ライト

テレビ東京の番組『美の巨人たち』では、ときどきあっと驚くような事実に接することがあります。

少し前の放送でしたが池袋にある自由学園明日館が紹介されました。
これはアメリカの誇る世界的建築家、フランク・ロイド・ライトの作品です。

第二次大戦前につくられたその校舎は、シンプルな中にも気品と叡智とすがすがしさに満ち溢れています。そしてなによりライトの突出したセンスがこの作品の内外のいたるところに光っていて、現在は修復され、国の重要文化財にも指定されている建築物です。

例えば正面ホールのガラスには、なんともモダンで可憐で美しい装飾が配されていますが、これももちろんライト氏の考案によるもので、これがこの校舎の中心であり象徴ともなっている部分。

さて、この番組で初めて知ったのですが、その装飾に近づいて目を凝らせば、なんと素材は着色されたベニヤであることがわかり仰天させられました。それだけではありません。美しい色に塗られた教室のドアや、その上部の欄間からヒントを得たという装飾も素材はベニヤなのです。

自由学園の創始者である羽仁吉一の夫人もと子さんが直接ライトに設計を依頼したそうですが、その折に云ったことは「予算がないので、できるだけ安い材料でつくって欲しい」というものだったそうです。
その意向を汲み取って、ライト氏は安い資材を多用しつつ、それでいてまったく独自の美しく洗練された、他に類を見ない校舎を完成させました。ライト氏は建物の内外装はもちろん、照明、机、イスなどもデザインしましたが、食堂などの机やイスは、安価な二枚板を貼り合わせ、繋ぎ目は朱色の効果的なアクセントにするなど、その意匠や造形は今の目で見てもきわめて洗練されたものです。

云われなければ、その美しい建築に感銘するだけで、まさかそんな安い素材が多用されているなどとは思いもよりません。

マロニエ君はこういう何でもないありきたりの素材を使いながら、価値という点では最高のものを作るという感性が昔から殊のほか好きでした。
高級でもなんでもないものから、ハッと息を呑むような優れたものを作ることは、素材そのものがもつ力をあてにできないだけ、作り手の才能や真の実力がものをいうのです。
優秀なシェフの手にかかれば冷蔵庫の残り物から、素晴らしいご馳走ができたりするのも同じです。

素材に頼らないぶん、素の技と美意識が問われますし、幅広い経験や本物を見てきた眼、自由でしなやかなアイデアも必要です。

たとえばの話、処分されるような素材から、人も羨むような素敵な家具などを作ることができたら、こんな愉快なことはありません。
高級品や高額であることを喜んだり、なにかというとモノ自慢をするのは大嫌いですが、もしこういうことができたら、そのときこそ大いに自慢したいものです。

もちろん最高の素材を使って最高のものを作るということを否定はしません。
たとえば、最近では式年遷宮を終えた伊勢神宮の内宮などはその最たるものでしょう。
しかし、そういうものはごく限られた特別なものだけに限定されていれば良く、通常はなにもかもが最高ずくしというのは、どこか物欲しそうで、却って貧しい感じがしてしまいます。

むろん素材なんて何でもいいと暴論を吐くつもりはありませんが、それよりも遥かに重要なのはセンスだとマロニエ君は思うのです。