ピアノの整音に使われる手段の一つとして硬化剤があります。
使い方も技術者によって違いはあるようですが、薄めた硬化剤をハンマーヘッドの要所に塗布してフェルトに硬さを与え、音の華やかさや輪郭を出すためのもの。
硬化剤の功罪についてはいろいろあるようで、中にはこれを好まず一切使わないというポリシーの技術者さんもおられます。
せっかく弾力のあるフェルトに液剤を染みこませて、カチカチにしてしまうのだから、シロウトが考えてもさほど好ましいことのようには思えませんが、そこはあくまで使い方次第であり、経験と技術に負うところが大きいだろうと思います。
さて、マロニエ君は以前、ある遠方の技術者の方から硬化剤の逆の作用をもつ「軟化剤」なるものがあることを聞いていたので、機会あるごとに技術者さんにそのことを聞いてみると、話には聞くけど使ったことはないという方がほとんどで、中には存在自体をご存じない方もおられました。
あるとき「持っています」という調律師さんがおられたので、聞いてみるとご自身の工房で所有しているピアノでは使ってみたことがあるけれど、あくまでテスト段階とのこと。
話が前後しますが、我が家には話題にするほどもないような、古いカワイのGS-50というグランドがあり、さほど酷使したピアノではないものの、製造から30数年が経過してさすがにハンマーもややお疲れ気味のところがあり、そうかといってハンマー交換が必要というには至っておらず、そこまでする熱意もありません。
なので、このピアノに軟化剤を使ったらいいのでは?という考えは以前からあり、それをやってくれそうな技術者の方が見当たらずという状況が続いていたところへ、この方が「使用歴あり」ということがわかり、さっそくやってみてほしい旨を伝えました。
しかし、未だ上記のような段階で実践にはまだまだと、なかなか色よい返事は得られませんでした。
テスト段階のものを、お客さんのピアノに使うわけにはいかないということらしいのですが、聞いていると、これまで試してみた限りではそう悪い印象ではないらしいこともわかってきました。
では、このピアノを実験台に使ってくださいと言ってみたものの、そういう訳にはいかないとの反応で、そりゃそうかもしれませんが、マロニエ君があまりしつこく食い下がるものだから、では自分の工房にあるピアノで使っていましばらく観察してみるので、お待ちをということになりました。
調律師さんというのは職業柄なにか作業をするにあたって、おしなべて慎重な方が多いのですが、中でもこの方はさらにもう一段二段思慮深いらしく、そこまでしなくても…というほど、何をするにも慎重の上にも慎重を期されるようで、数ヶ月待つことになりました。
というわけで、半分忘れかけた頃にご連絡があり、使う量やハンマーのどこに塗布するか、時間経過とともにどうなるかなど、さまざまに実験をされたようで、そこで一定の結果を確認されたのか、本当によろしいのであれば少しずつやってみましょうか…ということになりました。
作業はというと、これがあっけないぐらい簡単で、アクション一式を引き出してハンマーの狙った場所に塗っていくというか、液をわずかに落としていくというもの。
初回は、中音域から次高音ぐらいまでまさに微量でお試しということになり、その日は放置して翌日音を出してみてくださいということでこの日は終わり。
翌日、どうなっているかと期待しつつ音を出してみると、たしかに音にまろやかな膜がうっすら加わっており、その確かな効果を確認できました。
しかし、あまりに微量だったためか、変化はあまりにも僅かで、さっそく報告するとともに次は少し量を増やしていただくようお願いしました。
というわけで、二回目となり前回より少し量を増やして使っていただき、前回同様、一晩置いて弾いてみると、今度はかなりまろやかな音質に変化しており、これは相当な効果のあることを実感しました。
シロウトの印象でいうと、針差しで得られた柔らかさには、固いものが針でほぐされた、技術者の経験と技が作り出すふくよかさと、咲き誇る花もいずれは萎んでいくような一種の儚い美しさがありますが、軟化剤の柔らかさはもっと極めが細かく、まんべんなく柔らかさが出た感じで、すぐに元に戻りそうな感じもありません。
よって、音を創造的に「作る」という面では針刺しにはかなわないかもしれませんが、延命措置としては、これはかなり有効な手段なのかもしれません。
しばらく耐久性なども観察してみるつもりです。
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