Bの魅力

ラ・フォル・ジュルネ音楽祭の音楽監督、ルネ・マルタンによるレーベル「MIRARE」からリリースされる、アダム・ラルームというピアニストの弾くブラームスの作品集のCDを購入しました。

中を開けてみると、ジャケットの最後の頁に掲載されている写真は、以前から見覚えのあるもので、「ああここか」と期待とも落胆ともつかない思いが込み上げてきました。
見覚えというのは、以前買ったアンヌ・ケフェレックによるヘンデルやヌーブルジェのハンマークラヴィールのCDがここで収録されたもので、フランスのヴィルファヴァール農場 (la Ferme de Villefavard) というホールに於ける録音です。

農場という言葉から推察されるように、見るからに巨大な納屋だか倉庫だかを音楽ホールに作り替えたとおぼしき施設で、レンガの壁とむき出しの梁などがいかにも無造作で、おもしろいといえばおもしろいけれど、こういう危うい取り合わせには絶妙なセンスが必要で、ヨーロッパならではのものだと思います。

彼の地では、それだけの文化的土壌を拠り所として「なるほど」と感じるものがありますが、近ごろは日本でも田舎の古い家屋などを改修し、そこで拙い商売やイベント開催といった事が流行っているようですが、あれはどうも個人的には馴染めません。
むろん中には稀にいいものもあるのかもしれませんが、多くはコンセプトもなにもない素人の趣味の延長のような趣で、当事者だけの自己満足の域を出ていない印象です。


話が逸れましたが、ヴィルファヴァール農場のホールには比較的新しいスタインウェイのBがあって、音響の素晴らしさなどから、ここでいろいろなコンサートや録音が行われているようです。

響きはたしかにクリアでひろがりのある素晴らしいものだと感じますが、ピアノの音があまりにブリリアントなキラキラ系の音で陰翳がなく、それがちょっと好みではありません。
ひとつひとつの音が磨かれたように美しいのは結構なようですが、まるで屈託のない美人みたいな音で弾かれると、どことなく作品が浅薄な奥行きのないものに感じてしまいます。また、ピアニストの演奏から出てくる表現の妙なども聞こえづらく、俗っぽく聞こえてしまうのは残念な気がします。

これはケフェレックのヘンデルでも同じような印象がありました。
このディスクは極めて高い評価を得ているようですが、マロニエ君にはキラキラした音の羅列ばかりが耳について、演奏そのものへ意識を向けるのに難渋した記憶があります。
(ヌーブルジェはベートーヴェンの収録に際してはヤマハを運び入れているようですが)

それはそれとして、スタインウェイのBは完結した個性を有する素晴らしいピアノだと思います。音の輝きや表現性はそのままに、全般に響きがコンパクトで、これが弾く側にも目配りが利いて扱いやすいのか、いわゆるまとまりが良いと評される所以だと思います。

B型で収録されたCDというのは滅多にありませんが、ピアニストがより内的な表現を目指す、あるいはDの響きが過剰というような場合に、これはひとつの賢明な選択のようにも思います。
音色自体もピアノのサイズからくる軽さと親密感があり、コッテリ系を嫌うフランス人などは状況に応じてこちらを好んでも不思議ではないと思います。

オーケストラでいうと室内管弦楽団のようなキレの良さで、よりピアノらしくもあり軽い身のこなしが身上というところかもしれません。
大規模なステージではDが欲しいところですが、このように静寂の中へマイクを立てて行われる録音では、Bは私的でデリケートな音楽作りを可能にしてくれるのかもしれません。