エデルマンのショパンアルバムに聴くスタインウェイが、久々に逞しいパワーと深いものをもったピアノだったので、このところ虚弱体質の新しい同型が多い中、まだまだこういうピアノも存在していることがわかって溜飲の下がるような、あるいはホッとするような思いがしたものです。
エデルマンの演奏はやや強引なところがあるものの、この好ましい英雄的なスタインウェイサウンドを聴く快感を味わいたくて、ずいぶん繰り替えし聴きました。
データには収録場所が、富山の北アルプス文化センターと記されており、なんでそんなところへわざわざ遠征して録音するのだろうとはじめは思っていました。以前も同じレーベルで、ある日本人が弾くリストのアルバムを購入してたところ、これが演奏といい録音といい、およそマロニエ君の好みからかけ離れたもので、我慢して2回聴いてあとは完全なほったらかしとなっていたのです。
そのときも北アルプス文化センターとあったので、きっと楽器も会場もよくないのだろうと思った記憶がおぼろげにありましたが、エデルマンに聴くピアノの音がただならぬものなので、もしやと思ってあれこれ検索してみることに。
すると、北アルプス文化センターは、そこにあるスタインウェイが評判がよい由、さらにはホール側も録音に協力的なためにここで録音するピアニストが多いというような書き込みを目にしました。
へえー…そうだったんだ!と思って調べてみると、ここは1985年ごろのオープンなので、おそらくその時代のスタインウェイが納入されていると考えていいでしょう。この時期は近代のスタインウェイではマロニエ君の最も好きな時代のひとつなので、聞こえてくる音の充実感に膝を打ちました。
こうなるといてもたってもいられず、別のディスクも聴いてみたくなり、とりあえずここで録音したピアノのCDを探すことに。
その結果、菊地裕介氏の弾くシューマンのダヴィッド同盟やフモレスケのアルバムが見つかり購入。レーベルはやはり同じオクタヴィアレコードです。
2日後ぐらいに届いて、さっそく鳴らしてみると、冒頭のアレグロh-mollが始まるや、なにかが上から降りそそいでくるかのような華麗で重厚な美音の雨に総毛立ってしまいました。
録音もエデルマンのショパンほどマイクが近すぎず、さらには菊地氏はエデルマンのように強引な打鍵ではなく、より自然な過不足のない鳴らし方をしており、音としてはずっと好ましいものだったことも収穫でした。
絢爛とした甘くてリッチな音色、美しい鐘のような低音、現代性と圧倒的なタフネスを兼備して、ひとつの完結された個性がそこにあり、まるで生命体が発するようなオーラを感じます。
こういう音に接すると、やはりある時期までのスタインウェイは他を寄せ付けぬピアノだったことを思い知らされますが、その後は音質はもちろん、ピアノとしての潜在力がじわじわと下降線を辿り始めたのはただただ残念というほかありません。
どの時代のスタインウェイがもっとも好ましいかという意見はいろいろあって、80年代のものでも厳しい人はダメだと一蹴されるでしょう。しかし、マロニエ君はせめてこの時代ぐらいまでの音質を維持していれば、他のメーカーの猛追に脅かされることもなかったように思います。
この時代までは、かりそめにもこのブランドに相応しい魔力のようなものを感じる雲の上のピアノでしたが、それ以降は少しずつ飛行機が高度を落としていくように、雲の下まで降りてきて、現在は高級な量産品の音になっているというべきかもしれません。
あとは賢明な判断力のあるホール管理者が、安易な買い換えなどをせずに、佳き時代のピアノをできるだけ大事に使っていってほしいと思います。
名のある演奏家などが、「ホールのピアノはほぼ10年で寿命となる」などと、堂々と発言したりするのを目にすると、楽器屋と結託しているのかと本当に驚いてしまいます。