弱音器

ユーラ・マルグリスによるシューベルトのCDを聴きました。

マルグリスは親子数代わたるピアニスト/音楽家で、派手な人ではないけれど、自分なりの道を行く人だという印象です。
楽器としてのピアノにも興味やこだわりがあるのか、ホロヴィッツのピアノを使ったライブCDもあるようですが、これは残念ながらまだ入手できていません。
ただこの人、どちらかというとマロニエ君の好みのタイプではありません。

そしてこのシューベルトのアルバムは、マルグリスの演奏ではなく、そこで使われるピアノに興味がわいて購入したものです。
CDの説明によると、歴史的楽器を使う予定だったが求める響きが得られず、現代の楽器に「当時の楽器の特徴である弱音器を組み込んで」の演奏であることが記されており、さらに「試行錯誤の結果生まれた独自の響き」とあり、いったいどんなものか聴かずにはいられなくなりました。

帰宅して中を開けてみたところ、それはシュタイングレーバーの協力を得て作られたCDであることが判明、録音も同社の室内楽ホールというところで行われたようです。
ピアノはD-232というわりと近年に出たモデルで、それ以前にあった225とかいうモデルの後継機かと思われます。

カバー写真には、さりげなくこのピアノの秘密が写されています。
ハンマーの打弦点に接近したところへ幅にして数センチの赤いフェルトが帯状に仕組まれ、おそらくはペダルを踏むと、この薄いフェルトの帯が弦とハンマーの間に介入してソフトな音色を生み出すのだろうと思われます。
だとすれば、これはアップライトの真ん中の弱音ペダルと同じ理屈のようにも思えますが、写真で見るフェルトはごく薄いもののようで、その目的があくまで「音の変化」にあることが推察できます。

さてその音はというと、耳慣れないためかもしれませんが、このペダルを使ったときの音とそれ以外の音との対比が極端で、一台のピアノとしてのまとまりという点で個人的にはやや疑問が残りました。
弱音器を使ったと思われる音はウルトラソフトとでも表したい、きわめて美しいまろやかなものでした。ただその変化に気持ちがついていけず、これを耳が受容するにはもう少し時間がかかるのか…ともかく現在はむしろバラバラな感じに聞こえてしまうというのが率直なところです。

ちなみに最近のシュタイングレーバーの「CD」から共通して聞こえてくるのは、フォルテ以上になるとエッジが立って少し音があばれるような印象があるためか、よけい弱音器使用時とのコントラストが際立って感じられてしまうのかもしれません。

個人的にはもう少し抑制の利いていた以前の音のほうが濃密な感じで好ましかったように思いますが、シュタイングレーバー社で録音された演奏であることから、これが現在の同社が考える最良の音のひとつ、もしくはこのメーカーが是としている音の方向性であると解釈していいのかもしれません。

ここで使われた「弱音器」と同類のペダルといえば、ファツィオリの大型モデルには4番目のペダルとして打弦距離を変化させる機構があるようです。これも弱音域の手数を増やして、より多様な表現を可能にすべく開発されたものでしょうから、それぞれ方法は違いますが、そのチャレンジ精神には敬服させられます。