プレトニョフのSK

ミハイル・プレトニョフがある時期からシゲルカワイを好んで使うようになったというのは何かで読んだ覚えがありましたが、氏の近年の演奏動画などを見ると、たしかにそれが裏付けられているようです。

YouTubeによれば、ここ最近はずっとカワイ一辺倒のようで、プログラムのようなものにもSHIGERU KAWAIの文字が記されているあたり、カワイも社をあげてピアノを提供/サポートしているのかもしれません。

そもそもヨーロッパなどでは、コンサート会場に必ずしも好ましいピアノがあるわけではなく、ピアノ貸出業者もしくはメーカーのコンサートサービスのようなところが楽器を手配することが少なくないようです。
このほうがピアニストが事前にピアノを選べるという点で、楽器との関係を事前に作れるだろうし、ホール側も無駄にピアノを購入し管理する必要もないから合理的です。

さて、プレトニョフ氏の動画の中で、ひとつ「ん?」と思うものがありました。
ステージにSK-EXが設置されると、さっそく技術者が調整にとりかかるべく鍵盤一式を引き出したところ、見慣れぬ細工が施してあって目が釘付けになりました。
鍵盤は奥のハンマーの下まで伸びる細長い木材で、普段目にしない部分は生木色でアクションへとつながっています。
前後の中心がシーソー運動の支点となり、そこにキーバランスブロック(バランスピンが刺さるところの膨らみ部分)があって、人の指がキーの手前を押せば奥側が持ち上りアクションを反応させ、ハンマーが打弦するのはご存知の通り。

その支点のブロックのやや手前の平坦なところに、小さな四角でやや厚みのある金属のようなものが相当数、貼り付けられていました。
しかも88鍵均等にではなく、位置もバラバラ、キーによってはそれがないものもかなりあって、おそらくはウェイトの一種で、プレトニョフ氏の希望で、キーを軽くする(もしくは整える)ために貼り付けられたものだろうと推察しました。
それはバランスピン(テコ原理の支点)に近い位置であるため、私の想像が間違っていなければウェイトをふやしても戻りが悪くなるリスクが小さいということがあるのかも。
これなら、キー側面に穴を開けて鉛を埋め込むのとは違い、気になるところへ、付けたり外したり増やしたり減らしたり、自在に調整可能というメリットもあるのでしょう。
ピアノを傷つけるわけでもなく、すぐに元に戻せる利点もある。

またバランスピンが刺さる穴の両側に貼り付けられるブッシングクロスも、普通のものとは違い、すべてのクロスがやや上部外側に飛び出しており、これも到底オリジナルには見えなかったので、タッチフィールを好みのものにするための工夫のように見えました。

ほんらいなら、演奏家はこのように楽器にあれこれ手を入れて、自分に合った楽器を演奏するのが理想で、大半の器楽奏者はそうしているはずですが、もう何度も書いてきたように、ピアノはその場で与えられたもので弾くしかなく、妥協が当たり前の世界。
公演先に「自分用ピアノ」を運びこむ人は数えるほどしかいないでしょう。

プレトニョフ氏の弾くSKは氏の所有なのか、あるいはカワイから宣伝を兼ねてプ氏専用ピアノとして提供されているものなのか、それはわからないけれど、往々にしてピアニストは「ピアノは借りものが当たり前」みたいなところがあるから、きっと後者かもしれません。
ちなみにアクションは例の黒い化学素材のままのようでした。

音については、SK-EXは以前より良い意味で洗練されて、クセのないピアノになってきていると思います。
とくに最近の均等明快な音がパンパン鳴るピアノにくらべて、音に肉感というか厚みがあり、一定のまろやかさも備わっているから、少しずつ好まれ始めているのかもしれません。

ちなみにアルゲリッチもときどき弾いているようで、ついにはソロでバッハのパルティータを弾いている動画がありました。
とくに驚いたのは、アルゲリッチはヤマハを弾いても「アルゲリッチの音」になってしまうのに、SK-EXでは明らかに楽器固有の音がはっきり現れており、それが新たな味わいになっているのは新鮮でした。

一般にカワイはヤマハと、ファツィオリはスタインウェイと比べられることが多い気がしますが、ピアノの持ち味からすればシゲルカワイvsファツィオリではないかという気が…。
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