最良の嫁ぎ先

10年ぐらい前だったか、友人が当時幼稚園ぐらいの子どものためにピアノを買いたいということで、ヤマハの小型アップライトを知り合いのピアノ店を通じてお世話したことがありました。

ところが、その子があまりピアノを弾くこともないまま月日は流れて、今年は高校に通う歳となり、もう要らないから手放したいということになりました。
マロニエ君としても購入時にお世話した経緯もあったので購入した店にその意向を伝えてみたものの、買い取り価格は相当安いものでしかなく、それならばということで欲しい人を当たってみることになりました。

その友人宅は遠方ということもあり、その後そのピアノがどういう使われ方をしたかは知りませんでしたし、たしか小型の木目ピアノだったことを覚えているぐらいでした。

手放すことになってから、そのピアノの写真が送られてきたのですが、そこに写っているのは、ザウターなどにありそうな明るい木目の、小さくてなんとも愛らしい素敵な姿でした。
高さも最小限で、デザインもシンプルで明快、良い意味で日本のピアノ臭さがない、いかにも垢抜けた感じ。インテリアとしてもまことに好ましく、見るなりその魅力的な姿に引き込まれてしまいました。

もちろん、買ってくれそうな相手がいればお世話はするとして、こんな可愛いピアノなら、音は二の次で自分で欲しいなぁ…などといけない思いがふつふつと湧き上がりました。それからというもの、ずいぶん空想を巡らせましたが、結局どこをどう考えてもマロニエ君宅にこのピアノをそれらしく置く場所はないことを悟ります。

物理的にどうにか置けたにしても、やはりピアノは弾かれることが前提ですから、ただ物置のようなところに放り込むわけにもいきません。ピアノにはピアノに相応しい、それなりのしつらえというものが必要ですが、それは現状では無理でした。
まあ下手に置き場所があってはろくなことになりませんので、これは幸いだったと見るべきかもしれません。

そんな折、ピアノが好きなある友人と電話でしゃべっていて、ついこのピアノの話になりました。マロニエ君はただの雑談のつもりでしたが、電話の向こうの相手は、たちまちこの話に乗ってきたのは思いがけないことでした。
その人はすでに好ましいグランドを持っており、距離も遠いので、まったく対象外だったのですが、マロニエ君にも変な気持ちが起こったように、本当にピアノが好きな人は、要らなくても欲しいという気持ちが湧き上がるのも自然な心情でしょう。マニアというものは、無駄なもの、不必要なものに、ナンセンスな情熱を傾けて喜ぶ種族のことでもありますから、これはちっとも不思議ではないのです。
ならばというわけで写真を送ると、その気持ちにはいよいよ拍車がかかり、「ぜひ欲しい」「買う」「決定」というところまでいきました。

しかし、翌日になって自宅の置き場所を検討した結果、どうしても床暖房の上にしか該当するスペースがないことが判明したらしく、床暖房はピアノの大敵でもあり、この一点で諦めることになりました。

これがバイオリンやフルートなら、置き場所の苦労はありません。この点がいかに小型アップライトとはいってもピアノという楽器の生まれもつ不自由さだと思います。

その後、このピアノはこれからピアノをはじめるかわいい姉弟のもとへ嫁ぐことになりました。
まあ、冷静に考えれば、マニアからペット飼いされるより、それが一番良かったと思います。