昨年末に書いたピアノ関連のTV番組の感想続編ですが、あまり年始めにふさわしい話題とも思わないけれど、敢えて書いてみました。
【NHKショパン国際コンクールのドキュメント(再放送)】
12月のいつだったかNHK-BSのプレミアムシアターの後半で放送されたもので、私自身コンクールが終わってほどなくして放送された折には一度見ている番組。
ピアニストで審査員もつとめられた海老彰子さん、ショパンに造詣が深いとされる作家の平野啓一郎さん、音楽ジャーナリストで2021年のショパンコンクール全日程を取材したという高坂はる香さん、さらには自らピアノ好きと称するNHKアナウンサー2人による進行によって、映像/演奏を交えながらコンクールを振り返るという番組。
プレミアムシアターは毎回録画設定しており、せっかく入っているなら暇つぶしにもう一度見てみようかと再生ボタンを押しましたが、実をいうとはじめの30分足らで妙なストレスを感じはじめてやめてしまいました。
理由はいまさらくどくど書く必要もないので細かくは省きますが、簡単にいうと全体に同意しかねるところが多く、評価の傾向としても自分の価値観とは相容れないものが中心になっており、のみならず、なんというか…こちらの判断基準にまで踏み込まれてくるようで、今どきはこれがショパンなんだ、これが新しくて良いんだ、それがわからなければ時代遅れの耳の持ち主だと、いわば判断のアップデートを迫られるようで、要は今風にいうなら「価値ハラ」を受けるような感じがあって疲れるのです。
自分がさほどいいと思わないものを、皆さんこぞってこれでもかと褒めちぎるのもしんどいのです。
オリンピックやFIFAワールドカップのように競技としてはっきり勝ち負けが吹っ切れた世界なら構いませんが、主観や情感など芸術性が問われるべきピアノ演奏において、この「競技」はコンクールという枠を超えて、音楽シーン全体の価値観の変容にも一定の影響があるようにさえ感じるのです。
番組始めのあたりに、みなさんの押しの演奏は?というのがあり、平野氏が今回のコンクールで弾かれた優勝者のop.25-4を挙げました。「自分はショパンのエチュードといえばポリーニの世代だが」と前置きしながら、ますます解像度が上がってショパンの音楽の構造がよく見え、デジタル的なまでにクリアな演奏となり、左手と右手のコンビネーションがわかる…「ポリーニのエチュードは金字塔として変わらないが、その先があったのかと思った」というようなことを言われ、これも実際の演奏が流れましたが、私はすこしも感銘を覚えず、だからなに?としか思いませんでした。
あげくに「ショパンの演奏が50年の間にこんなに進歩したのか…」というようなことを堂々と仰るのには、強い違和感を感じましたし、海老さんのコメントも全般的に技巧目線で、同様の印象でした。
確かにクリアというならそうかもしれませんが、それがそんなに価値あることとも思えないし、むしろ音楽的にはやせ細って平坦で、ショパン作品に求めたい香り立つようなニュアンスもなく、スマホの早打ちのように終始せかせかした感じで、背中を丸めゲームにでも没頭するかのように上半身を小刻みに上下させる姿も違和感を覚えたり…。
より美しく、より芸術的な方向へ深化するなら大歓迎ですが、デジタル機器ではあるまいし、私は一人の音楽愛好家として、ある種一定の明晰さは求めたいけれど「解像度」という言葉自体も無機質でちょっとそぐわない気がしました。
むろんこれは、ものの喩えとしての表現かもしれませんが、そのままの概念のようでもあり、ある種の本質を孕んでいるような気がしてどうにもひっかかるのです。
技術や楽曲分析が向上するのは結構ですが、人間臭さを失ってまでそれを求めたいとは思いません。
【ブーニンの復活コンサート完全版】
9年ぶりに八ヶ岳で行われたコンサートで、シューマンの色とりどりの作品(小品とも)op.99の全曲版。
身体的に様々な不調に襲われ、再起をかけて実に9年ぶりに公開演奏に挑んだ演奏。
そんな開演直前ともなればどれだけナーバスになっているのかとおもいきや、控室にいたブーニン氏は優雅な笑みとともに、夫人と連れ立って通路をゆったりと進んでステージに向かう姿は印象的で、やはりこの人は独特な存在だと思いました。
演奏は率直に言って、かつての奔放で思うままにピアノと戯れていたブーニンではないことが悲しくはあるけれど、それでも随所のアーティキュレーションとか、ちょっと溜めて歌い込むポイントをむしろスカッとクールに処理されるあたり、かつて聞いた覚えのあるブーニンの語り口を垣間見るところがはっきりあって、ああこの人はこれだった!と思いました。
人間の感性は生涯不変という話はやはり間違いないようです。
世界にはあまたのピアニストがいるけれど、あの何事にも動じない、貴族的ともいいたい所作や笑顔、自然な語り口、なにより彼が醸しだす繊細さ、それでいて超然としたあの誇り高い雰囲気は比べるものがない、この人だけの世界があるようです。
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