新たな一面

ゴールデンウィークは多くの方が旅行などに行かれるのでしょうが、マロニエ君の連休はいつもながら至って平凡なものでした。

普段できない掃除やらなにやら、とりとめのないことを少しずつでもやっていくのも、地味ではありますが、それはそれで結構たのしかったするものです。

マロニエ君の自宅は福岡市の動植物園の近くなのですが、こどもの日を含む連休中には無料開放日などもあって、折りよく天候にも恵まれ、大変な人出で賑わいました。
自分がどこへもいかずとも、近所がそんな人出で盛り上がっていると、なんだかそれだけで満腹してしまって、何かに参加したかのような錯覚に陥るようです。

現在福岡市の動物園では、随時リニューアルが進められているうえ、民間企業にお勤めだった方がイベントの企画を手がけておられる由で、次々に新しい魅力的な催しが打ち出され、以前にはなかったような活況を呈しているようです。

ちょうどそんな中、午後から数名のお客さんがあるので近くにケーキでも買いに行こうとしましたが、通りに出ると大変な渋滞で、往復にも普段より時間がかかりました。駐車場はどこも満車で、みなさん車が置けずに焦っておられて、なかなか関係ない車でさえ通してくれなかったりで大変でした。


お客さんというのは、マロニエ君宅の古いカワイのGS-50というグランドを、ちょっとしたきっかけでコンサートチューナーの方に10時間近く調整していただいたところ、想像以上の結果が出たのでその試弾にピアノの知人が来てくれたのでした。

このカワイのGS-50は製造後、既に30年近くが経過しており、それほど酷使しているわけではないのでなんとか今でも使える状態ではありますが、本当なら弦やハンマーなどの消耗品はそろそろ取り替えた方が望ましいことはむろん認識しています。
そんなピアノですから、いまさらあれこれと手を加える価値があるのかといえば甚だ疑問ではありましたが、ある技術者の方との出会いがあって、差し当たりこのピアノをやっていただくことになったものです。

いまさらですが、技術者の中にもいろいろなタイプの方がおられます。
特定のピアノだけを手がけるスペシャリストの方、どんなピアノでも獣医のようにやさしく面倒を見る方、ステージ上の音造りにこだわりを持つ方、むやみにお金をかけずに最良の妥協点を探る方、タッチや音色のためにはあらゆる創意工夫を試みる方、満遍なくバランスを取ることを最良とする方、基本に忠実できっちり定規で測ったような調律をされる方、儲けは二の次でとにかく自分が納得できる仕事を旨とする方、料金が第一でやったことすべてを有料の仕事に換算する方、入手できない部品は作ってでも正しく根本から再生する方、調律師という名の通り調律以外は何一つされない方など、まさに千差万別だと思います。

この方は、他県で多くのホールのピアノの管理をしておられるだけあって、ピアノを「改造」するというようなことは(条件的に許されないからか)されずに、あくまで目の前の状況の中から最良の状態を引き出すというところに猛烈な拘りと情熱を持っておられます。

というわけで、ピアノの状態としては「現状」を変えずに、こつこつと小さな調整の見直しやセッティングの再構築などの微細な作業の積み重ねによって、そのピアノの最良の面を探し出し、それがときには新しい命を吹き込むことにもなるようです。
さて「新しい命」とまでは云いませんが、我がカワイも、記憶にある限りでの最良の状態を与えられて、このピアノにこんな一面があったのかというような素敵なピアノになりました。

一番の特徴は、まずとてものびやかで健康的になり、ひとまわりパワーが増したことと、併せて落ち着きまで出たことです。音には上品さが備わり、キンキン鳴る反対の、馥郁とした響きの中にしっとりした音の芯があり、やわらかさの中からメロディラインが明瞭に出るピアノになりました。
また、パワーが増したのに、繊細さの表現もより自在になっているのは望外のことでした。要は表現の幅が強弱両側に広がったと考えれば納得がいく気がします。

自分で弾いてもこれらのことは感じていましたが、ピアノは他の人に弾いてもらうことにより、より客観的に聴くことができるものです。
もともとが大したピアノではないという諦めがあるだけに、よくぞこのピアノをここまで復活させてくれたもんだと感心させられました。とくにコンサートの仕事をしておられるせいか、整音と調律はコンサートピアノのそれに通じるテイストがあって、しっとりした落ち着きと華やかさが同居し、全体の構成感みたいなものがうまくバランスしているのは感心させられました。

「ピアノはおもしろい」といまさらのように思いました。