現在の日本では、もはや老大家の部類に入るであろうピアニストの著書を読了しました。
毎度のことで恐縮ですが、やはり今回も実名をわざわざ書こうとは思いませんので悪しからず。
マロニエ君は残念ながらピアニストとしてこの人の演奏が好きだったことはこれまで一度もないけれど、以前、この人のファンクラブのお世話役をされている方から、このピアニストが出した本をいただいて、せっかくなので読んでみたことがありました。
そのときの感想は、内容云々より、その自然な語り口というか、力まないきれいな日本語の文章で綴られているところが意外で、演奏よりそちらのほうがよほど好印象として残りました。
さて、今回の本は書店では目にしていたものの、まともに買って読む気はなかったところ、たまたまアマゾンで本の検索をするついでにこの人の名を入力してみると、あっさり中古本が出てきました。
価格もずいぶん安いので、ちょっと迷いつつも遊び半分に[1-clickで買う]を押してしまったのでした。
ほどなく、ほとんど新品のような本が届きました。
さっそくページを繰ってみると、ああこの人だと覚えのある文章でした。内容には感心がないのでさほど熱心に読む気にはなれなかったものの、別の本に飽きたときに、ちょっとこちらを開くという感じで、のろのろしたペースで流し読みのようなことをしていましたが、読み進むうちに、なんだかふしぎな違和感のような…なんともつかないものを感じ始めました。
文章そのものは相変わらずおだやかで、率直さと、いかにも文化人風の雄弁さがあるけれども、なにか根底のところに自分とは相容れないものがあり、それを意識しだすと、その違和感はしだいに確実なものとなりました。やがて本も佳境に入る頃には、もうそればかりが意識されます。
それをひとことで言うのは躊躇されますが、強いて云うと、その飄々とした自然な感じの文体が、まるで巧みなカモフラージュであるように、大半がご自分の自慢話に終始していることでした。
表向きは、ただ音楽が好きで、ピアノが好きで、美しい自然を愛し、名声や贅沢には興味もなく、常に自然体、心もすっかり脱力しているといわんばかりの語り調子に見えますが、その奥に確固とした野心の働きが見え隠れすることはかなり驚きでした。
やわらかな文章を思いつくままに綴っただけですよ…というその中に、狙い通りの裏模様を出す糸をそっと織り込むように、言いたいことはサラリと臆せず遠慮なく、しかも確実に語られていくのは呆気にとられました。
そんならそれで、こっちもその気構えをもって読むと、上辺のイメージと、巧みに隠されたマグマのような野心の対比は却って面白いぐらいでした。
人は歳をとれば丸くなるもの、俗な贅肉はそぎ落とされるものと思ったら大間違いで、慎みや遠慮や謙譲の心が失われているのは、なにも現代の若者だけではないことがわかります。むしろ今どきのスタミナのない若者なんぞ、とてもこのご老人には敵わないと思います。
それで思い出したのですが、この方の表面的なイメージからは俄には信じられないような噂を、これまでにもいくつか聞いたことがあり、そのときはへええと笑って過ごしましたが、今にして深く納得してしまいました。
誤解を恐れずに言うと、ピアニスト稼業なんてものは、それぐらいの図太さ逞しさがなくてはやっていけないものかもしれないとも思いました。