タワーレコードを覗いてみると、バーゲン品を集めたワゴンが並ぶ一角に、さらに特別とおぼしきひとまとまりがありました。
そこはどうやら最終処分場らしく、見たこともないようなレーベルや演奏家のCDばかりが集められ、なるほどこれは常設の棚はおろか、セール対象にしても簡単には売れないCDであろう事は察しがつきました。
あまのじゃくのマロニエ君としては、そういう場所こそ捜索してみる意欲が湧いてくるというもの。しかもお値段は、元が2千円台の輸入物ですが、すべて454円と、732円という2種で、これは滅多にないチャンスと決死の気分になりました。
その中に、大きなパッケージ入りのスクリャービンのピアノ作品集の4枚組があり、これのみ1280円ですが、これがなんと「Estonian Classics」というエストニアのレーベルで、ピアニストもエストニアのVardo Rumessenという聞いたこともない人でした。
スクリャービンは、古いものではソフロニツキー、現役ならソナタではウゴルスキ、それ以外ではベクテレフのもので一応の満足を得ていたので、いまさらよくわからないピアニストのCDを買ってまで聴く価値があるだろうかという気持ちはありました。
しかし、エストニアといえばロシア圏では有名なエストニアピアノの生産国であり、もしかしたらこれはエストニアピアノの音が聴けるかもしれないと思った瞬間、購入する気になりました。
帰宅してすぐ、何枚も厳重に包まれたセロファンを引きはがし、ようやく中を開きますが、そもそもこのCDのパッケージは普通のCDの2倍の面積はあろうかという大きなもので、それを三面鏡のように左右に開くと、両端に上下2枚ずつのCDが左右に配置された4枚組となっており、真ん中がブックレットになっています。
凄まじいのはそのデザインで、後年は神秘主義に傾倒していったスクリャービンを表現しているのか、内も外も黒バックに無数の星がばらまかれたようで、ほとんどSF映画かクリスマスのようなでした。
さて、データの覧に目を凝らしますが、1枚目はスタインウェイ、2枚目は録音時期が入り乱れており使用ピアノは明らかにされてません。3枚目の17曲のプレリュードもスタインウェイですが、後半のソナタ3/4/5、および4枚目のソナタ6/7/8/9/10ではなんとブリュートナーでした。
Rumessen氏の演奏はエチュードなどでは、いまひとつ詰めが甘いというか完成度がもうひとつという感じでしたが、ソナタでは一転して集中力と燃焼感のある演奏で、とくに好きな4/5番などはずいぶん繰り返し聴きました。
残念ながら録音のクオリティが高いとは言えず、ピアノも最良のコンディションとは云いかねるものでした。それでも、スタインウェイは少し古いものと思われ、大雑把な調整ながらもよく鳴っていたのは印象的でしたし、なによりもブリュートナーによるスクリャービンというのは、マロニエ君にとっては初の組み合わせだったので、これが聴けただけでも買った甲斐があったというものです。
ソナタの演奏が特にすばらしく感じられ、作品、演奏、ピアノを統合して堪能できましたし、スクリャービンとブリュートナーの相性の良さは、まったく思いがけないものでした。
ブリュートナー特有の、音の中に艶のある女性的な声帯が潜んでいるようなトーンが、スクリャービンの音楽の、襟元が乱れたような魅力に溶け込むようで、妖しさがより引き立っていたようでした。調整がそこそこなのか、音色があまり洗練さず時には混濁気味だったりするものの、必要以上に整えられた音でないのも、こういう音楽にはむしろ風合いを添えてくるようで、作品とピアノの相性の良さに唸りました。
Rumessen氏はこういう効果を狙ってブリュートナーを選んだのか、たまたま録音する場所にブリュートナーがあったからそれを弾いただけなのか、そのあたりは疑問ですが、結果としてはとてもおもしろいCDでした。
エストニアの音は聴けなかったけれど、ブリュートナーが立派に代役を果たしてくれた気分です。