やっぱりCD店はときどき覗いてみるもので、おもしろいCDを見つけました。
フランスのピアニスト(イタリア生まれ)、シャンタル・スティリアーニが弾くバッハのインベンションとシンフォニアなのですが、ピアノはなんと1910年に製作されたプレイエルが使われています。
この時代のプレイエルはマロニエ君が最も心惹かれるピアノのひとつで、よくあるショパンが使ったとされる時代楽器としてのプレイエルはフォルテピアノであって、あちらは歴史的には大変な価値があるのかもしれませんが、個人的には一体型鋳鉄フレームをもつモダンピアノになってからのプレイエル(しかも第二次大戦前までの)が好きなのです。
この時代のプレイエルの音はコルトーによる数多くの録音で聴くことはできますが、なにぶんにも録音が古く、コルトーの演奏の妙を楽しむにはいいとしても、プレイエルの音そのものを満喫するには満足できるものではありません。
数年前、横山幸雄さんがこの時代のプレイエルを使ってのショパン全集CDが出始めたので、これぞ待ち望んでいたものと意気込んで買い続けたものですが、ここに聴くプレイエルはマロニエ君の求めるものとはやや乖離のある楽器で、残念ながら満足を得ることは出来ませんでした。(全集が不揃いにならないよう、半分以上は義務で買ったようなものですが、たぶんもう聴きません。)
さて、演奏者もピアノもフランスとなると、バッハといってもかなり毛色の違うものであろうことに覚悟をしつつ、1910年のプレイエルという一点に希望を繋いで購入しました。
果たしてスピーカーから出てきた音は、まごうことなきこの時代のプレイエルのもので、柔らかさと軽さと歌心にあふれていて、すっかり聴き惚れてしまいました。
マロニエ君はドイツピアノのような辛口の厳しい音のピアノを好む反面、その真逆である、羽根のように軽い、モネの絵のような、この時代のプレイエルの明るさと憂いをもったピアノも好きなのです。
明るさといっても、現代のピアノのようなブリリアントで単調な明るさとは違って、プレイエルの明るさは自然の太陽の光が降りそそぐような温もりがあり、その明るさの中に微妙な陰翳が含まれています。
バレエでいうと重量級の技巧の中に分厚いロマンが漂うロシアバレエに対して、あくまで軽さとシックとデリカシーで見せるパリオペラ座バレエの違いのようなものでしょうか。
CALLIOPEというレーベルですが、録音も良く、ウナコルダの踏み分けまで明瞭に聞き取ることができるクオリティで、これほどこの時代のプレイエルの音の実像を伝えるCDはかつてなかったように思います。
それにしても、惚れ惚れするほど感心するのは、中音から次高音にかけてのくっきりした品のいい歌心で、どうかすると人の声のように聞こえてしまうことがあるほどで、これぞプレイエルの真骨頂だろうと思いました。
旋律のラインをこれほど楽々と雄弁に語ることのできるピアノはそう滅多にあるものではありません。その歌心と陰翳こそがショパンにもベストマッチなのでしょうし、インベンションとシンフォニアも交叉する旋律で聴かせる音楽なので素晴らしいのだと思います。
フランス人はピアノという楽器をむやみに大きく捉えず、繊細さを損なわない詩的表現のできる美しい声の楽器として彼らの感性と流儀で完成させたように思いますが、これはまぎれもないサロンのピアノで、決してホールのピアノではないことが悟られます。