小さな巨人

ピアノ仲間が久しぶりに集まりました。

ピアノ弾き合いサークル系は苦手なマロニエ君ですが、こうして個人同士で声かけあって顔を合わせるのは大歓迎で、楽しい時間を過ごすことができました。

今回は戦前のハンブルク・スタインウェイをお持ちの方の自宅に集まっておしゃべりをし、気が向いた人がピアノを弾くというゆとりある時間のすごし方でした。

ここにあるのはスタインウェイのグランドの中では一番小さなModel-Sで、奥行きはわずか155cmに過ぎませんが、ドイツでリニューアルされており内外はピカピカ、木目もあでやかで、なにより全身が発音体のように鳴り切るのは、いまさらながらスタインウェイの伊達じゃない凄さを感じずにはいられません。
まさに小さな巨人と呼びたくなるような極上のピアノです。

奥行き155cmといえば、ヤマハでいうならC1よりも小さく、定番のC3とくらべると31cmも短いのですから、いかにスタインウェイとはいえ、そこはサイズなりのものでしかないと思うのがふつうでしょう。
ところが、そんな常識がまったく通じないところがスタインウェイのすごさで、サイズからくるハンディは実際には微塵も感じません。もちろん同様コンディションのより大きいモデルを並べればさらなる余裕が出てくるでしょうが、一台だけ弾いているぶんには、まったくそれを感じさせない点はスゴイ!というよりほかありません。

とくに通常の小さなピアノでは避けられない低音域の貧しさ、音質の悪さは如何ともしがたく、あきらめるしかない点ですが、このピアノではそんな言い訳もあきらめもまったく無用です。

このピアノの購入にあたっては、マロニエ君もいささか関与した経緯もあって、それがあとから疑問を抱くようなことになれば責任を感じるところですが、このピアノは弾かせていただくたびに新鮮な感銘を覚えます。
実はこのピアノのオーナーは、購入時このピアノの存在は知りつつも、スタインウェイ購入ともなれば大型楽器店からの購入を本意とせず、むしろ名のある技術者がやっている専門店から、その技術もろとも買いたいというこだわりを持っておられました。

むろん名人のショップにも足を運び、そこにあるハンブルクのA(こちらもリニューアル済み)にかなり傾いておられたのですが、マロニエ君としてはもうひとつ納得が行かず、大型楽器店にあるSのほうが断然いいと感じたので、こちらを強く推奨しました。

もちろん最終的にはご当人が正しい決断が下されてこのピアノを買われた次第ですが、それは数年を経た今でもつくづく正解だったと思います。
このピアノは商業施設のテナントである有名な大型楽器店の店頭に置かれていましたが、ずいぶん長いこと売れない状態でした。おそらく店の雰囲気とスタインウェイという特別なピアノのイメージがどこかそぐわず、このピアノの有する真価が見落とされてしまったものと思います。

今どきのような表面上のキラキラ系の音ではなく、輪郭と透明感がある太い音、加えてコンパクトなサイズをものともしないパワーがあって、このピアノなら、会場しだいではコンサートでもじゅうぶん使うことが可能だと思います。

とくに、ちょっと離れた位置で聴くその艶やかな音は感動ものです。
この日、全員が体感したことですが、ピアノに手が届くぐらいの距離で聴いているといろいろな雑音が混ざって生々しい音がするのですが、そこからわずか2〜3m離れただけで音は激変、まるでカメラのフォーカスがピシッと決まるように美しい音となり、流れるように広がります。
それはスタインウェイがどうのと云うより、純粋にみずみずしく美しいピアノの音で全身が包まれるようで、マロニエ君もいつかこんなピアノが欲しいものだと思ってしまいます。

もちろん戦前のピアノには長年の管理からくる個体差も大きく、リニューアルの仕方によっても結果はさまざまで、すべてのヴィンテージスタインウェイが同様だと云うつもりはありません。
でも、丹念に探せば、中にはとてつもない魅力にあふれた個体があることも事実です。