンザは強烈!」ということ。
たしかに以前コロナにかかったときより、あきらかに苦しさの次元が違うし、そのパワーやしつこさもコロナの比ではありません(私個人の場合)。

病院に行けばタミフルなどが手に入ったのでしょうが、それもない以上、今回はロキソニンが唯一の頼りでした。
これを飲めば、わりに熱は下がるし、効能時間も意外に長いので、以前のヘルニアのときに溜め込んでいたロキソニンがたっぷり手元にあったことはせめてもの救いでした。

これまでは風邪を引いても食欲が落ちたことはなく、平気でステーキでも平らげていた私にしてみれば、まったく何も食べる気がしないしゼリーぐらいしか受け付けないのは、我ながらこれは相当なものだろうと思えて怖くなりました。
食べるといえば驚いたのは、高熱が続いたあとは、ものの味が微妙に変わってしまい、簡単に言うと全体に美味しさが損なわれてしまったのはショックで、すぐには気付かなかったものの、あれ?ん??を繰り返すうちにこちらの味覚が狂っているこおがわかりました。
高熱というのは様々な影響があるということがわかりました。

毎日、はじめにがっかりするのは、朝目覚めたとき。
この手の病気になると、どうしても「明日になったら良くなっているのでは?」という淡い期待があるものですが、目が覚めても体調が少しも良くなっていないことがはっきりするときの、あのときのなんともやるせない失望感!
それを裏付けるべく、枕元の体温計を引き寄せてみれば、毎日38℃台から一日をスタートせざるを得ないのは、いいようのない無常感に苛まれます。

日がな一日、折あらば体温計を脇に挟むのが習慣化してしまい、その数字に一喜一憂するのはなんと嫌なことでしょう!

体温計といえば、家にあったこれまでのものは検温に何分間もかかり、待ちくたびれたころにようやくピピッピピッと音がしますが、本当に具合が悪いときは、これさえも苦痛で我慢できないもの。
そういえばコロナ騒ぎの頃、体温計を買っておいたほうがいいということで、ネットで2本購入したけど一度も使っていなかったことを思い出しました。

高熱うなされながら、やっとそれを探し出したところ、パッケージに「検温15秒」と書かれており、え?まさか?とは思いつつ、開封してさっそく使ってみると、なんたることか、それはもう信じられないほど早く、脇に押しやった手を服の中から外に出しかけた頃には、はやくもピピッピピッと音がして、これにはびっくりしました。
正確に15秒かどうかはしらないけれど、とにかく従来のものに比べたら信じられないスピード差で、バスと飛行機ぐらいの違いです。

こんな高性能なものを使ったが最後、もう二度とあのちんたら体温計には戻れません。
…と、体温計はいいけれど、もうそろそろインフルエンザにもおいとまいただきたいものです。
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SKの脅威

あけましておめでとうございます。

2024年は、元日早々に発生した能登方面の大地震、翌日にはJALと海保機の衝突事故、さらにやや地方ネタにはなりますが、福岡県北九州市では古い商店街が大規模火災に見舞われるなど、きわめて厳しいスタートとなりました。

ここ最近は、国外国内どこを見渡しても心が塞ぐようなニュースばかりが横行し、なかなか希望を見出すことの難しい時代になっているように思います。

昨日は、知人のお宅に招かれてそこのシゲルカワイ(SK-5)に触らせていただきましたが、久々に素晴らしいピアノに触れて、深い感銘を覚えました。
購入後数年を経て、まさに本領発揮というべき熟成状態にあり、これまでの日本の大半を占めるピアノとはほぼ完全に袂を分かった充実ぶりに圧倒され、これはまさに一流品だと思いました。
日本のピアノ独特のあの「和風」な感じから解き放たれ、完全に国際化できた初のピアノでは?と本気で思いました。

低音から高音までバランスも見事という他なく、すべての音に深いコクがあり、表現力も豊かで、これといった不満がどこにもみつからないものでした。
音は暗くも明るくもないバランスがとれており、良いピアノが必ず備えている重心の低さがあるし、それでいて部屋中に鳴りわたるダイナミズムと立体感があり、ふと戦前のスタインウェイに存在したA3という隠れた銘器として知られるあのピアノに触れた時の記憶が蘇りました。

何より特筆したいのは、ヴィヴィッドで密度感のある美音であり、それをしっとり感あふれるタッチが支えており、それらが相俟って心地よい親しみのようなものを伴いながら、弾き手に寄り添うように反応してくれるところでした。
SK-5といえばサイズ的にはいわゆる中型ピアノですが、その全体からくる印象は限りなくコンサートピアノに近いもので、コンサートグランドからあのいささか大仰すぎるところを削り取って、扱いやすく手に馴染むようにまとめたピアノといっても差し支えないと私は思いました。

巷でのシゲルカワイの評判が「なるほど」とストンと落ちてきたように思いますし、むしろこれまでの私の中にはどこか偏見があったのか、正しい評価を下すのが遅くなってしまったような忸怩たるものさえあって、この点は大いに反省する必要がありそうです。

シゲルカワイを語るとき、とくに強調しておくべきことはその価格で、絶対額は決してお安いものではないけれど、輸入ピアノの価格を基準に考えれば、各サイズごとにくらべると概ね3分の1から、ものによっては4分の1ほどであり、これはその内容からすれば信じ難いもので、その人気は当然だろうと思います。
裏を返せば、SKはその価格帯のピアノと互角に比べられる内容を持っていると思われ、今風にいうなら「これは相当やばい」と思った次第です。

せっかく感銘を受けたというのに、生臭い値段の話なんぞするのはどうかと思いましたが、モノの良し悪しを判断するのに価格を考慮に入れないことは現実的ではないし、フェアでもないから、やはりここは避けては通れない問題だと思います。

そういえば、ポーランド仕込みのショパン弾きとして有名な遠藤郁子さんも、ご自宅のピアノがスタインウェイからシゲルカワイに変わっている動画をいつだったか見たのを思い出しましたが、今なら「なるほどね…」と思えます。
スタインウェイはむろん素晴らしいけれど、たとえばModel-AとSK-3はほぼ同サイズですが、価格は5倍です。
スタインウェイAにはSK-3の5倍の価値があるのか?といえば、私には到底そうは思えません。

世界的にも、とりわけ上級グレードのピアノにとってSKシリーズは相当な脅威であることは間違いないことをしっかり思い知らされた今年のお正月でした。

今年もよろしくお願い致します。
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特権

知人の方が、県内のとある市民オーケストラに入団されたことを知りました。

それがきっかけで思い出したお話。
そこは県南部のこじんまりした街ですが、その地で長年親しまれてきた百貨店が廃業し、それを機にデパート跡地を含む一帯が再開発の対象とされ、数年前に大規模な総合文化施設として生まれ変わりました。

落成したことをニュースでも報じられ、そのホール見たさにコンサート情報を探したのですが、なかなかこれというものがなく、かろうじて見つけたのが地元の市民オケの演奏会でした。

思った以上に大規模な施設で、メインのホールも大都市のそれに引けをとらない立派なもので目を見張りましたが、こうなると維持管理だけでも相当なコストがかかるであろうことは想像に難くありませんした。
ホワイエに置かれたイベント予定表を見ると、正直この豪華なホールの本来の使い方かどうか疑わしいようなものばかりで、目ぼしいコンサートなどめったにないのが実情のようでした。

当時の報道でも言っていましたが、構想段階から市民の根強い反対があったようで、それも頷ける感じもありました。
百貨店廃業で出現したまたとない街の中心に位置する一等地で、周囲に連なる商店街はじめ市民の本音は別のものが期待されていたのかもしれませんが、そのあたりはよくわかりません。

ホール入口では、音楽とはまったく関係のない知人にばったり会いました。
首からスタッフらしき札をぶら下げ、お揃いのTシャツ姿でキビキビと忙しそうで、なんとこの市民オケの手伝いをやっておられるとのこと。

「ずいぶん立派なものができましたね」というと、満面の笑顔で鼻高々のご様子。
ほんの少し立ち話になり、「地元では反対も多かったようですね」と聞くと、「そうなんですよ!」と言われたので、自治体の税金の使い方はけしからん!という意味かと思い「本当に必要かどうかではなく、ハコモノを建てたがる悪習は全国どこも同じですね…」というようなことをいったら、「そんなことは自分たちは関係ないですよ」とどこか突き放すような反応をされました。

自分たちが快適に使えているのだから、それ以外のことなんぞ知ったことじゃない!といわんばかりに薄笑いされたとき、そこには特権を得た人間のどこか浮いた勢いだけがあり、まるで人が変わったように見えてしまったのです。
その自信たっぷりの口ぶりには、市民オケもこの施設を使わせてもらっているというより、事実上ここは自分たち専用のホールなんだ!というちょっと傲慢な感じが混ざり込んでいました。

そればかりか、それまでさんざん使っていた旧いホールを小馬鹿にしたような発言まで飛び出して、それ以上会話を続ける意欲もなくしました。
冒頭の方によると、演奏会前は数日前から大型楽器の運びこみなども可能だそうで、そのオケにとってはまさに「自分たちのもの」という特権がいまも継続しているようでした。

…が、ふと考えました。
私だって、もし自分の手に特権的な何かが転がり込んで、大きな声ではいえないようなことでも可能になったとしたら、まったくその恩恵に見向きもせず聖人君子のようにしていられるだろうか?と自問してみると、さほどの自信はないかもなぁ…とも思うのです。
そこに程度問題はあるにせよ、人間というのは多かれ少なかれそういうものかもしれないと思うと、今度は自分まで恐くなりました。

私を含め多くの人は、真面目にやるしか選択肢のない小市民の立場だから、なにかというとけしからんけしからん!と正論のようなことを言っているけれど、ひとたび特権を与えられ、その心地よさを覚えてしまったら、一気にその甘美な毒は体中をまわって、元には戻れなくなるのかもと思うとゾッとします。

すべてとはいいませんが、多くの批判や正義正論は、そのおこぼれに与れない者達の恨み節なのかもしれません。
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家電修理

今年も早いもので12月となり、すっかり寒くなりました。
我が家の暖房は、エアコンを基本としながら、必要に応じて石油ファンヒーターを補助的に使っています。

ある映画で見たところでは、最新の住宅の中には入念な断熱や空調が設計段階から効率的に組み込まれて、常時快適な温度を保たれているようですが、旧式な我が家ではそうは行きません。

寒さが募るにつれ、保管しておいた石油ファンヒーターを数台出すのですが、その中で着火しない個体がありました。
電気店やホームセンターなど、どこにでも売っている小型の定番モデルなので安いし買い換えればいいのですが、ちかごろの家電類は処分のこともあって、そこらを考えたら入れ替えも結構面倒というのがあります。

それに見た目も現在売られているものと同じで、とくに寿命で使い切ったという感じでもありません。
そこで、以前もブルーレイレコーダーの修理で書いたような気がしますが、YouTubeに型番を入れて検索すると、やっぱり修理動画が「ある」んですね。

しかもその作業の様子はというと、いかにもスイスイ苦も無くやっている感じで、「ハイ、以上です」「これだけで新品のように…」などといわれると、ついやってみようかな?という気にさせられるのです。
で、今回もダメなら買い換えるというつもりで挑戦してみることになり、とある日曜の午後、友人の手を借りながらこの作業に挑みました。

液晶部分のエラーコードは着火不良を意味しているらしく、ヒーターの最も中心にあるバーナーとかいう火が燃えるあたりがススなどで汚れているため安全機能が働き、着火しないようになっているとのこと。
なので、分解して、その部分を布や歯ブラシで汚れを落すなど、要は掃除をすることが修理であるようです。

ただ、人生でこれまで一度もヒーターの分解などやったことはなく、分解するということは、当然あとで元通りに組み上げることでもあり、これが最も苦労しました。
分解するにも順序があって、ここらが慣れない私にとっては簡単じゃありません。
ひとつパネルを外すと内側はネジだらけで、これを外しながら分類するだけでも大変でしたし、鉄のパーツは内側や断面が鋭いので、注意しないとケガをしそうです。
とくに問題のバーナー付近は二重三重に鉄の構造に囲まれており、ここにたどり着くまでが一苦労でした。

作業中、常に横にiPadを置いて、ひとつひとつ見ながらやることでかなり助かりますが、とうてい動画でやっているようにスムーズにはいかないことも今回わかりました。
ついに核心の炉の部分に到達し、布や歯ブラシなどで磨いて周辺のホコリをとるなどして、それ以外にも燃料フィルターの掃除など、バラしたついでにやっておくことが2つほどあるということで、そちらも動画の指示通りに済ませました。

やはり組み上げは分解よりも大変で、なんどもやり直ししたり、合うはずのパネルとネジ穴が合わなかったりで、締めたネジをまた外したりを繰り返しながら、悪戦苦闘の末、ついに元の姿に戻ることができました。
動画はわずか10分ほどのものですが、気がつけば2時間半ぐらいかかっており、途中で「やはり買い換えたほうがいいのでは?」という思いが何度か頭をよぎりましたが、同時にここまできて後にも引けないという意地みたいなものも芽生えて、お陰ですっかり熱中できました。

他のものならすぐに動作確認するところですが、なにしろ火のつく代物だけに、万が一のことを考えて比較的安全な場所に移して電気コードを差し、おそるおそるスイッチを入れます。
ここから着火に至るまでは正直恐怖感があり、もしボンッ!などといったらどうしようかと消火器のことなども考えてドキドキでしたが、やがて着火直前に聞こえるジーという音がして、そこから一息おいて、まったく静かな安定した着火に至ったのは、ほっとすると同時に、張り詰めていた緊張が一気に達成感に変わりました。

もちろん危険を伴うことなので、ヒーターに関しては決してオススメはしませんが、それ以外のことなら家電の修理というのも見よう見まねでやってみるのも楽しいですよ。
それによって買い替えや安くもない修理代のことを考えると、満足気分に浸れます。
こんなことが言えるのもYouTubeの動画があるからこそで、これがなければ私なんぞには決してできないことですが、言い換えるならレシピ動画を見ながら料理をするようなものかもしれません。

やってみてわかったことでは、このヒーターの場合、要は火の周辺の小さなパーツの掃除だけで済んだわけで、そうとも知らず全体を買い換えるというのは極めてナンセンスだと実感させられます。
ただし、メーカーはそのへんで買い換えてもらわなくては困るということでしょうが。

とはいえ、我々はメーカー側ではなく、いち購入者であり使用者なのですから、できるだけムダは抑えて、可能な範囲で効率的でありたいと思います。
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悲愴

数年に一度ぐらいでしょうか、無性にチャイコフスキーを聴きたくなるときがあって、しばらくはドップリになります。
今回はシンフォニーを中心とする管弦楽曲に限定して、主に4番からはじめ、もっとも繰り返し聴いたのはテンペストとマンフレッド交響曲のCDだったのは自分でも意外でした。

個人的に、チャイコフスキーの管弦楽作品では指揮者/オーケストラだけはこだわりたいところで、ひとことでいうと、ロシアの演奏じゃないとイヤなのです。
西側のハイクオリティのオーケストラによって知的に鳴らされるチャイコフスキーはシャープすぎ、無用なエッジが効いていたり、情や哀愁に身を任せたいところを、わざわざ構造的に解像度を高くしたりすると、それが仇となって逆に俗っぽく、あるいは味わいを損なって、かえって泥臭いだけの音楽になってしまうよう感じます。
今どきの、なにもかもスキャンしてあばくような演奏は、とりわけチャイコフスキーには向かないよう感じます。

ロシアのオーケストラでいいのは、音とアンサンブルがふくよかで、なにより情感が豊かで、必要以上に細部を追い詰めない…それでこそチャイコフスキーの世界に浸れます。
そのバランスを保ったときに聴こえてくるチャイコフスキーは、優雅で官能的だと思います。

チャイコフスキーといえば、一部の音楽愛好家の中では低俗音楽との烙印を押して、まったく取り合おうともしない方がおられます。
むろん人の好みは自由ですが、そこにチャイコフスキーあるいはピアノにおけるショパンをあえて避けることが「通」だといわんばかりの狙いが透けて見えるときがあって、そういう捉え方のほうがむしろ俗っぽいなぁと思います。

話は戻って、私のお気に入りはなにかというと、プレトニョフ指揮/ロシアナショナルフィル。
少なくともチャイコフスキーに関してはこれがあれば、もうなにもいらないというほど満足しています。

たしかにムラヴィンスキーの名演や、現代の巨匠でいえばゲルギエフなどもありますが、ムラヴィンスキーはあまりにも立派でブロンズ彫刻のようだし、ゲルギエフはやや自己顕示欲が強くて、チャイコフスキーの世界に浸りたいという目的からすると、ちょっと違うのです。

ところで第6番「悲愴」についてはさまざまなエピソードがあるようで、私は多くは知らないものの「第4楽章は鬱病の人が聴いたら発狂する危ない音楽」などといわれていた覚えがあります。
たしかにあの、恥も外聞もなく痛ましい感じを吐露した第4楽章は特異な存在とは思いますが、今回あらためて聴いてみて感じたところは、その問題は別の楽章との関係も大きいのではないか?と感じました。

鬱病の人に悪いのはむしろ第1楽章と第3楽章で、これらは全編を通じて神経衰弱的な不安定感が脈打っているように感じます。
第1楽章ではあの執拗に繰り返される第一主題がいやでも耳に食い込んでくるし、そうかと思えば突如として爆弾でも炸裂するような発作的な展開部となり、曲がどこに行くかも迷走しているようで、この感じはなかなかついていけません。

第2楽章は気を取り直したのか、いかにも優美なチャイコフスキーらしさにあふれて軸が定まっており、まるで美しいコールドバレエのような情景が目に浮かぶようです。

第3楽章になると、さらに興が乗って陽気になってきますが、周囲から浮いていることにも気づかず、やみくもにはしゃいでしゃべりまくる人のようで、それが却って悲しげな印象を覚えます。さらにエスカレートを続けて、どんどん高いところに登っていき、ついに最後は一気に転落してしまうのは、まるで上昇角度がつきすぎた飛行機が失速して墜落するよう。

そしてあの第4楽章が場面転換のように登場する。
各楽章の内容もさることながら、その4つの楽章の組み合わせが作り出すものが極めて不安定で、精神的に深く追い詰められた痛々しさ危うさを感じてしまいます。

随所に感嘆すべき魅力があふれているのは聞けば聞くほど感じるのも事実で、これが最後の大作にして最高傑作ともいわれるけれど、彼の才能はいささかも衰えていないことがわかります。
とりわけ悲劇性・特異性ばかりが注目される第4楽章ですが、しっかり聴いてみると、人間の避けがたい悲しみや諦念をこれほど赤裸々に、美しい音楽にしたという点であらためて感銘を受けました。

余談ですが、ロシアナショナルフィルはもともとプレトニョフが1990年頃に創設したオーケストラとされていましたが、現在はCDが出るわけでもなく、プレトニョフ自身も指揮をしているのかどうかは知らないけれど、近年はまたピアノに向かっているようにも見えるのは、あの国のことだから何か事情があったのだろうか?と思ったり…。
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カテゴリー: 音楽 | タグ:

負け慣れ?

動画配信というものができたお陰で、かつてだったら考えられなかったペースで、日常的に映画やドラマを見るようになりました。
少し大げさに言えば、生活が変わったと言ってもいいかもしれません。

むかしむかし、貸ビデオというものが始まった時、自宅に居ながらにして見たい映画を個人が任意に見られるということに驚いたものですが、いまやそれがポケベルからスマホになるぐらいの進歩を遂げたわけですね。

映画好きの知人などは、毎日深夜まで一本以上の映画やドラマを見ているそうで、私はそこまでのパワーはないけれど、それでも二つの配信会社と契約して、これをまったく見ない日というのはほとんどありません。

とくにこだわりもないので、面白そうなものがあれば国内外を問わずなんでも見てみる派ですが、強いて言うと日本が世界に冠たるアニメだけは、まだ選択の対象にはなっていないぐらいでしょうか。
なので、もっぱら普通の映画/ドラマということになりますが、そこでいつも残念に感じることがあります。
個別の作品ではなく、全体を通じてのざっくりした話ですが、どうして日本映画はこうも遅れているのかと思うことが多すぎ、これには各作品の出来不出来を超えたものを感じます。

概ね作りも内容も浅薄で、ことさらな叙情やきれい事が横溢、人間や社会の真相に迫るパワーはあまりに小さく、なんのための作品なのかもよくわかりません。
見る人を楽しませる、あるいは社会的な何かを問いかけるといった目的意識も薄く、ほとんど作り手の甘い自己満足としか思えないことが多すぎて、見ていて恥ずかしく、情けなく、腹立たしくなるのです。

なにより日本映画/ドラマの甚だしい遅れを感じるのは、韓国のそれにくらべた時です。
韓国が国をあげてエンターテイメントの分野に注力していることは近年知られているところですが、もはや手が届かないまでに引き離され、このままではその差が縮まる希望もありません。
こうしてはいられない!勝負してやろう!という気迫がまったく感じられないのは歯がゆいばかり。

目の前の韓国があれだけのものを続々と作り出しているのだから、触発されて日本もレベルが変わってくるはずだと思うのですが、そんな気配もないのはもはや開き直りでしょうか?

韓国の作品といえども出来不出来はもちろん、ツッコミどころもあるけれど、全体としての出来ばえは圧倒的で、まず単純に面白いしストーリー展開もしっかり練りこまれており、まぎれもないプロの作品で、幼稚で学芸会みたいな日本は相手になりません。
日本は経済だけでなく、すべての面で負けグセがついてガッツまで失っているのでしょうか!?

ひとつ聞いた覚えがあるのは、日本映画は国内需要を満たせばそれでどうにかなるのに対して、韓国は国内だけでは市場規模が小さいので始めから世界を目指しているというのですが、それだけとは思えません。
アメリカや中国のような大国ならともかく、日本の国内需要など韓国より少しぐらい大きいといったって、たかが知れている筈です。
エンタメ文化が、まるで軽自動車のように、はじめから見切りをつけて作られているのなら、海外の映画祭などに未練を残すこともないのでは?
日本作品の特徴はまずセリフが少なく、やたら沈黙するシーンだらけです。
脚本自体もプロの書き手とは言いがたいような稚拙なものが多すぎて話が心地よく運んでいかないから集中力が途切れ、いつも赤信号の横断歩道で待たされているようです。
沈黙によって登場人物の心情を語らせているなどと抗弁されそうですが、説得力のある筋立てや雄弁な台詞が書けないから、動きのない沈黙で時間を稼ぎ、お茶を濁しているようにしか思えないのです。

もうひとついうなら、映画に必要なダイナミズムもエグさもなく、なにもかもが淡白な枠の中で小さく処理され片付いてしまうのは、楽しむための映画でまでそんなものを見たいとは、私は思いません。

マンガやアニメのことはわかりませんが、あちらは海外に向けて勝負に打って出て勝利を勝ち取ったのでしょうか?
私の印象では、たまたま海外から思いがけない高評価が得られたので、評価の逆輸入という現象によって、認識されたような印象が拭えません。

その他、ドラマでいうと、海外モノと著しく違うのはエピソードの数です。
日本のものは、だいたい6話ぐらいで、たまに10話とか12話があれば珍しいほうでしょう。

それが海外作品では、一昔前に流行ったSUITSなどは百数十話で、これだけの数を見通すだけで大変でしたが、トルコの「オスマン帝国外伝」に至っては500話近い超大作で、それを見続け、作り続けるエネルギーに感心してしまいます。
この手をいくつか制覇してしまうと、数十話なんて珍しく思わなくなり、日本の全6話など笑ってしまうほど規模が小さい…という感じしかありません。
むろん長ければいいというわけではありませんが、海外ドラマの多くは数十話、人気作になれば3桁のエピソード数になるということは、それだけ見る人を惹きつける魅力があるということでもあり、実際、ドラマといっても映画並みに小道具にまでこだわった高いクオリティが保たれているのは感心するばかりで、日本は真剣さや熱量がずいぶん足りないように感じるこの頃です。
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電池交換

腕時計の電池交換のおはなし。

個人的にはお高い腕時計などはあまり関心がなく、早い話、デザインさえ気に入ればスウォッチでも十分で、とくに金属製のものはデザインも常識的で重宝しています。
とくに電池交換が自分で簡単にできるのはありがたいところ。

自動巻きは毎日連続して使う人にはいいのでしょうが、放っておくと数日で止まってしまい、出かける際にねじ巻き&時刻合わせが必要となり、時計好きの方にはそれも味わいなのでしょうが、私にはただ面倒くさいだけ。
その点クォーツは便利だけれど、数年に一度は電池切れで止まるので、その交換となるといささか厄介です。

さほど御大層なものでなくても、ものによってはデパートなどにいけば、たかだか電池交換でもメーカーもしくは輸入元送りとなり、そのための費用・時間・手間などバカバカしいと言ったらありません。

近年はホームセンターの一角でも、合鍵を作ったり、靴底を張り替えたりするコーナーで時計の電池交換もできることになっていますが、ちょっと規格から外れたものになると特に高級品ではなくても、応じてもらえません。
技術的な問題なのか、あるいは事後のクレームを避けているのかわかりませんが、とにかく「これは買われたところか、時計専門店でないとできません」と断られ、ごく最近もやはり同様でした。

これまで自宅から車で5分ぐらいのところにある街の小さな時計店がすぐに交換してくれていたので、長いことここでお世話になっていました。
費用もほかのものと変わらず安価なのがありがたく、高齢の寡黙な時計職人さんがひとりで黙々とやっている小さな店でしたが、最近久々に行ってみたところ、その時計店が忽然と姿を消しており、何度見ても影も形もありませんでした。
頼りにしていた店がなくなるというのは、心にぽっかり穴があくようです。
年齢的なこともあったのか、事情はわからないけれど、とにかく廃業されたようです。

さあ困った…ということになり、ネットで調べた結果、それらしき店が数店みつかり、その中の最短距離にある店で無事に交換することができました。
ここも客が2人も入れば狭苦しいほどのごく小さな店で、やはりベテラン風の職人さんが一人で切り盛りされており、駅前ということもあってかぽつりぽつりとお客さんが絶えません。
そのため、電池交換だけで40分ほどかかりましたが、出来上がった時には丁寧に磨かれ、キチンと時刻合わせもされており、これで1100円とはちょっと申し訳ないような感じでした。

…余談ですが、このとき持っていったのはずいぶん昔に中国旅行したとき、ものすごい規模の市場(カバンや装身具の類)で勢いに呑まれて購入してしまったブランド物のコピー品でした。
何百店もが軒を連ねた独特な商店群で、通路を歩いていると、あちこちの店からワイワイ声をかけられ、袖を引っ張られ、それはもう猛烈なエネルギーで商品をすすめてきます。
安いし、旅のノリでつい買ってしまったものですが、それが望外によくできていて、気に入ってときどき使っています。
きっと、私に時計への思い入れや愛着がないからできることで、本当の時計好きだったらプライドが許さないことでしょう。
このブランドは本物でも電池式だからそうなっていて、巻き上げ式のモデルはちゃんとそのように作られているなど、そのあたりの技術は見くびれないものがあるようで、しかもその値段を考えると信じがたいものがあります。

そんないわくのある時計の電池交換だったのですが、差し出すと「☓☓ですね」とブランド名をいわれたので、「実はコピーなんです」と正直にいうと「ほう、そうですか」と至って静かな受け答えでしたが、真横にいた先客のオバサマが、いきなり「アハハハハ」と遠慮なく笑ってくださいました。
コピー品という負い目はあるけれど、アカの他人のモノに対して横から割り込んで笑うとはさすがに無礼では?と思い、ゆっくりその顔を見てやると、さすがにちょっと気まずそうな表情になりました。

40分後取りに行ったとき、しみじみと「しかし、これは良くできてますねぇ、私も本物だと思いましたよ」と真顔で言われました。
素直に喜ぶわけにもいかないような話ですが、手触りから何から本当によく出来ているので、それがまた却って電池交換時の小さな憂鬱になるのです。
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肩すかし

昨日の『題名のない音楽会』は「ファイナリストが選ぶ世界最高峰のピアノ“Shigeru Kawai”の工場を訪ねる休日」というものでした。
この長寿番組は、毎回、基本的にトークと演奏によって成り立ち、場所はホールもしくはスタジオで、番組メンバーが外に出ていく、まして特定の楽器メーカーを訪ねるというのは、非常に珍しい事のように思います。

いちおう毎週録画する設定になっているので、いずれは目にしたと思いますが、今回は知人の方から事前に教えていただきましたので、心待ちにしてさっそく見てみることに。
今回はゲスト出演としてピアニストの務川慧悟さんが同行しておられました。

タイトルからして、シゲルカワイの特徴や秘密などにある程度迫る内容であろうことを期待していましたが、あれよあれよといううちに終わってしまい、正直肩すかしをくったようでした。
番組では何度も「世界最高峰」という言葉が使われましたが、それがどう最高峰なのか、どのような目標や注意を払って製造されているのかをわずかでも垣間見たかったのですが、紹介されたのは響板を人の手で削っているところぐらいで、他にはカーボン製のアクションが環境や音域に左右されずに均等なタッチを実現しているとのことでしたが、それはカワイの全モデルがそうであるし、その中でシゲルカワイというシリーズがどのように特別なのかという点は、せっかく工場まで行ったのにほとんど伝えられないままでした。

ピアノの響板にオルゴールを当てるとパッと音が大きくなるという実験は、響板がいかに音を増幅させることに貢献しているかを知る手段ではありますが、それはどのピアノでも同じこと。

ショパンコンクールでシゲルカワイを弾いて第二位になった、アレクサンダー・ガジェブ氏がVTR出演していましたが、氏によれば「音のぬくもりが、ショパンの愛したプレイエルに似ている」というようなコメントでしたが、カワイがプレイエルに似ているとは思ってもみなかったことで、少し面食らった感じでもありました。

作業着姿で工場内を案内された方々も、シゲルカワイに特化した説明はほとんどなく、EXの時代からカタログでもしばしば目にする無響室という、まったく響きのない空間で楽器の素の音をチェックしていることなどに時間を費やします。

そんな中、言葉は少なめでも最もシゲルカワイの特徴を語ったのは務川慧悟さんで、浜松駅構内のカワイブースでフランス組曲を少し弾いたあと「温かい木の響きがする」「やわらかい暖色系の音」「ただ、やわらかいだけではホールではぼやけてしまう事があるが、パスタのアルデンテのように柔らかさの中に芯がある」さらに「タッチが均一で素晴らしい」などと、彼だけが弾く立場からわずかに言及したに留まった印象。

やはり感じたのはTVの世界は、さまざまな利害や制約が絡んで、がんじがらめなのだろうと思わざるをえないこと。
とりわけ日本のメディアはなによりもクレームや責任問題を恐れて、やたら忖度しまくる体質もあるのでしょう。
カワイにしても、本来なら言いたいことは山のようにあるはずですが、そこに言及するとライバルとの兼ね合いやらなにやら、多くの事情から沈黙するのだろうし、局側も同様で、用心づくしの中をかいくぐるようにして番組制作すと、結果はこういうものになるのだろうと見る側も「忖度」しました。
現にカワイショップに行くと、シゲルカワイがいかに優れていて特別か、ゆえに世界中で支持されているかをガンガン語られ、それをいつまでも聞かされるハメになった経験もありますから。

そもそも30分番組の中で、まずCM、視聴者向けのトークの時間、ピアニストによる演奏時間を差し引くと、楽器そのものに割り当てることのできる時間は大幅に少なくなり、肝心のところが伝わらないのはやむを得ないでしょう。

個人的なイメージではシゲルカワイの主な特徴は、量産型をベースにしながら、楽器としての価値を左右するいくつかのポイントを丁寧な手作業に負っているとか、素材の品質、とりわけ響板の自然乾燥などが効いているのでは?と思いますが、それを番組内で言うとまた様々な不都合もあるからなのか、核心はあえてスルーしていく?などと想像をたくましくするばかりです。
とくに『題名のない音楽会』は民放ということもあるでしょう。

ことほどさように今の世の中とは、複雑に気を遣ってリスクを避けるなど、かなり息苦しいものだと思うしかありませんが、だからTVの情報などだけに頼っていたら、真実からどんどん遠ざかってしまうという、一種の警告みたいなものが後味に残りました。

ちなみに、無響室に置かれていたのは、マホガニーのような杢目の美しいピアノ(SK-7?)で、特注品なのか非売品なのかわかりませんが、通常なかなかお目にかかれない感じのピアノで、ついそちらに目が行ってしまいました。
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本家の修復

ネットというのは不気味なもので、レガシーピアノのことをあれこれ見たせいか、自動的に類似の動画などを手繰り寄せてくれるのですが、その中に興味深いものがありました。

山形県の県立長井高校という歴史ある学校にあるスタインウェイのおはなし。
1923年(大正12年7月11日)にハンブルクから日本へ向けて出荷したという記録があり、同校の1926年の卒業アルバムには、すでにそのスタインウェイが写っていることから、おそらくこの学校のために新品がはるばるドイツから取り寄せられたと考えられ、昔はこのような篤志家がおられたんだなぁと感心させられます。
戦前はピアノといえば必然的に高級輸入品の時代だから、主だった学校には世界の銘器がわりにあったようで、国内メーカーのピアノが学校現場にも台頭してくるのは戦後になってからでしょう。
このスタインウェイは県立長井高校で大正・昭和・平成・令和にかけて、途中、大戦をもくぐり抜けて100年生きてきたピアノだと思うと唸ってしまいます。

ところが、2002年、そのスタインウェイについに廃棄処分の話が出たとか。
しかし当時の音楽の先生が廃棄は忍びなかったようで、スタインウェイジャパンに連絡したところ、無料で引き取ることになり、住み馴れた学校を離れることになったものの、これにより廃棄処分されることは免れたようでした。

それから一年、「修復できました」との連絡が学校にもたらされたというのです。
スタインウェイジャパンによって完全修復されたとあらば商品価値も高く、市場に出せば引く手あまただったはずですが、「もし学校が引き取られるのであれば、(修復に)かかった費用だけでお譲りすることもできます」という提案だったようで、その先生は「なんとか取り戻したい」という思いから、多くの人達を巻き込んで長井高校の同窓会を中心に費用を集め、ピアノは美しく蘇った姿でめでたく長井高校に戻ってきたそうです。

響板も張り替えられ、全塗装、弦やハンマーはじめアクションその他の消耗パーツはもちろん、見た感じでは鍵盤まで新しいものになっているようで、まさに国内最高レベルの修復だったのでしょう。
スタインウェイ社のメニューに沿った作業だったと思われますが、これにかかった費用というのが450万円だそうで、むろん大金ではありますが、このところその4倍の金額を繰り返し聞いていたので、ずいぶんリーズナブルなものに思えてしまいました。
ただし、この修復が行われたのは2004年ごろで、今ならまた違ってくるとは思いますが、何倍にもなるとは考えられません。

個人的には、スタインウェイジャパンだからといってすべてが絶対だとは思っているわけではありませんが、非正規の修理を事あるごとに非難し注意喚起している発信源でもあり、いちおう信頼できる作業だっただろうとは思います。
そういう意味では、価格も定められた基準から算出されたものと考えれば、これが業界における当時の最高額と考えてよいだろうと思われます。

ちなみに長井高校のピアノは中型のB-211で数字は奥行きを表しており、コンサートグランドはD-274なので奥行きがちがいますが、修復にかかる手間というのは、大きく変わるものではありません。
違うのは弦の長さや、響板の広さなどですが、それらが多少加算される程度で、基本は大差ないのです。

ひとつだけ決定的な違いを挙げるなら、レガシーピアノは修復を機にダブルキャスター化されていたので、これは部品代だけで結構なお値段がするでしょうから、その違いはあるとしても。

その後、このスタインウェイは長井高校の歴史ある大切なピアノとして、3年に一度、ホールに運んで著名ピアニストによるコンサートを行っているようで、生徒さんたちも文化面での新しい注目点ができたことでしょう。
これほど見事に修復されたオールドスタインウェイが自分の学校にあり、在学中その音がピアニストの演奏でホールで聴けるなんて、長井高校の皆さんはなんと幸せだろうと思います。

ピアノは弦楽器とちがって所詮は消耗品!などとさも訳のわかったような顔で断じてしまう方がいらっしゃいますが、修復ピアノをみていると、良いピアノなら100年でも150年でも使い続けられるということが証明されているわけで、いっぽう長持ちするはずの弦楽器の場合、いいものは定期的に技術者に託されて非常に高度なメンテを必要とするなど、多大な手間暇やコストがかかることも見落とすべきではないと思います。
それに比べればピアノは長いこと厳しい環境に晒され、ガンガン使われ、それでも数十年に一度、本格的なオーバーホールを受ければ見事に蘇るわけで、もし弦楽器にピアノ同様の扱いをしたならたちまち崩壊してしまうにちがいありません。

ドイツのスタインウェイ本拠地であるハンブルクでは、100年も前のスタインウェイを修復し、世界的ピアニストのコンサートにもたびたび提供されていたりと、ピアノの寿命というのは手を入れればとてつもなく長いものであることは間違いないようです。
それを最も認めたがらないのは、新品を一台でも多く販売して利益に繋げたいメーカー自身かもしれません。
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ピアニスト今昔

いま読んでいる本は、ひとりの巨人を軸とした20世紀の日本のピアノ史を縦断する一冊で、ページを開くたび頭の中が昔に引き戻されていくようで、その時代の日本人ピアニストの演奏を少し聞いてみたくなりました。

日本のピアノ教育は戦後の経済成長期を背景にひとつのピークを迎え、その時期に育った戦後世代の実力派が現れます。
その中でも、テクニシャンとして注目され、海外留学/有名コンクールにも上位入賞を果たした男性がおられ、帰国後のリサイタルが行われたときには、子供だった私も親に連れられて行きました。

当時の日本では、ピアノといえばまだまだ女性が多く、ドレスに身を包んだ華奢な女性が大きなピアノに向かって、決然と挑みかかるような姿にはどこか悲壮なものがあって、純粋に演奏を楽しむというのとは少し趣がちがっていたかもしれません。
そんな中、強靭な技巧をひっさげて登場したこのピアニストは、男性ならではの演奏骨格と安定感で鮮烈で、それが子供心にとても印象に残っている覚えがあります。

その後も着実な演奏活動と教育者としても輝かしい足跡も残された、日本のピアノ界の一角を築き上げたおひとりです。
残念ながらCDは持っていないので、こういう時こそネットの出番とばかりに探してみると、いくつかの音源や映像に行き当たりました。

以前、園田高弘さんの演奏で思いがけない感激があったので、単純に同様の期待をしていたところ、今回はややあてが外れてしまいました。
この方のイメージである「逞しいテクニック」には、そこにはなにか人を寄せ付けない冷たい雰囲気があり、なるほど正確に弾かれてはいるけれど、まだ日本人とピアノが完全に融け合ってはいない時代の暗さみたいなものが漂っているようでした。

これは、上に述べた女性の悲壮感と本質のところでは大差ないものかもしれず、音楽的にも知的に完成されたようでありながら、その演奏は硬直して聞こえ、自然な歌心やほほ笑みはなく、どうにも重苦しい印象が拭えません。
ピアノ版巨人の星ではないけれど、当時の過酷なレッスンの情景までもが繋がって見えてくるようで、いわば日本人ピアニストの過渡期の演奏だったと思いました。

やはり当時の本音は、まず正確にバリバリ弾けることが正義だった時代で、その寵児も時代に縛られていた面もあったことでしょう。
音楽や演奏を楽しむというより、追いつけ追い越せで初めて200km/hを超えたクルマみたいな感じで、むしろ前世代の園田氏のほうがはるかに自由があって、音楽がその人の人間性に乗って、どこかおおらかに聴こえてくる演奏だったのは意外でした。
それが戦後世代になると、受験競争にも通じる要素を帯びてくるように感じるのは私だけでしょうか?

なにやら疲れてしまって、試しに現代の日本人ピアニスト(例えば務川慧悟さんや藤田真央さんなど数名)を聴いてみると、あっと驚くばかりに無理なく楽に弾いていて、洗練されていて、ゆとりがあって、とにかくすべてが違っているのに愕然とさせられました。
これまで、さんざん現代のピアニストの問題点ばかりをあげつらってきた自分が恥ずかしくなるほど、なんと無駄なく自然にピアノに向えているのかと感激してしまい、今昔の感に堪えないものがありました。
音色の出し方ひとつでも、気負ったものがないから澄んだ美しい音が出ており、およそ「バリバリ弾く」などという気配もありません。
そもそもバリバリ弾く価値とは、技術的に未発達な環境だから成立するもので、現代は弾けるのは当たり前だから、そんな価値観自体がもはや自然消滅したのでしょう。

例外はあるにせよ、昔の日本人ピアニストの多くは、どこかしらピアノと格闘し自分と格闘しているようで、楽器が悲鳴を上げるぐらいやれれば勝利者のようで、実際そうだったのだろうとも思います。
先達が切り拓いたそういう時代を経て、ついには今日のような国際基準のピアニストが───名前を覚えるひまもないほど、次から次へと輩出される時代になったのかと思うと、旧世代はその前線で苦戦を強いられた勇敢な兵士だったような気がしました。
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二者択一

「ピアノが好き」といっても、その意味の最大派閥は自分が弾くことにつきるようです。
ピアノという楽器そのものを興味の対象とし、個々の特徴に関心を寄せて向き合う人というのは、何の影響力もない少数会派であることは間違いありません。
ごく一握りの例外を除けば、ピアノは楽器というより音階の出る機械としての役割を与えられているようです。

日本ではYK社が市場をほぼ独占、それ以外に事実上の選択肢はないという現状もありますが、もし昔のように大小さまざまのメーカーがあっても、この状況が変わることはないと思われます。
逆に、その状況があまたのピアノメーカーを消滅させた最大の要因だったかもしれません。
ピアノに限ったことではないけれど、日本人は大手の定評ある製品を手することを好み、そこに安心感を覚え、自分の五感を通して好みの一品に到達するという楽しみ方じたいがそもそもないように思えます。

それゆえ手放すときも、YK社以外のピアノは殆ど値がつかないか、下手をすれば処分代を請求されることさえあるとかで、楽器としての純粋な価値ではなく、もっぱら商品としてのブランド性しか判断されません。

環境が人や物を育てるというけれど、こうなってしまった背景には、良いピアノを正しく評価できなかった市場の責任も小さくないと思うと同時に、ピアノを家電と大差ないものにして「有名どころを一流、それ以外を二流以下」とみなす日本人のメンタリティと、それに乗じた大手の底引き網のような販売戦略もあろうかと思います。

そんな中、私の知る某さんは、まさにその逆をゆく奇跡的な存在のおひとりで、ご自宅にはシュベスターのグランドと、イースタインのアップライトの銘機とされるB型、さらにご実家にはシュベスターのアップライトをお持ちという、相当マニアックな御方です。

その方の近況なのですが、ご了解を得て書いてみることにしました。
やむなき事情から、ご自宅のピアノを一台出さなくてはならない状況となられ、どちらを残すかの決断で迷いに迷っておられるようなのです。

私はグランドということもあって、シュベスターが残るものだと思っていたし、ご家族もそれを希望しておられるとか。
ところが「シュベスターも素晴らしいものの、好みの音色は、二択で選ぶのあれば正直なところイースタインです…。上品なのに低音もしっかり迫力あって、高音もしっかり鳴り、アップライトなのに凄いなと思います。」といわれます。

グランドの優位性は今さら言うまでもなく、それはご当人も重々承知の上で、それでもこのように真剣に悩まれているということに、楽器の魅力とか価値判断というものはなんと深いものだろうかと、あらためて考えさせられます。

どこかフランスピアノのような華やぎとキレのあるシュベスターに対して、イースタインはもっと内的に包み込むような感じがあるようで、次のような表現がありましたので続けて引用させていただきます。
「シュベスターのグランドは、カラッと乾いた音で静かな音も迫力のある音も充分あり表現豊かだと思いますが、イースタインは憂いのある波紋のような深い陰影が出るような感じが、自分の性格に合ってるような気がして好きなんです…。」

これは長いことそれらのピアノと共に暮らしておられる経験者ゆえの感想だろうと唸りました。
この違いは、イースタインがたんに良質なピアノというだけでなく、設計思想や宇都宮という日本のピアノ産業としてはやや北に位置していたことにも関係があるのかもしれません。

これらは2台ともおよそ60年前ほど前の楽器で、響板は北海道の蝦夷松が使われ、温湿度管理もしっかりされています。
私も一度だけ、そのイースタインに触らせていただいたことがありますが、今日のピアノのように弾き手のほうへバンバン音が向かってくるような鬱陶しい圧がなく、どちらかというと、弾き手とピアノがじかに語り合うような親密性があり、柔らかでセンシティヴなピアノという印象だった記憶があります。

この方ご自身も「イースタインを購入するまで、その良さはわからなかった」と正直に言われており、そんな本物だけがもつデリケートな感覚の喜びは、大量生産のピアノとはかなり趣の異なるもので、一度知ってしまうとそこから抜け出すことはなかなか難しいだろうと思います。
そのぶん蒲柳の質なのか、扱いも大変なようで、ちょっとした天候や温湿度の変化によって、ならない音があったりするかと思えば、別の日には何事も無く直っていたりと、わずかな環境の変化がダイレクトに現れてしまうあたりも、困ったことではあるけれど、同時に楽器と付き合っていく面白さががあるようです。

果たしてどちらのピアノが自宅から出されるのか、いまのところ私にはまったくわかりません。
いまピアノの練習に励んでおられる方も、少しはこのようにピアノ自体のことにも興味を持たれると、その楽しさや興味の視覚は倍増する筈と思うのですが、どうしてもそうはならないようです。
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実物を見ました

レガシーピアノが福岡市美術館で公開されたので、現物を見てきました。
入り口を入ってすぐのロビー正面に据えられており、周囲にはロープが張られて「お手を触れないで…」の状態でした。

せっかく仕上がったピアノをベタベタ触られてもいけないし、まして音を出されては周辺への迷惑以外のなにものでもないので、これは妥当な処置でしょう。

その後も、YouTubeなどでレガシーピアノの事を取り上げたニュース映像の類がいくつかあって、それによると、埼玉の工房で修復作業が行われたのは、日本では数少ない響板の貼り替えができる工房ということが理由のひとつとしてあったようです。

全体はもちろんきれいになっており、子供の頃、市民会館のステージで活躍していた頃の面影もないほど、新しく生まれ変わっていたために懐かしさのようなものは少しも感じませんでした。

ただやはり、フレームとボディとの間の赤いフェルトは雰囲気を損ねているのが残念です。
興味のない人にしてみれば、重箱の隅をつつくようなものと思われるかもしれませんが、「神は細部に宿る」という言葉もあるように、細部は全体を照らすものでもあり、このあたりの考証はとても大切なところだと私は考えます。
仮に純正品がなくてもやり方はあるはずで、もし私が依頼主なら、ここらは決して容認できないところです。

legacy-steinway.jpg

ところで、PC画面で見て感じていた印象というものは意外に確かで、実はあまり裏切られたことがありません。
このピアノに限ったことではないけれど、経験的に、ネットで入手できる情報というのは思った以上に正確度が高く、細かなところや醸し出す雰囲気まで、よく伝えてくれるものだと個人的に思います。

それでいうと、やはり確認できたのは塗装でした。
この時代、スタインウェイといえば黒のマット仕上げ(つや消し)が普通で、レガシーピアノもつや消しで仕上げられていますが、映像から得た印象では、今回のプロジェクトに見合った仕上がりではないように感じたことは、やはり間違いではありませんでした。
パッと見ただけではわかりにくいかもしれませんが、マットの塗装面には本来あるはずのないムラが散見され、質感もまだらで、均一(ピアノ技術者さんが非常に大切にされる価値)な仕上がりでないことは首を傾げざるを得ません。
さらに、大屋根部分は下地の傷などが完全に取りきれていない点もあって、いかにも中途半端な印象です。

ちなみに、ピアノの塗装では知る人ぞ知る名人といわれ、技術者間でも「先生」と呼ばれる方がさる地域においでで、その方が手がけたピアノを数台見たことがありますが、それはもう非の打ち所のない見事なものでした。
一流の職人の仕事というのは、ただ美しいだけでなく凄みのようなものが宿っているものです。

前回、長めのニュース映像の中で、初めて響板貼り替え作業中の写真を目にしましたが、古い響板が外されるところで、このときボディはすでに全体にペーパー掛けされたような状態で、おそらく響板貼り替えと同じ工房で塗装されたように見えました。
塗装はピアノ技術者の作業の中でも別の分野であって、楽器面の名人級の技術者さんでも、塗装だけは専門家に委ねるというのが一般的です。
簡単な補修などはともかく、本格的な全塗装となると専門家の領域となり、これはクルマでもメカニックが請け負う領域と、板金塗装とでは、その技術も仕事内容もまったく別ものであり、それぞれ分業となるのが一般的であるのと同じです。

中には本格的な塗装の設備/技術まで備えた会社もあるようで、一箇所で全てを賄うこと自体を問題だとは思いませんが、要は仕上がり具合を自分の目で見て、あまり上等なものじゃないと感じたわけです。

誤解なきよう言っておきたいのは、このピアノはもともと福岡市が購入し、60年近くを経て地元有志が復活プロジェクトを立ち上げ、集められた支援金によって実現した修復作業で、事前に公表された高額な修復費用に対する結果として見たときに感じるところであり、それでなければ、私なんぞがとやかくいうことではないのですが…。

なんだかケナしてばかりで申し訳ないので、良いことをいいますと、今の目で見ても、つや消し仕上げのスタインウェイはやはり心惹かれるものがありました。
艶出しのピアノも悪いとは言いませんが、下手をすると図体は大きく、やたらピカピカして暑苦しい場合があるのに対し、つや消しになったとたんこれが一変、彫刻的で、気品があり、あたりに独特のオーラが漂い、まるで京都や奈良などのありがたいものにも通じるような感覚に囚われます。

純粋に音色の点でも、つや消しのほうが深くやわらかい音になるということは知られているし、立ち姿も軽やかでスリムに見えるし、ボディに変な映り込みもないぶん造形の美しさもくっきり際立つなど、ピアノ自体がアートのようでほれぼれしてしまいます。
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レガシーピアノ

1963年開館の福岡市民会館は、昭和の後半、地元におけるクラシックコンサートやバレエ公演の中心地でした。
私の幼少期、生のスタインウェイの音として耳の奥深くに刻み込まれたのは、ほとんどがこの市民会館のピアノだったということは以前に書いたとおりです。
時代はめぐって音楽専用ホールというものがポツポツ出現してくると、市民会館はメインホールとしての立ち位置をしだいに失っていきました。
ピアノも同じ運命で、いつしか別のホールに移され、近年その倉庫で眠っていたところ、フレームに市民会館時代にこのピアノを弾いた往年の巨匠たちはじめ、多くの演奏家のサインが40ほどあるということから、福岡の音楽シーンの歴史的価値を伝えるピアノとみなされ、これを修復して残すという運動が始まったようです。

それが公にされたのは昨年のことで、詳しい時期は忘れましたが、今後一年をかけて修復されるとのこと。
そして10月には古巣の福岡市民会館においてお披露目コンサートが行われ、その後は福岡市美術館の収蔵となり、美術館内でのコンサートなどに供される由。

修復費用はクラウドファンディングによって集められ、個人的にもきわめて思い出深いピアノであるため、本来ならほんの気持ちだけでも参加したいところでしたが、どうも話の具合いがしっくり来ないため、結果はなにもしませんでした。

昨年の報道によれば、修復には1800万円が必要と発表され、ピアノの修復はどれぐらいかかるのか、おおよその相場は知っているつもりだったので、まずその数字に激しく驚きました。
記憶違いでなければドイツに送って作業するらしいとも聞いた覚えがあり、優秀なピアノ技術者が多く揃っている日本で、まして現役でもないピアノにはいささか過剰ではないのか?という気持ちを抱きました。
そしてピアノは既に「埼玉に送られた」ということで、そこがドイツへ送る仲介をするのか?…たにかく、そのあたりの事情は一切語られないのでまるでわかりません。
複数の技術者さん(関東の方を含む)とも考えましたが、埼玉でそこまでする工房というのはついに思いつきませんでした。

これが個人もしくは民間の会社や団体などのピアノなら、どこでどのような修復するかの判断は所有者の自由ですが、市が購入し長く市民に親しまれてきたピアノであれば公共性が絡んでいる筈で、それなら地元(もしくは近隣)の相応しい技術者によって修復されることにも意味があり、それが本筋ではないかとも思います。
しかし、なんら経緯は明かされないまま、事後報告と支援募集のみでは、なにか釈然としないものを感じました。

それから一年余。
ようやく「レガシーピアノ」が修復を終え、再び市民会館のステージに帰ってお披露目コンサートが行われたというニュースを目にしました。

ニュース映像を見て、はじめに違和感をもったのは足の部分。
スタインウェイのC/Dのような大型モデルでも、1970年代ぐらいまでは足先には小さなキャスターが付いているだけでしたが、ホールやスタジオなど移動が多い使用には不向きなことから、後年ダブルキャスターという大径の車輪がつくようになります。
それにともない足の形状もダブルキャスターの高さに合わせて形状が修正され、例えば以前書いたNHKのクラシックTVでMCの清塚氏が使っている古いスタインウェイも、足はしっかりダブルキャスター用に付け替えられています。
いっぽう2300万円もの支援金を得て生まれ変わったレガシーピアノではダブルキャスターになっているけれど、足の交換はされておらず、古い足が大型キャスターの高さに合わせて切り落とされているのみ。
オリジナルを重視したとも言われそうですが、一般にダブルキャスター変更時に足を切って使うのはコスト上の理由以外には考えられません。

響板は張り替えられたようで白く美しいものになっており、ボディの塗装は塗り直されてきれいですが、ニュース映像で見るかぎりでは第一級のクオリティとまでは思えませんでした。
フレームは歴史的サインを残すためそのままで、これはこのピアノの存在価値を示すものだからしかたないところでしょう。

そのフレーム関連で目を引いたのは、演奏者から見てフレームの最も手前側、つまり鍵盤寄りの直線部分で、ここにはボディとフレームの間に1cmにも満たない隙間があり、この当時のスタインウェイは深い緑のフェルトがキッチリと差し込まれていて、その後1990年代中頃からは上部に黒の細長い棒がかぶせられるスタイルになっています。

ヤマハの場合、そこに赤のフェルトが使われていて、それがフレームより上まで飛び出しているので、ピアノのお尻側からピアニストの顔が映るような角度から見ると、顔の下に派手な赤の一直線が左右に走り、これだけでヤマハとひと目でわかる部分です。

ところが、このレガシーピアノでは、なんとそこが赤のフェルトになっており「わぁ、ヤマハっぽい!」という感じでした。
ほかにも気にかかる点はありますが、やめておきます。

さて、この文章を書くにあたってネット上に残っているニュース映像を再確認したところ、まだ見ていなかった長いバージョンがあり、そこにはお若い感じの技術者の姿があって、アナウンスによれば「このピアノの修復を担当した◯◯さん」といわれたのには驚きました。
この方が一年かけて作業されたのだそうで、ピアノはドイツになど行っていないということがわかり、そこで初めて工房で修復中の写真なども映し出されました。

ちなみに、福岡市美術館の公式ページからリンクするかたちで「レガシーピアノ保存プロジェクト」という別サイトがありましたが、修復作業をなぜ遠方の工房へ依頼することになったかの経緯や、修復過程の写真なども一切なく、作業に関連することが皆無であるのは、肝心のものがストンと抜け落ちているようでした。

さらに、市民会館でのお披露目コンサートは一回限りで、有名ピアニストを4人も招いて行われたにもかかわらず、知るかぎり一般公開はされず、寄付をした企業や個人だけが対象だったようです。
市民会館のピアノが修復されて古巣に戻ってきたというのであれば、入場料はあっていいから誰でも聴きに行けるものにしてほしかったし、支援者には優先的招待でよかったのでは?と思います。
支援した招待客で満席というのならやむを得ませんが、映像で見た限り、客席後方はかなりガラガラで、私も行けるものなら行きたかっただけに残念ですし、やはりこのお話はどこかしっくり来ないのです。
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生活裏ワザ

テレビは基本あまり好きではないけれど、ではこれを一切視ないとか、テレビ自体を家に置かないというほど徹底した信念もなく、動画配信や録画などを中心に中途半端に接している私です。
それ以外ではニュースを見たり、片付け事をするときなどちょっとスイッチを入れたりしますが、そんなときに思いがけなく役立つ情報をゲットできることがあったりすると得した気分です。

ニュースの一部だったか、別の番組だったかは思い出せないけれど、洗濯に関する裏ワザがあると、その道のプロというような人が出てきて「ひと工夫」を紹介されたことがありました。
ちょうど夏真っ盛りで、汗をかくシーズンの洗濯物にニオイを残さない、部屋干しする人には部屋が匂わないための簡単なワザとして紹介されたのですが、それはまったく意外な、なんでもないものでした。

これまでは、場合によっては洗剤を既定量より多目に入れてみたり、洗濯機の既定コースに洗濯時間のプラアルファを加えるなど、さほど効果も疑わしいようなことをやるのがせいぜいでした。
洗濯物に残るニオイは人一倍嫌いですが、だからといって、わざとらしい香りのする柔軟剤などを入れるような手間はかけたくないから、長らくこのような方法でごまかしていたわけです。

さて、そのプロによると、洗剤を増やすのは却って逆効果となったりするのだそうで(なぜかは不明)、好ましい結果につながらないとの仰せです。
ではどうするか?
答えは簡単で、洗濯機のコースにプログラムされた水量を「一段階もしくは二段階、多めにする」ただそれだけでした。

これをやってみると、なるほど洗剤の量は変えず水量だけで結果に明らかな違いが感じられたのです。
乾燥機から取り出して、真っ先に匂いチェックをするのが昔からの妙なクセですが、これが明らかに違っており、水量を増やすだけでこのような効果があるとは思いもよりませんでした。
加えて、ここ最近の激しい物価高騰の折から、以前のように洗剤を見境なく入れるのもためらわれるようになり、今ではなんと良いことを教えてもらったのか!とひたすら感謝するばかりです。

今どきは、なにかと情報通の方も多くおいでとは思いますが、もしご存知でなければぜひお試しを。


お試しといえば、もうひとつ思い出しました。
魚など生臭いものを扱うと、どんなに石鹸で洗ってもしばらく手にニオイが残り、これがなかなか取れないものですが、これにも目からウロコの簡単な技がありました。

それは、上記の洗濯よりさらに簡単で「手を洗い、最後に金属に触れる」というものです。
ただ金属といわれてもピンときませんが、最も手近なところでは水道の蛇口まわりなどに触れて手先をスリスリすればいいだけで、これであのイヤな生臭さが取れるというのです。
番組でもいくつか検証していて、中には高級鮨店のベテラン板前さんもおられましたが「長年やってますが、そんなことは聞いたことないですねぇ!」と、はじめはやや上から目線の苦笑いでしたが、その結果「あれ、ほんとだ、臭わない…」と、同じ苦笑いでもちょっと面目ない感じに変わったように見えました。
私も実際にやってみましたが、たしかに魚介の生臭さが感じられず、これまた驚きでした。
すっかり忘れましたが、科学的根拠もあるようです。

今どきはビニールの使い捨て手袋などもありますが、調理中にそのつど着けたり外したりするのも面倒だし、ないほうがいい場合もありますから、これは有効だと思います。

このように、なんでもないことで結果に違いが出るのは、妙にうれしいものです。
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森本隼太

園田高弘さんを聴いて、思いがけない感動を得たことを書いたばかりでしたが、今度は若手ピアニストによる嬉しい驚きに出会いました。

こちらも出どころはYouTubeですが、森本隼太さんという18歳のピアニストでいまも海外で修行中の由。
クラバーンのジュニア部門とか、いくつかのコンクールに出場しておられるようですが、それは私にとってはあまり重要ではなく、たとえショパンやチャイコフスキーの優勝者であっても、良いと思えなければそれっきりで、そのへんはあくまで参考程度でしかありません。

森本隼太さんは、2004年生まれの京都出身、だからというわけでもないでしょうが、まるでお寺の小僧さんのような雰囲気、早くから単身イタリアにわたって勉強を続けておられるようです。
今どきは、ただ指が回って大曲/難曲なんでも弾けるぐらいでは、もうなんとも思わなくなってしまっていますが、この森本さんの演奏には、他の人たちとは一線を画す独特の輝きと魅力を感じたのです。
まだ音源も少ないのですが、中でも2021年演奏のシューマンのピアノ協奏曲には衝撃に近いものを感じました。

なにより、ひたむきで清冽、内側から光を発するような演奏に心を打たれます。
正確にきちんと弾かれているのは当然ですが、耳を凝らすと誰の真似でもないこの青年特有の息吹きが切れ目なく機能しており、それは訓練や努力で得ることのできない、この人の生まれ持った細胞そのものでもあるでしょう。

音の冴えわたる感じ、気品、趣味の良さなど、その演奏には天から授かったものの存在を感じます。
たまに音を外すこともあるけれど、それは聴いていればわかることで、おそらく演奏の目的が物理的ノーミスのようなものを目指していないことの現れのように思われます。
小さなミスより作品に対する感興や音楽の流れや起伏を優先している印象が抱ける人は、そう多くはありません。

言い古された表現ですが、充分に知っているはずの曲が、まるで初めて聴くような新鮮さで迫ってくるのは、その演奏がいかに瑞々しく創造的で、何かのコピーではないということだと思われます。

キーシンが出現したときの驚きを少し思い出したり、シューマンの協奏曲という点ではリパッティの端正な熱気を髣髴とさせるような感じがあり、また若くしてハイフェッツに認められた渡辺茂夫さんの演奏なども想起させられました。
それらに共通するのは天才特有の軽やかで大胆、初々しさと老成の同居、そして一途なゆえにどこか痛々しさがつきまとうところでしょうか。

ピアニストの仕事はまず指の技術がなくてははじまりませんが、ほんらい目指すべきものはその向こうにある芸術表現であり、この領域に達した人だけが真のピアニストだろうと私は思っています。
しかし優れた演奏技術があれば、そこに当り障りのない解釈を割り振りしておけばピアニストとしては成立するため、自分の演奏表現のために技術を使っている人というのは多くはなく、この方にはもっとそちらの世界に踏み込んで欲しいものです。

ほかには、なんと14歳の時にピティナのコンペティションでラフマニノフの3番を弾いている動画がありますが、このときの演奏はさすがに気負いすぎで、全体に前のめりな感じでしたが、わずか数年後のシューマンでは何段階も成長された感じでした。
ただし、シューマンはさらに翌年の英国でのコンクール動画もあり、こちらのほうがよりしっかりと着実に弾かれており、そのぶん力強いけれど失われたものもあって、私は日本での演奏がしなやかさにあふれて好みでした。

曲との相性というのもあるので、何もかもがシューマンの協奏曲のように上手くいくとは限らないかもしれませんが、今後を注視していきたいひとりだと思いました。
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なんちゃって

https://www.youtube.com/watch?v=Z_SgfjUaP9w

おお、さすがは中国の富裕層。
白いお部屋に置かれた真っ白のスタインウェイDでお稽古か…と思いきや、なにか違和感を感じて目を凝らしたら、ヤマハのCFではありませんか。
それにしても、よくぞここまでやりますねぇ。
曲も「ため息」というのはシャレをきかせているのか…。

並べられたポケモンなどのぬいぐるみ、マスクにサングラス姿の大人(先生?)、ティンパニ・テーブルもなかなかシュールです。
もしや台湾の可能性もありそうです。
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園田高弘

YouTubeを見ていると、昔のETV特集で『核心へ〜園田高弘』という番組に行き当たりました。
園田高弘さんは戦後日本を代表するピアニストのひとりですが、2004年演奏活動もお盛んな中、突然亡くなられたという印象がいまだに拭えません。
御年76歳だったようです。

この番組は園田氏の70歳を記念するコンサートを軸に取材された番組で、演奏とご自宅でのインタビューなどがほどよく配分された45分の番組、おそらく1998年頃の様子だと思われました。

私は個人的に園田高弘さんの演奏は、好きでも嫌いでもないという位置づけで、特別な感心は寄せていませんでしたが、それでもベートーヴェンのソナタ全集や、晩年に九州交響楽団と全曲録音されたベートーヴェンの協奏曲はじめ、多少のCDはもっているという程度の距離感でした。
当時は熱中すべきピアニストがいろいろあって、とても手が回らないといった感じだったと思います。

そして時代はすっかり変わり、今あらためて接してみると、奇をてらってはいないけれど熱い高揚感があり、ときに全体力を投げ打つような渾身の演奏であったことに心を打たれました。
音に重みと力があって、全体はオーセンティックであるけれど、常に明快さと若々しさに満ちていたことは驚かずにはいられませんでした。
断片的に出てきた曲は、リストのダンテを読んで、シューマンの交響的練習曲などでしたが、いずれも演奏という一発勝負にかける気迫のようなものがひしひしと伝わり、音楽においてこの気迫は決して蔑ろにされてはならないものと痛感しました。

今の若い人たちは、譜面の再現という点にかけては完璧といってもいいような演奏をされるけれど、音符は音楽を書き留める手段であって、その先にある最も大切な目的がないように(私個人は)感じられて虚しさが拭えないことが非常に多く、このぶんではピアニストもAIに取って代わる日も遠くはない気がしています。

それに対して、園田氏の演奏は、いい意味でほんの少し先が見えないところがあって、曲が進むにつれてどういう反応になるか、
いかに解決するかを見守る余地が残されており、それが期待通りだったり、それ以上だったりそうでなかったり。
そのような余地のあるところが、聴くことのワクワク感ではないかと思いました。

また話しぶりも自然で人間味があり、その場で自分が考えたこと感じることが言葉となり、そこにこれまでの生きざまや生涯に裏打ちされた説得力があり、これは演奏にも通じるものでした。

だから、ブーニンを「100年に一人出るかどうかの天才」などと評したのも、おそらくコンクールを目の当たりにした氏はそのときは本当にそう感じて、素直に出た言葉だったと思います。
パリに留学中、もっとも衝撃的だったのはフルトヴェングラー/ベルリン・フィルを聴いたこと、ピアニストではギーゼキング、バックハウス、ケンプとのこと。

園田氏のご自宅は、昔からLPのジャケットになっていたり、雑誌等でも目にすることがありましたが、私としては非常に興味津々の空間で、そこが写真よりも拡大的に映ったのも大いなる収穫でした。
ピアノが4台あり、2台ずつ並んで向かい合わせに、上から見ればきっと揚羽蝶のように置かれています。
ヤマハ、スタインウェイ、ベヒシュタイン、ブリュートナーで、その上や周辺には無数の本や楽譜が積み上がり、壁には作曲家の肖像や美しい絵画が架けられており、その芸術的な雰囲気は何時間でもいたくなるような空間でした。

もう一つ驚いたことは、70歳の記念コンサートでは、ヤマハのCFIIIS(たぶん)が使われていましたが、これまで聴いたことのないような凛として懐の深い、現代的な美しさも持つピアノで、ヤマハにもこんなピアノがあったのかと思うようなピアノでした。
強いて言うなら、ヤマハの個性というより、かなりスタインウェイに近づけたような印象ではあったけれど、しかしあそこまでできれば立派といいたい素晴らしいピアノでした。

ああ、今なら園田さんのコンサートがあれば、喜んで行きたいなぁ…と思ってしまいました。
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ペダルはハード

ヘルニアに関する一連の書き込みを見て、心配してくださった方からお見舞いや励ましのメールをいただくなどして、本当にありがたいことでした。

8月の半ばぐらいから少しずつ改善の兆しが見え始め、9月に入るとピーク時にくらべるとかなりマシになり、まず恐る恐る食事やお茶でも座れるようになりました。
パソコンの前にも短時間なら座ったり、近くの買い物ていどならどうにか車の運転も少しずつできるようになり、ともかく日常生活の体裁だけはなんとか取り戻せるまでになりました。

病気の苦痛に順位はつけられませんが、足腰のトラブルで身体の軸が保てなくなるというのは、生活の根底が崩壊することを意味することで、そこに激痛が長期間襲いかかるとなると、想像以上に苛烈なものだというのが今回イヤというほどわかりました。

このブログがピアノに主軸を置いたものだから仕方ありませんが、ピアノも弾けるようになりましたか?弾かれていますか?というようなお言葉をなんどか頂戴しました。

しかし、私はもともとピアノが好きなことは猛烈に好きですが、「自分で弾く」ことに関してさほど熱心なほうではなかったこともあり、ヘルニアを経験してからは、ますます弾かなくなりました。
まったく弾かない、触りもしない、というわけではありませんが、ピアノに向かう時間は明らかにこれまで以上に少なくなりましたし、まったく触れない日のほうが多いでしょう。

そもそも、誤解を恐れずにいうなら、ピアノというものは、かなり弾ける人が相応しい技術と音楽性を兼備できてこそ弾くものだろうという大前提が自分の中にあるため、そのくくりに入っていない自分がピアノを弾かなくなるといったって、とくにどうということもないとしか思っていなかったところがあったように思います。

実際面でいうなら、椅子に座って随時ペダルを踏むという動作が、思っていたよりはるかに厳しいことだというのを、今回はあらためて自覚させられました。
ピアノといえば多くの方が指のことばかりを考えがちですが、例えば一時間練習した場合、とくに右足はその間中、絶えずペダルを大小長短深浅、ときには微妙なコントロールに注意をはらいながら様々に「連続使用」させられるわけで、これは骨と筋肉と神経にとって相当の負担です。

車の運転にくらべると、ピアノのペダルは踏力においても比較にならないほどハードだし、踏む数はケタ違いに多く、痛めた足腰への負担のかかり方がまるで違います。
車なら、アクセルといっても安全に動かすぐらいならソーッと踏むのがほとんどで、ブレーキだって咄嗟の時を除けばゆっくり踏むだけだし、信号停車中はオートホールドなどを使えば足も休ませられる。
つまり大半が、やわらかにゆっくり踏むか離すかの繰り返しに過ぎません。

それがピアノとなると絶え間なく必要な踏み方で応じなくてはなりません。
踏み方もいろいろで、全開からほんのニュアンスをつける程度に薄く踏む、かと思えば鋭く小刻みに踏むなど、常に自分が出来得る限りの手数とコントロールが要求され、わけてもハーフペダルというのが微妙であるだけ調整のための機微的な筋力を要するなど、容赦ないものであることを知りました。

今ほど回復していない頃、たまにほんの少し座れそうなときがあったりすると、ちょっとだけピアノに向かってみたりしましたが、ペダルのせいで症状はみるみる悪化に転じ、そのままベッドに雪崩れ込んで何時間もウンウンいったものです。

そんなことが2ヶ月以上続いてしまうと、精神的にもピアノのペダルが怖くなってしまったこともあり、自然にピアノから距離ができました。

世の中には、ピアノと見ればとにかく弾きたいという動物的な方もおられて、そういう人なら辛いかもしれませんが、私の場合はごくすんなりと弾かない生活に馴染むことができました。
それでも、これまで弾き貯めたものを失ってしまうのはさすがに惜しいので、少しはピアノに向かうかもしれませんが、それも維持できるかどうか甚だ自信はありません。

プロでなくても、なんでも自在に弾けて楽しめるぐらいの腕があれば、また弾くための努力をすることも価値あることだと思いますが、そもそもが私なんぞの腕では、弾かないほうがいいんじゃないの?と思うほうが強いぐらいだから、そういう意味では気楽なものです。
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プレトニョフのSK

ミハイル・プレトニョフがある時期からシゲルカワイを好んで使うようになったというのは何かで読んだ覚えがありましたが、氏の近年の演奏動画などを見ると、たしかにそれが裏付けられているようです。

YouTubeによれば、ここ最近はずっとカワイ一辺倒のようで、プログラムのようなものにもSHIGERU KAWAIの文字が記されているあたり、カワイも社をあげてピアノを提供/サポートしているのかもしれません。

そもそもヨーロッパなどでは、コンサート会場に必ずしも好ましいピアノがあるわけではなく、ピアノ貸出業者もしくはメーカーのコンサートサービスのようなところが楽器を手配することが少なくないようです。
このほうがピアニストが事前にピアノを選べるという点で、楽器との関係を事前に作れるだろうし、ホール側も無駄にピアノを購入し管理する必要もないから合理的です。

さて、プレトニョフ氏の動画の中で、ひとつ「ん?」と思うものがありました。
ステージにSK-EXが設置されると、さっそく技術者が調整にとりかかるべく鍵盤一式を引き出したところ、見慣れぬ細工が施してあって目が釘付けになりました。
鍵盤は奥のハンマーの下まで伸びる細長い木材で、普段目にしない部分は生木色でアクションへとつながっています。
前後の中心がシーソー運動の支点となり、そこにキーバランスブロック(バランスピンが刺さるところの膨らみ部分)があって、人の指がキーの手前を押せば奥側が持ち上りアクションを反応させ、ハンマーが打弦するのはご存知の通り。

その支点のブロックのやや手前の平坦なところに、小さな四角でやや厚みのある金属のようなものが相当数、貼り付けられていました。
しかも88鍵均等にではなく、位置もバラバラ、キーによってはそれがないものもかなりあって、おそらくはウェイトの一種で、プレトニョフ氏の希望で、キーを軽くする(もしくは整える)ために貼り付けられたものだろうと推察しました。
それはバランスピン(テコ原理の支点)に近い位置であるため、私の想像が間違っていなければウェイトをふやしても戻りが悪くなるリスクが小さいということがあるのかも。
これなら、キー側面に穴を開けて鉛を埋め込むのとは違い、気になるところへ、付けたり外したり増やしたり減らしたり、自在に調整可能というメリットもあるのでしょう。
ピアノを傷つけるわけでもなく、すぐに元に戻せる利点もある。

またバランスピンが刺さる穴の両側に貼り付けられるブッシングクロスも、普通のものとは違い、すべてのクロスがやや上部外側に飛び出しており、これも到底オリジナルには見えなかったので、タッチフィールを好みのものにするための工夫のように見えました。

ほんらいなら、演奏家はこのように楽器にあれこれ手を入れて、自分に合った楽器を演奏するのが理想で、大半の器楽奏者はそうしているはずですが、もう何度も書いてきたように、ピアノはその場で与えられたもので弾くしかなく、妥協が当たり前の世界。
公演先に「自分用ピアノ」を運びこむ人は数えるほどしかいないでしょう。

プレトニョフ氏の弾くSKは氏の所有なのか、あるいはカワイから宣伝を兼ねてプ氏専用ピアノとして提供されているものなのか、それはわからないけれど、往々にしてピアニストは「ピアノは借りものが当たり前」みたいなところがあるから、きっと後者かもしれません。
ちなみにアクションは例の黒い化学素材のままのようでした。

音については、SK-EXは以前より良い意味で洗練されて、クセのないピアノになってきていると思います。
とくに最近の均等明快な音がパンパン鳴るピアノにくらべて、音に肉感というか厚みがあり、一定のまろやかさも備わっているから、少しずつ好まれ始めているのかもしれません。

ちなみにアルゲリッチもときどき弾いているようで、ついにはソロでバッハのパルティータを弾いている動画がありました。
とくに驚いたのは、アルゲリッチはヤマハを弾いても「アルゲリッチの音」になってしまうのに、SK-EXでは明らかに楽器固有の音がはっきり現れており、それが新たな味わいになっているのは新鮮でした。

一般にカワイはヤマハと、ファツィオリはスタインウェイと比べられることが多い気がしますが、ピアノの持ち味からすればシゲルカワイvsファツィオリではないかという気が…。
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車中の音楽配信

世の中はEV車、さらには自動運転へのシフトが進んでいるというのに、まことにズレまくりのアナログチックな話ですが…。

最近の車は車内で音楽を流そうにも、もはやCDプレーヤーもなく、クルマとスマホと繋いで、膨大なデータの中から好みの音楽を選んで聴くシステムで、当然ながら自分の手許にない音源をも楽しめるように(理屈の上では)なっています。

そういうわけで、とりあえず音源の確保として Amazon music に入会して車で曲を流しているわけですが、よほど便利なものかと思ったけれど、2年以上使ってみても未だに慣れないし、操作もよくわからないまま。
クルマに乗るたび、まず曲選びだ何だという準備作業が待っておりウザくて仕方ありません。

スマホだから前もって家で準備しておけばいいのでしょうが、クルマ用には格安端末を使っているため車内に置きっぱなしで、それをわざわざ家の中に持ってきて小さな画面と格闘するのは面倒だし、たかだか車中で流す音楽にそこまで熱心に取り組みたくもない。
そのため、いつも車に乗ってから起動/接続/検索だという作業が待っていて、パッと乗ってパッと動き出したいのに、毎回もどかしいといったらありません。

問題は数多くあって、そのひとつ。
きっと私の検索の仕方が悪いのでしょうけど、例えばモーツァルトの魔笛が聴きたいと思って検索しても、こんな超メジャーな作品にもかかわらず、アルバムの種類は数えるほどしかないし、いざ聴いてみれば抜粋版であったり、しばらくすると他の曲に変わってしまったりと、意に沿わない動きばかりして「わ、なんで!」となってしまいます。

そもそもこの手合は、何でもかんでも1曲とみなすような作りであるためか、クラシックのようにひとまとまりで一つの作品といった音楽には向かないのでしょうか?
まず序曲かと思いきや、いきなり夜の女王のアリアが鳴り出したり、次は全然別の曲に飛んだりするのは毎度のことで、そんなことでイラついて、ひいては安全運転にも支障が出ないともかぎりません。
大もとの音源にある通りに、序曲から順序よく聞き進むという、ただそれだけのことがよほど苦手らしい。

オペラはもちろん、普通のソナタやシンフォニーや組曲でも、ひとつのトラックが1曲として扱われるためか、ひどい場合では変奏曲の中の1分にも満たないヴァリエーションが突然鳴り出したかと思ったら、次にはそれとは縁もゆかりもない曲になるなど、脈絡もへったくれもないあまりに突飛な選曲ではBGMにさえなりません。

謳い文句のような膨大なレパートリーなんぞ要らないから、いまさらですがCDを押しこめばその音が出てくるという従来の使い方が、むしょうに懐かしくて仕方ありません。

検索をやり直そうにも、信号停車中ぐらいでカタのつく問題ではないし、まして車が動き出せばスマホを持っただけでも道交法違反になるし、かといってそのつどコンビニの駐車場に入るなど、バカバカしくてできません。
かといって音声認識でやってみても、ほぼコントのような的外れの認識しかされず、とにかく疲れます。

家のネットで調べると、USBに繋ぐ外付けCD/DVDプレーヤーみたいなものもなくはないようで、それを取り付けるのも一計かと思いつつ、センターコンソール付近では置き場の問題もあるし、せっかく買ったところで万一車が認識してくれないなど、想定外の理由で使えない場合もあったりすると捨て金になるわけで、悩みはつきません。

…と、ここまで書いたところで私より詳しい知人とこの件で話したところ、前もってマイリストのようなものが設定できるはずなので、そこにアルバムごとにまとめておけば、希望する音楽が順序良く聴けるのではないか?という話で、再度挑戦みてみるかどうか…。

これがあと10年かそこら先ならシステムもより使いやすく洗練されるのかもしれませんが、現状では過渡期のようにも思えるし、そもそも当方はもはや使う側として人間が旧式すぎ、世代がわりをしなくてはいけないのかもしれませんね。
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三人の111

パソコンの前であれ、食事であれ、とにかく「座る」ということがまったくできない地獄のような生活が2ヶ月以上続き、8月上旬まではほとんど「寝たきり」「ひきこもり」同然の状況になっていました。
このような状態では、すべてのエネルギーが失われ、好きな音楽もまともに聴くこともできず、ひたすら痛みとの戦いに明け暮れる毎日でした。

気力もないまま、申し訳程度にテレビの前に横たわり、漫然と録画の再生ボタンを押すのがせいぜい。
そんな中でのTVでいうと、NHK-BSの早朝番組、クラシック倶楽部ではごく近い時期に3人のピアニストによるベートーヴェンの最後のピアノソナタ c-moll op.111が放映されました(たまたまでしょうけれど)。

集中力もなく、ただ漫然と流し、ぼんやり眺めていただけですが、最近すこしずつ座る練習もはじめたので、そのときの雑駁な感想など。

(1)ロシア出身、幼少期にドイツに移住した、今ヨーロッパで一定の評価を得ているらしいピアニスト。
この人、数年前でしたがゴルトベルク変奏曲とディアベリ変奏曲ともうひとつ忘れたけれど、たしか現代物の3曲をセットでCDリリースするなど相当に野心的で、実際とても上手い人だとは思うけれど、なぜか私の耳にはあまり魅力的に響いてこないので、その後はずっとご無沙汰だった人。
そのご無沙汰の間に、なんとザルツブルク音楽祭に招かれるまでご出世のようで、そのライブ映像だったのですが、この人の演奏の中心にあるのはメカニックであり、それに沿ったピアニズムが中心を成しており、後から解釈を埋め込んでいるような気がします。
全体に演奏都合上の切れ味のようなものが目立ち、テンポは速く、いささかナルシスト的な印象。
数年前にCDから受けた記憶が再び呼び戻されたようで、人は変わらないことを感じました。

(2)日本人でドイツにおいて研鑽を積んだ、実力派と目されるひとり。
大雑把にいうと、国籍や出生国に関係なくドイツで育ったピアニストというのは、あまり自分の好みのタイプではないようで、とくに近年は痛切にそれを感じているところ。かつてはバックハウスやケンプのような人がいたため、その認識が遅れてしまったのかもしれません。
ドイツ流は歌や情よりまず説明的で、縦の構造ばかりが耳について、どうも自分とはそりが合わない気がします。
この人は日本人だけれども、ドイツ育ちの体臭みたいなものがあって、しっかり弾かれてはいるけれど、喜びをもって音楽を奏でているというより、熟練職人の仕事に立ち会っているようで、そのあたりがどうにも気にかかります。
ベートーヴェンならドイツ仕込こそ本流だと言えそうですが、ポーランド人のショパンが必ずしも正解とは思えないものがあるのと、どこか通じるような気がします。

(3)やはり日本人のピアニストで、ドイツ圏に留学経験もあるようだけれど、すこぶる日本的親しみやすさを身上としているような方。
若いころはシューマンのスペシャリストということになっていて、当時CDを数枚購入してみたこともあったけれど、シューマンの心の内奥に迫っているとは思えぬ未消化なもので、ブラームスの協奏曲に至っては目を白黒させた覚えさえあります。
指導者として社会的地位も築かれているようで、ピアニスト=誰もが最高の芸術を目指すわけではないから、こういう人もアリだとは思います(ヘンな意味ではなく)。
解釈もごくありきたりで、創造的なものは潔いほどに感じません。

いずれも満足には達しなかったものの、強いて選ぶなら、変な個性やクセを差し挟むことなく、あくまで平凡に弾いていた(3)が結局はまともに聞こえたという、自分でも甚だ不思議な結果に終わりました。

使用ピアノについて。
(1)はスタインウェイですが、近年ヨーロッパで流行りなのか、大屋根を本来の角度より大きく開いたスタイル。その効果は音にエッジが出るというか、インパクト性が増すということのような気もしますが、それと引き換えに、荒削りで生々しい印象があり、個人的には好きになれません。そういう意味ではオリジナルの角度というのは、そのあたりも熟慮されているんだろう…と思ったり。

(2)ベーゼンドルファーの現代型コンサートグランドである280。昔の275のようにピアノフォルテを思わせる古典的な美しさではなく、現代の要求を盛り込んで作られたモデルであるだけに、モダンピアノらしい要素とパワーを持ちつつ、音色にはベーゼンドルファーらしさも受け継がれている印象。
ただ、ヤマハが親会社という先入観があるからかもしれないけれど、とくに低音などはかすかにヤマハ臭のようなものが聞こえた気もしましたが、私の思い過ごしでかもしれません。

(3)1990年代ぐらいのスタインウェイでとくに感じるところはありませんでした。
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3つの病院

椎間板ヘルニアになって二月半、結果的に3つの病院に行きました。

はじめは、整形の専門病院として定評のある、かなり大きな病院でした。
簡単な問診のあとレントゲンを撮られ、それを見た医師の診察によると骨に異常は見当たらず、腰回りをあちこち押したり、足の反応を見るなどして、これ以上のことはMRIを撮らないとわからないとのこと。
ただし、MRIは予約制で最短でも一週間後のことになるらしい。

この時点で少し軽く考えてしまい、様子を見ることにしてMRIの予約はしませんでした。
しかし処方された薬の効果もなく、それから一週間もしないうちに症状は確実に悪化、MRIの予約をしなかったことを悔いました。
いまさら予約しても、そこからまた一週間以上先の話になるので、とても痛みに耐え切れず、とりあえず別のペインクリニックに行くことに。

ここでもまたレントゲンを撮られたものの、やはり骨には異常はない由、ヘルニアの可能性が大とのことで、その痛みの様子からとりあえずブロック注射を打つことに。
ヘルニアは手術もしくは自然治癒以外には治療方法がないようで、ブロック注射は麻酔で痛みを和らげることを目的とした対症療法です。
打ったあとは、横になったまま安静を命じられ、1時間ほどで看護師さんに促されて立ち上がりますが、はじめは自力では靴も履けず、介添えされてようやく待合室まで移動するほど足腰が立たなくなっていることに、麻酔の威力(と怖さ)を思い知りました。
安静時も15分毎に血圧をチェックしにくるなど、ずいぶん慎重な様子でした。

これを二回続けるも改善の兆しはなく、やがて診察中も椅子に座ることができず立ったままの体勢となり、待ち時間もベッドを借りて横になるなど、あまりの痛がりように医師も口をへの字にして、ついにMRI画像が必要との判断に至りました。

クリニックにはMRIの設備がないため、大きな病院に委託する形になり、外科としては地元では有名な専門病院と連携しているようで、後日そちらへ赴くことになりました。
その病院のほうが自宅から近いこともあり、こんなことなら始めからこっちに行っておけばよかったとやや後悔。

そういうわけで、私は生まれて初めてMRIというものを3つ目の病院で体験することになります。
前開きの着物のようなものに着替えて、長い廊下を指示される部屋に案内されると、中には真っ白の大きな機械が鎮座し、中央には人ひとりが通るような穴があって、細い寝台のようなものが繋がっています。

看護師さんや撮影技師の方が「狭いところは大丈夫ですか?」「閉所恐怖症などと言われたことはありませんか?」「気持ち悪くなったらいつでも言ってください」「具合が悪いときは、このボタンをおしてください!」「では、ごめんなさいねぇ、がんばりましょう!」などとあまりにも繰り返し言われるものだから、そんなに念を押すほど恐ろしいことが始まるのか?と、却って恐怖心を掻き立てられるようでした。
身体が前後左右に厳格に位置決めされ、撮影中動かないように幅広のマジックテープのようなもので左右からがんじがらめに固定され、頭にはヘッドホンが取り付けられて、リラクゼーション音楽のようなものが虚しく響く中、穴の奥へと押し込められて行きます。

撮影開始後、なにより驚いたのはその不快な音の恐怖。
ピコピコどんどんカンカンといった、なんとも不気味な音が盛大に襲いかかり、この音に耐えられずに断念する人もいるとかで、それも納得というほどのイヤな音に攻撃され続けます。
文字通り機械に縛り付けられた体勢で、こんな非日常の音を容赦なく浴びせられながらの30分は、さすがに疲れました。

二日後クリニックに行くと、やはりヘルニアが確認できるとのことで、とくに手術を希望しないのであればブロック注射などをしながら保存療法で行こうということになりました。
ただ、この時点では、そう遠いわけでもないクリニックに通うのさえ痛みでクルマに乗ることさえ難儀していたので、MRIを撮った病院が最寄りでもあることから、紹介状を書いていただいて、こちらに行くことになりました。

診察初日、またしてもレントゲンを撮るというのにはうんざりでしたが、病院としてはこれナシでの診療行為は不可能であろうから、そこで抵抗してもはじまらないしのでしぶしぶ応じましたが、診察室でMRI画像とレントゲンを見ながら医師の口から出た言葉は「典型的なヘルニアだと思います」というのに加えて「骨格はしっかりしておられますね」というお褒めの言葉で、これまで自分の骨格がしっかりしているなどとは考えたこともなかったので、相も変わらぬ痛みの中、ちょっとだけうれしい気持ちになりました。

ヘルニアは早い場合で一ヶ月、おおむね2〜3ヶ月で治るというのが一般的だそうで、私の場合すでに70日ほどを経過しましたが、ここにきてようやくピーク時に比べれば多少は楽になってきて、ともかくも一息ついた感じです。
まだ痛み止めなどの薬は欠かせませんが、このまま少しずつでもいいから、おさまってくれたらいいのですが…。
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