ついに来ました

あれよあれよという流れの波に乗るようにして、ついに先週、ワグナーピアノは我が家へとやって来ました。
数週間前まで、予想だにしなかったことで、こんなこともあるのかと驚くばかり。

くだんの調律師さんは、もっと詰めて仕上げようとお考えだったようですが、あいにく作業する場所が運送会社の倉庫内で、奥は無数のピアノがびっしり詰め置かれて立錐の余地もないためか、作業にあてられたスペースというのが、ちょうど搬入搬出口に近いところで、そこへ連日通って作業をやっておられたようです。

ところが運送会社の業務にも支障が出たのか、できるだけ早めに場所を空けてもらえないかと打診されるに及んで、やむなく予定より早めに作業を撃ち切らざるをえなくなったということでした。

60歳のピアノとしては、基本的な状態は望外によかったものの、長い年月を旧所有者のもとでさほどの整備もされずに過ごして来たのでしょうから、入念な調整を受けるのはずいぶん久しぶりのことだっただろうと思われます。
着手すれば少々の時間では足りないところが少なからずあったことは想像に難くありませんが、後半はあいにくと時間切れだったようですが、それでもかなりのところまではやられたようでした。

カシュー塗装故に大屋根などには数条のひび割れなどがあるものの、全体的にはヴィンテージピアノという、なにやらありがたい感じの雰囲気が漂っているお陰でさほど気にもならず、どこを見渡しても不当に荒れたような様子がないのは、このピアノの希少性と相まって、きわめて幸運なことだったと思います。

音は、倉庫で弾いた時より自宅ではよりやわらかな印象ですが、とにかくよく鳴ることに変わりはありません。

たまたま居合わせた友人(ピアノにはまったく興味ナシ)によると、「鳴っている感じがする」さらには「…余韻がある」とかなんとか、意外にも本質を鋭くついた感想を述べてくれました。
前回、このピアノは「側鳴り」ではなく「遠鳴り」するピアノだと書きましたが、やはりそのようで、弾いている本人以上に、付近で聴いていると響きの印象が強いらしく、こちらから感想をもとめるでもなくポロッとそんなことを口にしました。

せっかくワグナーピアノが手許に来たのだから、音などピアノの本質についてもっと語るべきでしょうが、その前にマロニエ君にとって、このピアノで唯一のなかなか解決の難しそうな問題があることがわかりました。
それは象牙鍵盤がツルツルサラサラ滑ることで、打鍵した指が鍵盤にとどまらず、あらぬ方向へと滑るのに戸惑っています。

以前にも書いた覚えがありますが、象牙鍵盤というだけでやたら有難がる方というのは少なくありませんが、マロニエ君に言わせるとこれが素晴らしいのは、あくまで「すべりにくさ」を保っている状態であって、ある程度使い込まれて表面が滑りやすくなると、それはもう恐怖でしかなく、こうなると良質のプラスティック鍵盤のほうが機能的には安心です。
とはいえビジュアルは別で、古いピアノに芸能人の歯のような不自然な白が並ぶより、適度な黄ばみやかすかな地模様と温かみのある象牙鍵盤のほうがむろん雰囲気はいいに決まっていますが…。

ちなみに、象牙鍵盤信奉者というのはマロニエ君が考える以上に相当数おられるようで、たしかにそれもわからないでもありませんが、それなら現代のピアノのポリエステル塗装は、まさにプラスティック鍵盤と同じ感性の産物で、色が黒というだけで味も素っ気もないものではないですか?と問いたくなります。
やたらピカピカするばかりで、無機質で、分厚くて、そこには木の楽器としての手触りも温かみもニュアンスのかけらもありません(尤も、現代のピアノはどこまでまともな木であるかどうかも甚だ疑わしい限りですが)。
あれは塗装というより、何か不都合なことを隠蔽するための樹脂によるカモフラージュでしょう。

これが弦楽器なら、到底許されることではないけれど、ピアノならマルのようです。
それに引き換え、カシュー塗装というのはその塗装越しに気の感触を感じるし、楽器としての趣という観点からすれば、象牙鍵盤に相通じる趣きや風合いがあり、プラスチック鍵盤がイヤだとこだわるなら、塗装だって同じじゃないのか?と思います。

もちろん、古くなるとクラックが入ったり傷がつきやすいなどの問題点はありますが、それでもプラスチック鍵盤を否定する価値観の持ち主なら、ポリエステル塗装を否定しないのは合点がいきません。
ポリエステル塗装の良さといえば、ガラスみたいな硬質な艶でダメージに強く、手入れが簡単なことと、中古ピアノ業者などが再生作業で外装を仕上げる際、機械でバフがけなどをやればキラキラ状態が蘇るので、アフターマケットの世界でも歓迎なんでしょう。

もうひとつ、象牙鍵盤だけにこだわる人なら、黒檀の黒鍵は必須だと思うのですが、それはそうでもなかったりするのがまたまた首をかしげるところ。
昔のピアノの不思議な点は、白鍵には象牙をやけに気前よく使ったくせに、黒鍵は普通の樹脂というのがあまりに多く、このあたりはヘンですね。

一部の人には、貴重な象牙ということだけに目が行って宝飾品のような価値を感じ、ピカピカボディには高級車のようなステータスを求めているのかもしれません。

いつもの悪いクセで話が逸れてしまったので、ワグナーピアノについては少し弾いてからまたまた書くことにします。
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