ピアノのサイズ

ピアノはアップライトもグランドも、ごく単純かつ原則的に言ってしまうなら、要は響板の面積と弦の長さによって、余裕ある響きが得られるという基本があります。

それによってより豊かな音色や響きが得られるわけで、これは当然ながら演奏上の表現力の違いとしてあらわれてくるでしょう。
もちろん、そこは秀逸な設計と好ましい製造技術が相俟って、楽器としてのバランスがとれていればの話であるのはいうまでもありませんが。

現にアップライトでも背の低い小型モデルと、より大型のものを比べると音質や響きの差は歴然ですし、グランドでもギリギリの設計がなされたベビーグランドと大型グランドでは、潜在力に差があることは異論を待ちません。

では、それほど響板面積は少しでも広く、弦は少しでも長いほうがいいというのであれば、価格や置く場所の問題を別にすれば、高さが2mもあるアップライトを作ったり、奥行きが4mぐらいのコンサートグランドを作ったらどうなるのかと考えるのはおもしろいことです。

この点で、以前、何かで(それがなんだったかは思い出せません)読んだことがありますが、例えばアップライトの場合は、そのサイズは130cmあたりが一応の限界点にあるようです。
それはピアノには理想的な打弦点というものがあり、アップライトの場合、背を高くすれば打弦点も上に移動しなくてはならず、これ以上になるとアクションや鍵盤が現在の場所では不可能ということを意味するようです。

どうしても背の高い大型アップライトを作るとなれば、鍵盤、アクション、演奏者の位置は、すべて上に移動しなくてはならなくなり、それは非現実的で簡易性が売り物のアップライトの存在意義を揺るがす事態となるようです。
そんな問題を無視して何メートルもあるアップライトを作っているのが、クラヴィンスピアノで、これは奏者が遙か上部にある椅子まで、ハシゴだか階段だかをよじ登っていく怪物アップライトですが、要はこうなるという象徴的存在でしょう。

また、グランドの場合は、奥行きが長いほど響板は広く、弦も長くなるわけですが、こちらもやみくもに長くすれば良いというものではなく、現在のコンサートグランドのサイズ、すなわち280cm前後を境にそれ以上になると逆にバランスが崩れてくるのだそうです。

この法則をオーバーするコンサートグランドは、主だったところではベーゼンドルファーのインペリアル(290cm)と、ファツィオリのF308があるのみですが、インペリアルはどちらかというとコンサートピアノの通常の法則からは外れていると見るべきで、この巨躯から期待するようなパワーに出会ったためしがありません。

ファツィオリでは、マロニエ君は弾いたことはありませんが、コンサートで聴いた限りでは308cmというダックスフンド体型が、それだけの効果を発揮しているかとなると甚だ疑問に感じました。
印象としてはF278のほうがより健全で元気があるように感じますし、それはトリフォノフがデッカからリリースしているショパンのアルバムでも感じられ、この二つのサイズのファツィオリが使われていますが、サイズとは裏腹にF278のほうが明らかに力強く鳴っている感じがあるのに対して、F308はむしろおとなしい地味な感じのピアノに思えました。

さらにはグランドではバランスよく鳴るサイズというのがあるようで、210cm前後のモデルは各社がもっとも力を発揮できるサイズだと云われています。このサイズでがっかりというピアノには(少なくともマロニエ君は)あまりお目にかかったことがないし、弾いていて独特な気持ち良さがあるように思います。

スタインウェイのB211などはその代表格でしょうし、ヤマハも大型ピアノの代表格は昔からC7というようなことになっていましたが、後発のC6(212cm)はあまりヤマハと相性の良くないマロニエ君でさえ、どの個体でも別物のような好印象を感じますから、やっぱりこのサイズは特別なんでしょうね。

ピアノのサイズも「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということのようです。