音楽が演奏される際、作品、演奏者、楽器、そのいずれもがきわめて大きな要素を占めるのはいうまでもありません。
さらに演奏会となるとホールの音響はたいへん重要となり、CDでは録音のやり方やセンスに負うところも大きくなります。
とくにホールの音響とCDの録音状態はかなり大きな要素で、これが一定水準を満たしていないとすべては台無しに。
コンサートや録音のほとんどは作品や演奏がメインですが、たまには楽器が主役になることも。
フランスにステファン・ポレロ(Stephen Paulello)というピアノ設計家がいます。
詳しいことは知らないけれど、中国のハイルンピアノでホイリッヒなどの設計をしているようでもあるし、フランスでは自身の名を冠したオリジナルピアノ(しかも交差弦と平行弦の両方)を作っているようです。
以前にもステファン・ポレロ・ピアノ(このときはおそらく交差弦)を使ったラヴェルのピアノ曲集など、いくつかのCDを気がつく限り購入しては聴いてみましたが、どこか無機質でこれといって際立った印象はなかったというのが正直なところ。
今回は、並行弦で奥行きは3m、しかも102鍵というベーゼンドルファー・インペリアルよりもさらに5鍵多いステファン・ポレロ・ピアノを使って録音されたというCDがあったので、早速購入してみました。
曲目はわざわざ書くこともないけれど、いちおう次の通り。
リスト:ロ短調ソナタ
シューベルト=リスト:白鳥の歌より3曲
ドビュッシー:前奏曲集より3曲
スクリャービン:詩曲、夜想曲/焔に向かって
演奏:シリル・ユヴェ
evidenceというレーベルの、立派な装丁のCDでしたが、まず音がやけに小さいことに驚かされ、初っ端からいやな予感が。
普通はロ短調ソナタなど開始間もなくの激しいオクターブなど、思わずドキッとすることが多いのに、演奏そのものもやけに力感がないことに加えて録音も音が小さいというダブルパンチで、まず普通に聴くことが難しく、何度も何度もボリュームを上げるしかなく、ついには普段やったことがないところまでつまみを回して、やっとどうにか…というものでした。
これは、意図あってのことかもしれないけれど、マロニエ君はこういう録音というだけでストレスで、聴こうという意欲をかなりそいでしまいます。
演奏も、とくにどうということはない地味なもので、この演奏と録音をもってステファン・ポレロ・ピアノをアピールしようとしても、かなり難しいのではと思いました。
ちなみにCDのジャケットにはStephen Paulelloのロゴがあり、タイトルも「OPUS 102」というこのピアノのモデル名のようなので、このアルバムはピアノが主役であることは疑いようがありません。
シリル・ユヴェというピアニストは、調べてみるとフォルテピアノのプレイエルやエラール、シュタイン、ジョン・ブロードウッドなどを演奏しているCDや動画あるようで、この手のCD制作に応じるピアノマニアのピアニストなのかも。
ここに聴くステファン・ポレロの印象は、どちらかというと冷たい音(それが良さかもしれないけれど)で、個人的には惹きつけられるものは感じられませんでしたが、こういう音が好きという人もおられるのでしょう。
何か特別なものが心に残るようなものはなく、平行弦のピアノの良さもわかるような…わからないような…。
全音域が均一というのは聴き取ることができる点で、一音一音が独立したトーンをもっており、すべての音がシャープでスパッと刀を振り下ろすような感じ。
写真を見ると、木目の外装にフレームが銀色、さらに鮮やかなブルーのフェルトが目を引きますが、いかにもそういうイメージの音だと思います。
かろうじてわかったのは、音に声楽的な要素はなくパワーも感じないけれど、音の分離と伸びが良いようで、これが並行弦故の特徴なのか、あるいは広大な響板と長い弦によるものなのか、それははっきりはわかりません。
ただ、ベーゼンドルファー・インペリアルにしろ、オーストラリアのスチュアート&サンズにしろ、超大型ピアノというのはどこか茫洋として(それを余裕と捉える向きもあるのでしょうが)、結束した感じに乏しく、低音域は似たような音になるような印象をもちました。
話を冒頭に戻すと、ピアノの魅力を伝えるには、やはりそれなりの魅力ある演奏と録音でなくては、ピアノの音に耳を傾ける前にその一風変わった録音と、まったく面白味の欠片もないモタモタした演奏にぐったり疲れてしまいます。
せめて、ナクソスのCDぐらいの演奏と録音であればと思うばかり。
バレンボイムもスタインウェイDベースに並行弦のピアノを作らせたりするぐらいだから、独特の良さがある筈だと思いますが、それを聴き手に伝えて納得させるには、奏法もそれに即したものでなくてはならないと思われますが、今はまだそういう演奏には出会えていない気がします。
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