前回書ききれなかったこと。
出演した女性ピアニストによって、ホロヴィッツのピアノでトロイメライが弾かれる間、カメラがサイドからじわじわとスローで左に寄りましたが、そのときボディサイドに反射する黒い塗装の中に木目のようなものが見えたような気がしました。
ニューヨークスタインウェイは通常は黒のヘアライン仕上げ(ステンレスとかによくある一定方向に研磨された光沢のない仕上がり)という塗装で、これは通常の塗装よりも薄く仕上げてあると聞いていますが、この100年前のピアノでは、さらに塗装の質や厚みが違っているのではないか…というような印象をもちました。
テレビ画面から受けた印象ではきわめて塗装が薄い感じで、楽器としてはもしかするとより理想に近いものがあるのかもしれないという印象でした。
率直に言うと、工作で木工品にサーッと塗装したぐらいで、けっして綺麗な仕上げではないし、むしろ粗末な感じさえ与えますが、そうなっているとすればピアノとして理想を追求する上での理由があるようにも解釈できるのです。
ニューヨークスタインウェイのきさくで軽やかな鳴りを成立させる要素の一つに、この薄い塗装があるのかもしれず、とりわけこのホロヴィッツのピアノでは、とりわけ独特なものを感じました。そういえば思い出したけれど、ゼルキンのカーネギーホールライブのレコードジャケットも、これと同様の、塗装としてはみすぼらしい炭のかたまりみたいな塗装でした。
通常のハンブルクやその他大勢の艶出し塗装を、寒さや外敵から身を守ってくれる冬服に例えると、ニューヨークは明らかに春物?
薄いコットンのシャツにチノパンを履いているぐらいな感じで、これは響きに大いに関係するだろうと思います。
そのぶん温湿度変化にも敏感になるでしょうし、油断をするとすぐに風邪をひいたりと体調管理が難しくなるだろうから、一長一短あるかもしれませんが、究極の音を求めるなら極めて大きな要素という気がします。
もしマロニエ君が好き放題に道楽のできるような富豪だったら、好みのピアノだけを置いた小さなホールを作りたいとかなんとか、いろんな空想をして遊んでみますが、今なら、最も気に入った時代のスタインウェイを購入し、いったん塗装を全部落としてしまい、最低限の処理だけで鳴らしてみるかもしれません。
いわばTシャツと短パン、靴下もはかないぐらいの軽装にすると、はたしてどんな響きになるのか。
そういえば、つい先だってもあるお宅におじゃまして、そこのシュタイングレーバーをちょっとだけ弾かせていただきましたが、これがサイズを無視したような鳴りで感心したばかりでした。
もともとのピアノがいいのはもちろんですが、さらにこのピアノの塗装が、下地の木目が地模様のように見える黒の塗装で、これもきっと薄いのだろうと思いました。
漆塗りのような分厚い塗装というのは、いかにもリッチな美しさがあるし手入れが楽。さらにはボディをさまざまな環境の変化や傷から守るというメリットがあるからか、どこれもこれも樹脂コートのようなピカピカ塗装ですが、純粋に楽器としては好ましくない厚着のような気がします。
ピアノ全体を弦楽器のニスのような、薄い最低限の塗装で覆ったら、基礎体力がぐっと向上すると思います。
同時に、戦前のスタインウェイなどは、そのあたりも知り尽くしていて、各所の天然素材から仕上げまで最良の楽器を作っていたのだろうということが偲ばれます。
そういう観点からいうと、少なくとも通年管理の行き届いたピアノ庫をもつ音楽専用ホールでは、木肌に薄い塗装をしただけのまさにコンサート仕様のピアノを設置したらどうかと思いました。
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