主治医さがし

ピアノが好きな知人で、マロニエ君とはまったく違う地域に在住される方が、昨年、東奔西走の末にめでたく中古グランドピアノを購入されました。
購入にあたって、弦やハンマーなど主立った消耗品が交換され、その上での納入ということになったようです。

納入後の調律も終わり、これからいよいよ自分好みのピアノに育てるべく、春ごろから主治医さがしが始まった様子でしたが、なかなかこれだという人が見つからないようです。
まったくのエリア違いから紹介もできず、せめてマロニエ君もネット検索を一時期お手伝いしましたが、これもやってみると簡単ではないことを痛感しました。

ピアノ業界に限ったことではありませんが、ブログなどでそこそこ好印象が得られても、それはあくまでネット上でのことで、実際に会って、顔を見て話をしてみないことには人というのはわかりません。
また、ひとくちに技術者(一般にいうピアノ調律師)といっても、技術の巧拙だけでなく、人柄、流儀、価値観、料金等々が実にさまざまで、要するに当たり外れがあるのも事実です。

長いスパンで釣り糸を垂れておけば、いつの日か自分が求める技術者と出会うこともあるかもしれませんが、これを短期集中的に探し、しかもハズレがないようにするとなると、これは一筋縄ではいきません。

そもそも技術者のHPやブログなどは宣伝目的であることがほとんどで、当然いいことしか書かれていないのは業種を問わず同じでしょう。さらに信頼できる業界筋の話によれば、本当に一流のピアノ技術者として周囲から認知されている人は、決してネット上には出てこない(一部例外あり)というジンクスがあるそうです。
それもあって、その人達の自意識としては、HPを持たないことが逆のステータスでもあるそうで、こうなるとますますもって主治医さがしは困難を極めます。

すでに、これまでにも数名の有名無名の技術者が下見にやって来たそうですが、各人でその見立てや価格にも少なくない違いがあったり、人間的にソリが合わないなど、決め手を欠いているとのこと。

ブログとはかけ離れた雰囲気であったり、技術者としての見識を疑うような発言、買ったばかりというのにいきなり別のピアノのセールスをする、やたら部品交換を必要と言い立てる、あるいはしっかりと自分の自慢話ばかりして帰った…等々で、どれも決め手に欠ける方のオンパレードのようでした。

さらに驚いたのは、費用もそれなりのものになるため、よく検討したいと伝えたら、いきなり逆ギレされた、あるいは穏やかな人が他の技術者の話題になったとたん態度を一変したなど、ちょっと信じがたいような内容が続いたことです。

いまや医師でも患者への丁寧な説明が求められ、セカンドオピニオンなども快く受け容れる時代であるのに、ピアノの技術者の世界では、素人は専門家の云うことに盲目的に従って当たり前といった旧態依然とした体質が根底に流れているのだろうかとも思います。

専門分野というものは、一般人がわからない世界だけに、なにより信頼できる人柄であることは特に大切な要素になります。
人によっては、相手が素人となると、専門知識を武器に成り行きをコントロールしようとする傾向が往々にしてあるのも否定できません。ご当人はアドバイスだといいたいところでしょうが、コントロールとアドバイスは似て非なるもの。
ここで言っておきたいことは、人は専門知識がなくても、自分がコントロールを受ける対象になると、本能的にそれを察知する能力があること、さらにそこに必ずしも専門知識は要らないということです。

つまり専門家が思うほど、シロウトは実はバカではありません。
専門知識はなくても、どこかが変、なにかが腑に落ちない、腰は低いが印象が良くない、言行一致していないなど、危険を知らせるシグナルが心の奥で点滅することが時として発生し、そんなときは潔くやめておいたほうが賢明です。

相手が専門家でも決して言いなりになることなく、自分の「勘働き」というのもは大事にすべきだというのがマロニエ君の持論です。
自分の勘に背いて、欲望を先行させたり、理屈を後付けしたようなとき、大抵は失敗しているなぁと自分で思うのです。