玉石混淆

これは名前を出すべきではない内容だと思われるので、一切の固有名詞は伏せての文章となることを予めお断りしておきます。

あるピアニストのことを採り上げた本を読んでいると、マロニエ君もむかし一度だけ行ったことのあるピアノ店の名前がしばしば出てきました。この店ではピアノを販売するかたわら、音楽教育にも熱心なようで、様々な先生や演奏家を招いて講習会などを開催したり、中には海外のピアニストを招いてのレッスンまでやっているということが書かれています。

どんなものかと興味を覚え、この店の名を検索してみると、すんなりホームページにアクセスすることができました。

そのトップページに、なんだかちょっと気になるピアノの写真が出ていますが、詳細に見るには小さくてよくわかりません。全体としてはスタインウェイのように見えるものの、どうもそうでもない…。

そこでこの会社の取り扱いピアノを見てみると、その中に、これまで聞いたこともない仰々しいネーミングのピアノが紹介されているのを発見。それは世界的に有名なある建造物の名で、そんなブランドのピアノがあるなんて、すくなくともマロニエ君はまったく知りませんでした。

説明によれば、ずいぶん古い歴史のあるブランドのような記述があるものの、ほどなくこれは中国製ピアノであることが判明。
中国メーカーがよく使う手で、廃絶したヨーロッパのピアノブランドの商標を安く買い取ってはなんの繋がりもないピアノにその名を冠し、さも由緒正しきピアノであるかのようにでっち上げるというもの。

このピアノ、実を言うとマロニエ君にはちょっとした心当たりがありました。
数年前、上海のあるピアノ店を覗いたときのこと、スタインウェイのA型と瓜二つの外観をもったピアノが置かれていましたが、鍵盤蓋に刻まれた名前は日本のある県名のようでまったく意味不明、書体もダサダサ、音はビラビラのまさに三流品以下といったものでした。
しかし全体のフォルムから細かなディテールにいたるまでハンブルク・スタインウェイそのもので、まさに外観はModel-Aのコピーといって差し支えないものでした。
さすがは中国!ピアノもここまでやるのかと呆気にとられたものでした。

後でこのピアノのことをネットで調べてみると、上海のピアノメーカーのようで、その日本的な名前が何に由来するのか、中国語ではまったく知ることはできませんでしたし、それ以上の努力をしてまで知りたいという意欲もありませんでした。

話は戻り、日本で売られているらしい、この仰々しい名の付いたピアノは、おそらく上海で見たあのスタインウェイもどきだと直感しました。むろん確たる裏付けはありませんが、細かいディテールに関することもあり、おそらくそうだと思います。さらに中国産ピアノでは、まったく同じピアノにあれこれの名前をつけ換えて別ブランドにするなど朝飯前です。

それにしても、それほど教育活動にも熱心で、海外の一流ブランド品まで取り扱うようなピアノ店が、なぜこんな怪しげなピアノを売るのか、そこが理解に苦しみます。
もちろん中国製ピアノは粗利が多いのだそうで、おそらく仕入れ値などは信じられないほど安価なんでしょうから、営業サイドからすれば儲かると判断したのかもしれません。でもこんなピアノを扱うことで店のイメージは大いに損なわれ、ひいては利益どころか取り返しのつかないマイナスだとマロニエ君が経営者だったら考えるでしょう。

ましてや世界的名器に混ぜ込むようにして、そんなピアノを販売するということは驚き以外のなにものでもありません。最高ランクのものを熟知している店が販売しているのだから、決して変なものではありません、良心的なピアノですよ、という言外の品質保証を匂わせているようなものです。

聞くところではウソの名人というのは、真実の中にウソを巧みに織り込んでいくのだそうで、世界的名器や著名ピアニストに混ぜてこんなピアノをお買い得品として推奨するのは、ある意味最も悪質という気がします。

動画でそんなピアノの宣伝の片棒を担がされている先生やピアニストも、ただただお気の毒というほかはありません。