ディーゼル

ヨーロッパで走っている乗用車の大多数はディーゼルエンジン搭載車です。
ディーゼルエンジンとはガソリンの代わりに軽油を燃料とし、日本ではほとんどのバスやトラックがこれを使っていて、あのガラガラという特徴的な音はこのディーゼルエンジンならではのもの。

ヨーロッパのディーゼル志向は少なくとも30年以上続いているものと思われ、メーカー各社はどのモデルにもディーゼル仕様を必ずラインナップするのが当然というほど猛烈な勢力です。加えてトランスミッションはこれもまたオートマは少数派で、大半がマニュアル仕様だといいますから、車に関する感性もずいぶん異なるようです。

もともとディーゼルエンジンは音がうるさく、独特の振動があって、しかもパワーが無いという特性があります。その半面、燃費がよく、しかも燃料の軽油はガソリンに比べて安いということがヨーロッパで強く支持される主たる理由です。さらには税制などの点でも優遇されいるのか、こういう点で驚くほどドライな考え方をするヨーロッパ人にとって、彼らがディーゼルを選択することは必然なのでしょう。

これとは趣を異にするのが日本やアメリカ市場で、多少燃費の点ですぐれていようと、あの音や振動は耐え難く、とりわけ高級車の分野では、パワーや静粛性、スムーズなフィールを重視する点からも、ほとんど受け入れられませんでした。

そんなディーゼルエンジンでしたが、技術の進歩によって飛躍的な発展を遂げ、ガソリンエンジンと遜色ないパワーとスムーズさを手にするまでになり、以前のようなディーゼル=ガマンとは隔世の感があると自動車雑誌などで報告されるようになりました。
マロニエ君自身も数年前、ある輸入車のディーゼル仕様を一般道から高速道路まで運転させてもらったことがありましたが、たしかにこれならばと納得できるぐらい洗練されたものでした。
ディーゼルエンジン固有のビート感と太いトルクはある種の味わいさえあり、ガソリンとは違った魅力があることも確認でき、大いに感心した経緯がありました。

その後、乗用車のディーゼルが根付かなかった日本では、ようやく勇気あるメーカーによって意欲的な開発がなされ、ともかく傑出したエンジンができたようでした。
すでに発売もされ、評判も上々、その後はこのメーカーはフラッグシップである高級車からコンパクトカーにいたるまでディーゼル仕様が拡充されています。車の省エネがハイブリッドに集約されつつある中、既存のエンジンの高効率化によって新しい選択肢を加えて行こうというこのメーカーの技術力と挑戦の意気込みは注目に値するものかもしれません。

過日、わけあってそのメーカーのディーゼル搭載の最高級車を試乗するチャンスに恵まれました。
全営業マンが接客中ということから基幹店の店長さん自ら説明にあたってくださったのはいいけれど、それはもう大変な自信に満ちた長広舌でした。車を前に講釈は止めどなく続き、シートの作り、ペダルの位置や構造、さらにはあらゆる操作に関する配慮など、人間工学に基づいたクルマづくりを徹底しているということなどを延々と聞かされました。

メーカーの方が自社の車に強い自信をもっているというのは素晴らしいことですが、説明があまりにも長いと疲れてしまい、いつしか唯我独尊のように聞こえてくるのは逆効果では?という気がしなくもありません。
どうにか説明がおわると「試乗のご準備をします」というわけで、ショールームでしばしまっていると、今度はさっきの店長さんが若い営業レディを伴ってあらわれ、テストドライブは彼女が同乗しますということで、目をやればいつの間にか試乗車が玄関前にとめられていて我々を待ち受けています。

さて、技術大国の我が日本が作った、最新のディーゼルエンジンとはいかなるものか。
期待と同時に、下手をすれば乗ってきた自分の車が色あせてしまうほど素晴らしいのだろうか…などと多少の不安も抱きつつ車に歩み寄ります。するとすでにエンジンが掛けられており、その大柄で流麗なボディとはいかにも不釣り合いなカカカカカという明確なディーゼル音を発しているのにちょっとびっくり。「静粛なディーゼル」「言われないとわからないほど静かでなめらかなディーゼル」という言葉から想像したものとは、まず違いました。

運転席に座り簡単なコックピットドリルを受けて、いざスタート。
目の前の片側2車線の国道に出て一息加速したら右折というコースですが、「車は数メートル転がせばわかる」といわれるように、音楽でいうところの最初のワンフレーズで、これは期待が強すぎたか…と早くも内心思ってしまいました。

この車は同社の高級車の中でも上級グレードのようで、19インチというかなり大径のホイールと薄いタイアを装着していますが、そのタイアから発せられるゴーッというロードノイズが室内を満たしてくるのも???でした。スポーツカーならともかく、全長5m近い上級サルーンでこれはないだろうと思います。
それよりなにより敬遠したくなる点はやはり振動でした。走っているときはまだしも、信号停車中はぷるぷるした独特の振動を全身に受けるのは、やはりまぎれもなくディーゼルでした。むろんそれは技術的努力によって極力抑えられてはいるはずですが、それでもガソリンエンジンではありえない強いバイブレーションはどこかマッサージ器のようで、マロニエ君には脳神経に達するようでした。

パワーも自慢のひとつでしたが、この試乗中はそれほどとも思いませんでした。
まだまだありますが、これ以上は慎みます。お店に戻って丁重に謝意を伝えて帰ろうとすると、店長さんがご挨拶されるとかで、再びショールーム内に連れて行かれ、しばし待たされました。
なんと助手席にいた女性は、マロニエ君が走行中に漏らした感想を陰の部屋で逐一報告していたらしく、再び現れたときは笑顔の中にもやや硬い表情が加わって「振動を感じられますか?」というような調子で印象を聞かれたのには弱りましたが、でもまあいい体験ができました。