ETV特集「ストラディヴァリ〜魔性の楽器 300年の物語〜」という番組が放送されました。
昨年もストラディヴァリの番組がNHKスペシャルで放送されたので、てっきり再放送かと思っていたら、前回より放送時間が30分延長され、90分の番組になっています。
ということは前回の放送が好評で、単純に未発表映像を追加したロングバージョンだろうと考えたので、どんな映像が増えたのかと期待を込めて見てみました。
ところが、それは明らかに前回の番組をベースにしたものでありながら、同じシーンを探すほうが難しいくらい、多くの別映像で占められていました。表向きは未発表映像を放出するように見せつつ、その裏では隠された意図がさりげなく働いているようで、なんだか腑に落ちないような不思議な気分になりました。
ギトリスなどストラドを愛奏するヴァイオリニストのインタビューとか、船の事故でバラバラになった「マーラー」という名のチェロが見事に復元されて演奏されていること。19世紀に行われたネックの長さや角度の改造前の楽器の紹介など、今回はじめて目にする部分が随所にあった反面、前回あったはずのいくつものシーンが、あれもこれも割愛されてしまっているのは驚きでした。
そこにはある共通した要素があり、NHKの狙いというか、もっとはっきり云うと、後々問題になりかねないと判断されるシーンを徹底的に排除した結果だと推察されるものでした。
大きくは、やはり今どきの時代を反映してか、まず、何かを否定することに繋がりかねない部分はことごとく無くなっています。
前回にはあったクレモナの工房をナビゲーターのヴァイオリニストが訪ねて、そこで作られた新作ヴァイオリンを試弾し、「とても素晴らしかったが、ストラドはより…」といった感想を述べるシーンは、やはり新作を否定するものになるのか…。
あるいは元N響のコンサートマスターの徳永氏が、ある実験に際して「(無音響室でも)ストラドを弾くのは楽しいが他の楽器は楽しくない」という発言があり、これはマロニエ君も前回見たときに、ほんの少しおや?と思いましたが、それもなくなっています。
また、前回の放送では、ニューヨークだったか、ブラインドテストでカーテンの向こうでモダンヴァイオリンとストラドをアトランダムに弾いて、音だけで聞き分けるという試みがあったものの、そこに集まったヴァイオリンの研究家や製作者などの専門家達でさえ正しい答えが出せなかったというシーンも、今度はストラドの価値をおとしめるということになるのか、これもなくなっています。
さらには、最高傑作にしてほとんど演奏されたことがないため最も保存状態の良いストラドとして有名な「メシア」は、イギリスの博物館所蔵の特別なストラドですが、前回はこのメシアの美しい姿が鮮明な映像で映し出され、その来歴についてもかなり説明がありましたが、今回はすべてが削除がされ、「メシア」という名前さえ一切出てきませんでした。
これは一部の人達の間でささやかれる贋作疑惑があることに対する配慮ではないかと思いましたし、これ以外にも失われたシーンはまだまだあります。
その贋作疑惑ということにも繋がりますが、このところのNHKはしかるべき検証もないまま佐村河内氏の番組を制作・放映して謝罪した問題や、新会長の籾井氏の発言など、あれこれと失点が続いたために、かなり神経質になっているのではないかと思いました。
「あつものに懲りてなますを吹く」といいますが、このストラディヴァリの番組は、少なくとも前回のロングバージョンなどではなく、大幅な作り替えだったと思います。新しい映像が追加されて長時間視ることができたのは嬉しいとしても、はじめのバージョンを見た者にとっては、失われたものがあまりにも多く、NHKの都合でグッと安全重視の作りになっていたという印象です。
これはこれで面白く視ることはできたものの、前回の1時間のほうが、はるかにキレがよかったように思います。