過日は知人から事前に教えてもらって、日本の現役最高齢ジャズピアニストである秋吉敏子の現在を追った番組を見ることができました。
ニューヨーク在住、御歳84だそうで、普通なら健康に毎日を過ごすだけでも難しくなるというのに、いまもって新しい編曲やステージに挑戦しているのですから、その驚くべきタフネスと音楽に対する情熱には恐れ入りました。
とりわけジャズにとってパッションやビート感は命で、これが弛緩することは許されないことでしょうし年齢が言い訳にはなりません。毎日の欠かさぬ練習や本番ステージという勝負の場を抱えながら、それが維持されているのは驚異というほかありません。
有り体にいえば感心だなんだという言葉になるのかもしれませんが、ここまでくると、生涯ひとつの道を歩んできた人の「本能」なんだろうとマロニエ君は考えます。
もちろん大変なことではあるけれど、おそらくは「やっていないと調子が悪い」というところにまで脳や身体がすっかりそういう作りになっているんだろうと思いました。
なんとなく思い出したのは90歳を越えた瀬戸内寂聴で、いつだったか伊藤野枝や平塚らいてうなどを中心とする明治の情熱的な女性達を語る番組をやっていましたが、そこで話をする寂聴さんの驚くべき饒舌、記憶力、古びない感性、立て板に水を流すようなトークのスピードなど、それはもう大変なものでした。
世の中にはこういう例外的な存在というのがあるもんだと感嘆させられますが、秋吉さんもおそらくそっちの部類なのでしょう。
夫はサックス奏者、娘はヴォーカルといずれもジャズミュージシャンで、孫もその道の修行を始めつつあり、まさに音楽に囲まれた生活のようです。忙しく家事をこなし、人に料理をふるまい、そして練習や創作を怠らない生活はさぞや充実したものだろうと映りました。
マロニエ君はどうしても出てくるピアノにも目が行ってしまい、ときどきそんな自分が嫌にもなりますが、秋吉さんのニューヨークの自宅にあるのは意外にもヤマハでした。意外というのは、以前も何かでこの場所の映像を見たことがありましたが、そのときはメーカーは忘れましたがビンテージ系のピアノだった覚えがあったからです。
意外ついでに云うと、置かれたピアノの向きが不思議で、レンガ状の壁に高音側をくっつけるようにして置かれていることです。通常ならグランドは、直線のある低音側を壁と並行もしくは斜めに置くのが一般的で、大屋根も高音側に開くのでどうしてもそっち向きになるものですが、これは余人には窺い知れない理由があるのでしょう。
郊外の仕事場や秋吉さんが演奏するジャズクラブにはニューヨーク・スタインウェイ、日本でのコンサートではベーゼンドルファーやファツィオリなど、いろいろなピアノが入れ替わりに出てくるのも楽しめました。
中でも圧巻だったのは、秋吉敏子を中心に日本の各ジャンルのピアニスト達が集まった様子で、サントリーホールのステージには実に6台のヤマハCFXが並べられ、いかにもこの公演のため会社の威信をかけて運び込んだという感じでした。
秋吉さんは車のドライバーとしても現役のようで、ニューヨークの道をドライブしながら話します、「ジャズミュージシャンは反射神経が猛烈に発達しているから事故はあまりないと思う」。
へええ…クラシックでは、ミケランジェリやグールドの運転は、同乗者の証言によると「生きた心地がしなかった」ほどお粗末なものだったようで、その点でジャスは違うということなんでしょうか。