あるある

ピアノには関係ないのですが、現代どこででも遭遇する、あるあるな景色。
先週、クルマの整備でとあるショップに行ったときのこと、1時間ほどの作業の間、併設された待合室で過ごすことに。

そこにはテーブルとイスが、窓に寄せて二セット置かれています。
厳密にいうと、奥には一人用の緊急用みたいな小さなテーブルがあるにはあるけれど、実質的には二つのテーブルと考えて良い設えです。

そこへ入室したとき、すでにお店のスタッフと一人のお客さんが向き合って話し中で、その隣のテーブルが空いていたので座ろうとすると、そのイスに女性用らしきバッグが置かれていて、すぐ脇のキッズスペースでは小さな子がひとりで遊んでいました。
とっさに母親はちょっと席を外しているだけで、二組のお客さんがいるらしいと理解して、やむなく一番奥の小さなテーブルの方へ行って腰掛けましたが、なんとなく落ち着かない席だし、すぐ横では至近距離で人の話し声がしているなど、もってきた本を取り出して読む気にもなれません。

やがて、そのお母さんらしき人が戻ってきましたが、イスに座ることなくキッズスペースで子どもと遊ぶばかりで、バッグはそのまま。
なんとなく、釈然としないものはあったけれど、先客だし仕方ないかと思っていましたが、30分ほどたった頃でしょうか、「領収書は?」とか「次回までには…」などという言葉になり、となりは終わって帰りそうな雰囲気になりました。

そしてついに「ありがとうございました」という言葉とともに、イスから立ち上がったので、空いたらそちらへ移動しようと思っていたら、なんたることか、その後ろの女性と子供もその人の連れ(つまり家族)だったようで、いっぺんに私一人になりました。

普通なら、夫婦と幼児の3人が4人用のテーブルを二つも使う必要はなく、そこへ別の人間が入ってきた時点で、自分のバッグぐらいちょっと引き取って、場所を譲るものだと思いますが、そんな気配はこれっぽっちもありませんでした。
話し中のテーブル(4人がけ)にも空きイスはあったのだから、そちらにちょっと置き換えればいいだけのことですが、状況はまったく動く気配もなく、おまけに横柄さも悪意も見受けられませんから、さらにやりきれないものが残ります。

いま、こういうことがあまりにも多い気がします。
譲り合いの精神とか、お互い様の気持ちとか、そういうものがまったく欠落しているだけで、きっと普通の善人だろうと思われます。
こういうちょっとしたことで、他者へ迷惑やストレスを発生させていることを、もう少し意識するようになってほしいものですが…たぶん無理でしょうね。

ゴミの収集員にむけて袋に「いつもありがとう」と書くとか、海外でのスポーツ観戦の後、みんなできれいに掃除してゴミを持ち帰り、そっと折り鶴を置いていくといった行動に世界が大絶賛!…なんて話も聞きますが、本当に大事なことはもっと手前にあるように思えて、なんだかフーッと大きく深呼吸したくなります。