ケータイあればこそ

つい先日、ケータイは疲れるということを書いたばかりで、その舌の根も乾かないうちにこんなことを書くのもどうかと思いましたが、ケータイの威力を心底痛感させられる経験をするハメに。

実家に帰省していた友人が東京に戻るというので、空港まで車で送ってやることになりました。
19:20分発だそうで、日曜で道が混んで慌てるのもイヤなので、少し早めに出て話でもしながらゆっくり向かおうということで、17:30少し前に家を出ました。友人の家までは約15分。

表に出てこられたお母上に挨拶などしていざ出発。
福岡空港は市内東部にあるので距離もそれほどではなく、少し早すぎたかな…とも思いつつ外環状線に出ると、夕刻ということもあってか意外に道が混んでいました。それでも出発までは一時間半あり、ゆるゆる走って30分前に到着すればいいとしても1時間はあるわけで、いずれにしろ余裕でした。

雑談をしながら外環状線を東に走っていると、友人のケータイが鳴り、果たしてそれは彼のお母さんからの電話でした。なんと家に大事な物が全て入ったカバンを忘れているというのですから唖然呆然です。そこには財布から飛行機のチケット、各種カードや勤め先の通行証などまでのすべて入っているらしく、要するに絶対に今手元になくてはどうにもならないものでした。

そんな大事なカバンを玄関に忘れてくるだなんて、その友人の超オマヌケぶりにも開いた口がふさがりませんでしたが、いくつかの手荷物を車に乗せることに気を取られていたと言いつつ、顔は真っ青になっています。
ここでいくら文句を浴びせても事は解決しませんから、ともかくUターンするしかありません。このときすでに行程の半分以上来ていて、内心これはかなり厳しいことになったことを直感しました。さらに外環状線の逆方向は猛烈な渋滞で、このままではどう転んでも時間に間に合わないことは明らかでした。

友人は何度も実家に電話して状況を伝えていましたが、やむを得ずお母上がタクシーで空港まで持ってみえることになり、これでとりあえず一件落着かとも思われました。

ところが呼んだタクシーが10分経っても来ないとのことで、こんな調子ではタクシーも間に合う保証はありません。マロニエ君は再び空港に向かうか否かの判断に迫られました。すでにこのころ、マロニエ君は大渋滞の外環状線を外れて、別ルートを北進していましたが、焦る中でフル回転で考えた結果、ちょっと思い切った手段に出ることに。

彼の家からタクシーで空港へ向かうなら、通常はこの道を来るはずというルートがあり、タクシーが来たら必ずその道を走るよう運転手さんに言ってくれと頼んでもらいました。そしてこちらはそのルートを逆方向から走って行けば、途中のどこかで接点が生まれ、カバンの受け渡しができる筈という目論見です。

ほどなく彼のお母上から「今、タクシーに乗りました」という一報が入ります。
こちらは目指すルートにはまだ乗っていませんが、この頃にはもう18:30分を過ぎており、時間的にはかなり厳しいものがあると思いつつ、それでもダメモトでできるだけのことはやってみるしかありません。
ちなみにチケットは格安購入のため時間の変更は不可だそうで、友人も紛れもなく自分の責任であるし、最悪の場合、次の便に普通料金で乗る覚悟はしていたようです。

その後、そのルートを東に向かっているというお母上からの電話が入り、そのころにはこちらもなんとか同じルート上に到達しようというところでしたから、あとは双方が路上で待ち合わせをするポイントを定めるのみ。これがなかなか難しく、気分も焦っていて冷静な判断ができませんが、かろうじて思いついたのは大きな池の畔の交差点にあるマクドナルドで、そこを受け渡し場所にすることに決定。
馴れない緊張感の連続で、やっていることはスパイ映画さながら、バクバクという脈動が明らかに普通ではないことも自分でハッキリわかります。

やがてマックの黄色いMの看板が見えてきたころ、タクシーのほうが一足先にマックの駐車場に入ったとの連絡がありましたが、もう目の前というのに信号がむやみに長く、いやが上にも手に汗握ります。転げ込むように駐車場へ入ると、寒い中、お母上はタクシーから降りてカバンを手に待機しておられました。
慌ただしくそれを受け取り、挨拶もそこそこに駐車場を飛び出すと、さあ一路空港を目指します。
このとき18:50分少し前で、とてもではありませんが10分やそこらで空港まで行くなんて無理だろうとは思いましたが、とにかくやれるだけのことはやるしかないというわけで、諦め半分にスピードを上げてダッシュをかけました。

非常に幸いだったことは、こちらのルートは外環状線よりは車の流れが多少よく、少なくとも信号以外では止まることなく進めたのですが、それを幸いにかなりミズスマシのような強引な運転をして、なんとか空港が近づいてきたときは19:00をわずかに過ぎていました。
空港の敷地内に入っても、東京行きはやや奥まったところにある第2ターミナルで、空港内があれこれの工事をやっていることもあり思ったより時間がかかります。ノロノロ走るタクシーをバンバン追い抜いて、第2ターミナル前の反対車線の赤信号に辿り着いたときは19:05分をわずかに過ぎていましたが、車の乗り降りが禁じられたエリアであるのは承知で強行突破を促し、友人は両手に荷物を抱えながら工事用の柵を乗り越え、横断歩道もない道路を渡ってターミナルへ走りました。

出発まで15分を切っていたので、間に合ったかどうかの確証は得られないまま帰途につきますが、よほど神経が高ぶっていたのか、もう急がなくてもいいのに、しばらくはなかなかゆっくり走ることができなくなっていました。ある種の興奮状態からすぐには抜け出せなくなっていたようです。
その後、やや落ち着きを取り戻して走っているとき、カーナビの電波時計は出発の19:20分になりました。その直後にケータイにメールが届き「おかげで間に合った」という一文をみてホッとしたのはいうまでもありません。
走りに走って機内に駆け込み、ケータイの電源を切る直前にメールをくれたようでした。

こんな命の縮まるような事はむろん二度とごめんですが、ケータイという文明の利器があったればこそできた綱渡りであったことも間違いありません。少なくとも公衆電話の時代なら、万事休すとなるのは間違いなく、ケータイの完勝です。

さすがの本人もとんでもない迷惑をかけたと思っているらしく「この罪滅ぼしは必ずする」のだそうで、「へーえ、それは楽しみだ」とメールを返しておきました。