力の管理

櫻井よしこさんの著書『迷わない。』(文春新書)を読んでいると、次のような記述がありました。

「お金を持つと、その人の性格が十倍も強調されて出てきます。立派な人は更に立派になり、だらしのない人は限りなくだらしなく、狡い人は限りなく狡くなります。そういう意味ではお金は魔物です。ですから自分に自信のない人は、お金は持たないほうがいいと思います。」
と書かれています。

前後の脈絡から云うと、ここでいう「お金」というのは、あるていどの大金というニュアンスですが、これは、まさに膝を打つ思いで、激しく頷きました。

マロニエ君の考えでは、この理屈はお金に限ったことではなく、もっと幅広い意味での、人を惑わす要素に共通する定理があるように思えます。
権力しかり、地位や学歴や肩書きしかり、他者と自分を明瞭に差別化する要素そのものが魔物であると思います。

これらの魔物は、上手く飼い慣らすことのできない人の手に落ちると、弱くて暗い心の奥に棲みついて、たちまち内側から侵食がはじまるように思います。

基本的に人は自信をつけることは大切なことですが、本物の自信は、奢りや勘違いや慢心とは違いますが、これがしばしば同一視され混同されやすいのも現実でしょう。

本来の自信は、人格や品位を高めるものであって、これが根を下ろして身につくには長い時間もかかり、まわりの認知も一朝一夕にはいきません。

「オリンピックで金メダルをとった」「ショパンコンクールに優勝した」というような場合は、一夜にして周囲の状況が変わることはあるかもしれませんが、これはあまり一般的ではありません。

いずれにしても、器に見合わないものがその人を支配すると、お金以外のことでも、櫻井氏の表現を借りれば「その人の性格が十倍も強調されて出てくる」わけで、これはもちろん短所も含むということです。これは本人が思っている以上に周りはその変化を敏感に感じ取りますが、悲しいかな本人にはなかなかわからないみたいです。

人は他者のことは苦もなくわかるのに、自分のことは見えずにわからないという典型です。
しかし、周りにとっても、しょせんは他人事ではあるし、これに正面切って異を唱える人はいませんから、いわば自己管理だけが頼りであり、その器や能力が問題になるのでしょう。

ここから失敗を招いたり信頼を損ねたりする場合もあり、結果から見ると、以前のほうがよかったという場合もあるのが人の世の難しいところだと思います。

ある方から聞きましたが、メディアへの露出もそこそこの有名な某演奏家は芸大の教授になったとたん、見てはいられないほど横柄な態度を取るようになり、大変な顰蹙を買っているそうです。ところが、ご当人は大きな肩書きと権力を得て天狗になり、自省のブレーキはかからないようです。

それを話してくれた人によると、「人間は、まわりが頭を下げるような地位に就くと、たちまち育ちが出てしまう」のだそうで、これはなるほど尤もなことだと思いました。
自分が頭を下げるうちはいいけれど、下げられる側になったときに、どういう反応を示すかで「育ち」が出るというのは、まさに真理だと云えるでしょう。

「育ち」のみならず、なにがしかの力を手に入れたときに、その人が辿ってきた人生や素顔など、早い話がその人の「地金」が白日の下に晒されるといってもいいかもしれません。