衝撃と感銘

先日の日曜のこと、知人の用に同行して山口に行くことになりました。

用が済むのがちょうどお昼過ぎになる予定で、現地で昼食をとることになりそうな流れでしたが、見知らぬ土地でのお店など分かるはずもないので、旧来の知り合いである山口の調律師さんに朝電話をしてオススメはないか聞いてみたら、「それなら、僕がよくお昼を食べに置く店に、☓☓峠というのがありますよ」と教えていただいたので、他に選択肢があるわけでもなし、ごく自然にそこに行くことになりました。
注文を済ませて一息ついていると、視界にその調律師さんと似た感じの方がおられるので、地域の特徴にはそういうところがあるものなので、似た人がいるなぁ…と思っていました。

が、それにしてもあまりに良く似ていて、あれ?…と思っていると、向うもこちらに気づかれて、なんとその調律師さんご本人!で、この日も本当にお昼を食べに来られているとのことでした。
ちょっとむこうの席に行って、ひと通り挨拶や話などをすると、よかったらあとでお店の方に寄ってくださいとのこと。

ただ、この時の二人の同伴者はピアノとはまったく無関係の人達だったので、どうかな…と思いましたが「せっかくなんだから行きましょうよ!」と快諾してしてもらえて、食事が済んでからちょっとだけ立ち寄る事になりました。

この調律師さんというのは、昔から音の求道者として少しは有名で、数々のコンサートや録音現場をこなしてきた人で、そのためには東京のホールまで自分のピアノを持ち込むことも厭わない方です。
(各ホールには厳しい規定があって、ホール所有のスタインウェイなどは指定業者以外は触ってはいけないというのがほとんどで、理想の音を実現するためにはピアノを持ち込む他ないのです)

すでに何枚ものCDもあり、先ごろ惜しくも亡くなられた杉谷昭子さんのベートーヴェンのソナタ全集の録音も、すべてこの方が手がけたピアノが使われていますし、一般の書店に並ぶ書籍も出しておられ、いわばピアノの音の追求をライフワークとされる方です。
しかし、あまりにそれ一筋の職人気質のため、時代の波に乗ったり、広く人脈を築いて宣伝につとめるといった方面はまるで苦手のようで、ややマイナーな立ち位置に甘んじておられるようですが、ご本人はそんな事は意に介さずで、ひたすら最高の音を求める姿勢には、昔も今も少しの迷いもないようです。

我々が尋ねた直前にも、ロシアのピアニスト、パーヴェル・ネルセシアンのコンサートも東京その他で終わったばかりとのことで、そのステージで使われたというスタインウェイのD-274も戻ってきていました。
ネルセシアン氏もこの方のピアノが昔から大変お気に入りで、そのピアノで録音したCDがロシアでも発売されているとか。

「ぜひちょっと弾いてみてください」といわれて、そのDのカバーがズルズル外し始められたので、もちろん興味はあるけれど、ピアノと無関係の二人はいるし、ちょっと困ったなと思いましたが、ここで遠慮していては折角のチャンスを逃すことになるので、腹をくくって少し弾いてみると、音を出すなり「なにこれ!」と思わずにはいられないような、すごいとしか言いようのない華麗な鳴りで、全身がヒリヒリするようでした。
ネルセシアンのような完璧なテクニックを有するピアニストが行ったコンサートの余韻がまだピアノにも残っている感じでした。

タッチも音も思いのまま、そしてなによりコンサートグランドとしての力強さといい、これぞ申し分のない、ステージから数百人に向かって聴かせるためのピアノだというのがいやがうえにも伝わります。
近頃はスタインウェイといっても、以前よりも常識的なまろやかな音に調整されたピアノも少なくありませんが、このピアノは比較的新しい個体ですが、全身の隅々までが抜けるように鳴り響いており、少し前のスタインウェイのような深みと輝きもあるし、低音などは中世の鐘が豪奢に鳴り響くようで、もうクラクラになるほどでした。

世の中は、スタインウェイ一強に異論を唱えて、中には「きらい」という向きもあるし、ファツィオリの濃密な音もとても特別なものがあるとは思ったけれど、こういうピアノに接すると、そういう事がすべて吹き飛んで、やはりこれ以外にはない!という、有無を言わさぬ圧倒的なものがありました。
いまでもその感激は、耳に、指先に、生々しく残っています。

小さな店にもかかわらず、このときは、この貸出用のD以外にも、整備中でダンパーの外されたニューヨークのDと、その脇には横置きにされたハンブルクのDと、計3台のD-274があって、やはりここは普通のところではないと思いました。

この方は、常に独自の調律法とホールで鳴り渡るピアノの音の美しさを生涯追求している方で、いわゆるオーソドックスな調律調整を無難にこなす人ではないため、それを高く評価する熱烈な支持者がいる反面、まったく邪道扱いする人達に分かれるようですが、それぞれに言い分はあるだろうし、いずれにも一理あって間違っていないのだろうけれど、ただ、ものごと結果がすべてという観点でいうなら、ああしてコンサート用に仕上げたピアノに触れてみると、ただもう圧倒されて痺れてしまうようで、もし自分がリサイタルをするようなピアニストだったら、こういうピアノを使いたいだろうなと思いました。

この方がやられていることがすべて正しいなどというつもりはないし、まして盲信するつもりもないけれど、最高の技術の世界というものは、既存のやり方に飽きたらず、常に新しい地平を求める探究心が必要なはずで、それを失ったら、ものごとは少しも進歩しないだろうと思います。
ノーベル賞をもらうような人達も、きっと似たようなブレない信念と強烈な探究心があり、孤独で、常に人から馬鹿にされるようなところから偉大な発明がでてくるもので、そういう意味では尊敬に値する技術者さんであることは間違いないと思います。
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