BARENBOIM

ホームページを見ていただいただけで、これまで一度もコンタクトを取ったことのないピアノ店から、グランドピアノのタッチを調整するための面白い製品がある旨のお知らせを頂きました。
遠方ゆえ、その店に購入や取付を依頼することはないでしょうから、ただ純粋に教えてくださったというわけで、ご親切には心より感謝するばかりです。

「タッチレール」という名のアイテムは、鍵盤蓋のすぐ向こうにある「鍵盤押えレール」を外してそこへ装着するだけというもの。ピアノ本体にはなんの加工も必要とせず、すぐにオリジナルに戻せるというなかなかの優れもののようです。

それついては、もし購入・装着すればいずれご報告するとして、そこのお店のブログなどを奨められるままに見せていただいたところ、驚くべき情報を発見しました。


さきごろ、ピアニストで指揮者のダニエル・バレンボイムが、なんと自らの名を冠した新しいピアノを発表したとのこと。

大屋根のカーブ、支え棒、3ヶ所の蝶番の形状と位置などから、スタインウェイDに酷似していると思ったら、やはりそれがベースのようですが、このピアノで最も注目すべきは、単なるスタインウェイのカスタマイズといったありふれたものではなく、驚くなかれ中は並行弦!!となっている点です。

現代のモダンピアノが交差弦であることはもはや常識で、当然ながらあの見慣れたスタインウェイのフレームとはまったくの別物がボディ内部に鎮座しています。スタインウェイDのリム(外枠)の寸法に合わせて新造されたもののようで、加えて、弦はディアパソンやベーゼンドルファーで有名な一本張仕様。

バレンボイムがナポリかどこかで昔の並行弦のピアノを弾いたことがきっかけで、スタインウェイにこのアイデアを持ち込んだところ、クリス・マーネという古今のピアノに精通した特別な技術者を紹介され、その工房とスタインウェイ社の協力のもとに作られたピアノのようです。

クリス・マーネは調べたところ、とても個人の技術者という枠で収まりきる人物ではないようで、その工房たるや、立派なピアノ製造会社の工場のようで、広大な工房内にはピアノのためのあらゆる設備が整っており、これだけでも圧巻です。
マーネ氏は現代のピアノは言うに及ばず、チェンバロからフォルテピアノなど、あらゆる種類の鍵盤楽器に精通し、制作や修復などにも大変な手腕を発揮しているようで、スタインウェイ社もここに託すのが最良と判断したのでしょう。

ホームページではその製造過程の様子が写真で見ることができますが、まさにメーカーレベルの仕事のような大規模で整然としたものであるところは、ただもう唖然とするばかりで、ピアノのためのこういう会社が存在しているというところひとつみても、やっぱりヨーロッパはすごいなぁ!というのが実感でした。

このピアノは今年の5月にロンドンで発表され、BBCなどで映像も公開されているようです。

発表の場では、バレンボイムがシューベルトのソナタなどを軽く弾いていましたが、わずかな音の手がかりから感じたことは、純度の高い、真っ直ぐで、簡素で、繊細な感じの音。それでいて現代のピアノらしい豊かさと、スッと減衰しない伸びの良さを兼ね備えているようでした。
さらにはスタインウェイにくらべて音の立ち上がりがいいように感じました。
この点、もともとスタインウェイは、どちらかというとやや音が遅れて出てくるようなところがあるので、それが普通になっただけかもしれませんが。
彼はこれからしばらく、このピアノであれこれのコンサートを行うそうですから、そのうちCD化などもされるものと思います。

スタインウェイも昔のような大上段に構えた商売はやりにくくなっている筈ですから、今後はこういう目的に特化したカスタムピアノの制作にも協力姿勢をとっていくのかもしれませんね。
もし成功すれば、第二のシリーズとして、ラインナップされることもあるんだろうか?などと想像が膨らみます。

それにしても鍵盤蓋の中央には金色で「BARENBOIM」の文字が輝き、それをちっとも臆しないところは、やはり世界の巨匠といわれる人の感性は違うんだなあと感心しました。

知り合いの某調律師さんは、シゲルカワイをして「いくら会社の社長とはいえ、そのフルネームをそのままピアノのシリーズ名にするっていうのは、そのセンスが驚くなぁ!」と苦笑していらっしゃいましたが、その流れで言えば、バレンボイム氏はピアノメーカーの社長でもなければ開発技術者でもなく、偉大とはいっても演奏側に立つピアニスト/指揮者なのですから、さすがにそのネーミングにはいささか驚いたのも事実です。

ま、ネーミングの件はともかくとして、早くこのピアノの音をじっくり聴いてみたいものです。