いずれが王道?

ここ最近のことのように思いますが、ジャケットにSTEINWAY&SONSのロゴマークが入っているCDをときどき目にするようになりました。
スタインウェイ社が協力しているかなにかでロゴが印刷されているんだろうか…ぐらいに思っていましたが、どうやらレーベルそのものがSTEINWAY&SONSなのだそうで、スタインウェイがプロデュースして自らCDを発売しているようです。

考えてみれば、こういう成り立ちのCDというのはあっても不思議ではないようでいて、実はあまりなかったようにも思います。ピアノメーカーの自社宣伝、かつ若いピアニストを発掘し世に送り出すという点からも、これはまさに有効な手段なのかもしれません。尤も、スタインウェイに関しては、市場の録音の9割ぐらいはこのメーカーのピアノが使われるので、なにもいまさらという感じもあるわけで、きっと我々素人にはうかがい知れない事情や目論見があるのでしょう。

このSTEINWAY&SONSレーベルのCDは、現在マロニエ君の手許でも確認できただけで2つあり、セルゲイ・シェプキンのフランス組曲と、アンダーソン&ロエという男女のユニットによるピアノデュオで「The Art of Bach」というアルバムがあります。
面白いのは、アンダーソン&ロエのバッハでは、2台ピアノのための協奏曲ハ長調やブランデンブルク協奏曲第3番などを2台ピアノのみで演奏しているのですが、それをスタインウェイの監修のもとに、ニューヨークとハンブルクのDを組み合わせて使っている点です。

耳を凝らして聴いていると、ハンブルクの艷やかに輝くようなおなじみの音と、ニューヨークのやわらかな余韻のある響きが見事にブレンドされており、これはなんと素晴らしい組み合わせかと思いました。
つまり、ルーツを同じくする2台のピアノながら、生産国によってかなり特性の違うピアノになってしまっているふたつのスタインウェイが、互いに持っていない要素を補い合っているようで、これは実に面白い試みだと思いました。

かねてより、マロニエ君はニューヨークとハンブルクを掛け合わせたようなピアノがあればいいと思っているのですが、それをまさに実際の音として聴くことができたような錯覚ができる体験となりました。
シェプキンのバッハでも、2枚目のCDには幻想曲とフーガBWV904では、ニューヨークとハンブルクによるふたつのバージョンが収録されていて、この異母兄弟とてもいうべきピアノの違いを楽しめるようになっているあたりは、さすがにスタインウェイレーベルだけのことはある面白さのように感じます。

マロニエ君のざっくりした印象でいうと、戦前のピアノはニューヨークのほうがよかったという説を耳にすることはしばしばですが、1950年代以降ではそれが逆転し、とりわけ1960年代から数十年間はハンブルクのほうが優れていたように思います。ところが21世紀に入ってから、確たる証拠はないけれど、もしかすると、ふたたびニューヨーク製が盛り返しているのでは?と思えるふしがあるのです。

たとえば動画サイトで見たものに過ぎないものの、ユジャ・ワンがアメリカで弾いているニューヨーク製が思いの外すばらしいことはかなり印象的で、それまでのニューヨーク製はどちらかというと響きのゆらめきのようなものがある代わりに、ひとつずつの音の明瞭さという点ではややアバウト気味でものたりないようなところがありましたが、このときの新しいピアノでは、音の中に凛とした芯と量感があり、それでいて響きのふくよかさはニューヨークならではなのものがあり、いい意味での黄金期のスタインウェイのようであったことは強く記憶に残りました。

このCDに聴く音も、ハンブルクと同時に鳴っているために段別がむずかしいものの、なかなか懐の深いピアノであるような気がします。もしかしたら、今後は再びニューヨークが首座に返り咲くことがあるのだろうかとも思うと、なんだかわくわくさせられます。

むかし福岡県内のとあるホールで、ピアノ庫を見せてもらえるチャンスがあり、そこにはニューヨークとハンブルクそれぞれのDが置かれているのですが、調律師さんにどちらが人気ですかと聞いたところ、その答えは驚くべきもので「こちら(ニューヨーク)を弾く人はまずいないでしょうね」と、かすかに鼻先で笑うような言い方をされたのが今でも忘れられません。
同時期に新品が収められたものであるにもかかわらず、技術者があたまからそんなイメージをもっているようでは、このピアノは一生浮かばれないだろうと哀れに思ったものです。

それなりに理由はあるのかもしれませんが、根底には日本人の意識の中にドイツ信仰のようなものがあって、はなからアメリカ製など格下であるという思い込みが(とくに楽器や車は)深く根をはっているのかもしれません。
ある本にもありましたが、さる高名な音大の教授でさえ、王道はドイツのスタインウェイで、アメリカ製はジャズやポップス用みたいな認識なんだそうで、これって結構あるんだろうと思います。

たしかに全般的傾向としてアメリカの製品は作りが粗く、そういった要素のあることもわかりますが、スタインウェイに関しては、ニューヨーク製の評価は低すぎるように思います。それでもスタインウェイというブランド名があるからまだましで、メーソン&ハムリンのような素晴らしいピアノがあるにもかかわらず、ほとんど話題にすら出ないことは、いかにイメージ先行で判断されてしまうかということを考えさせられます。