ネットでCDを注文しても、どうかすると入荷待ち状態が果てしなく続き、そのうち注文したことすら忘れてしまうことが少なくないのは以前に書いたような気がします。
ときおり、お店から「キャンセルする」か「購入希望を継続する」かというメールが来ることで、ああそうだったと思い出すような始末です。そんな中でも、たぶん4ヶ月ぐらい待たされ、メールに返信するたびさすがにもう無理だろうと諦めかけていたら「発送しました」という連絡がきて、その翌々日に届いたのがヴァインベルグのピアノ作品全集でした。
ヴァインベルグは最近になって交響曲などが一般に知られるようになった(ポーランド出身ロシアの)作曲家。ショスタコーヴィッチとも交友関係あったというだけあって、いくつか聴いてみたオーケストラ作品ではかなりショスタコーヴィッチに似通った作風が感じられました。
ピアノ作品はむろん耳にしたことがなく、どんなものかと興味本位で買ってみることにしたものが、これが大変なお待たせをくらうことになったわけです。
届いたCDは4枚組、主に第6番まであるソナタが中心で、あとはさまざまな小品でした。演奏はアリソン・ブリュースター・フランゼッティというアメリカの女性ピアニスト。
とりあえず1枚目を聴いてみましたが、未知の曲に接する面白さはそれなりにあるものの、とくに何か特別なものが訴えかけてくるというほどのでもなく、とりあえずひと通り聴いてみただけで結構時間もかかりました。
音を出す前にブックレットを見てみると、このピアニストがファツィオリを演奏している写真がいきなり目に飛び込んで、データを見るとなんとF308で演奏しているらしいことがわかりました。「あー…」と思いましたが、これはこれで面白いかもと思いながら再生ボタンを押しました。
ソナタ第1番の開始早々、ファツィオリらしい(というかだいぶこのピアノの音に耳が慣れてきたような…)平明でアタック音の強い硬質な音が聞こえてきました。はじめはフムフムと思って聴いていましたが、曲のほうにも興味があるため始終ピアノの音ばかりに耳を傾けているわけにもいきませんが、ときどき思い出したようにピアノにも意識が行くものです。
たしかにファツィオリには違いないけれど、このところかなり聴いたF278とはやや異なるものがあること開始早々からわかりました。全般的には同一のDNAをもつピアノですが、F308のほうがキャラクターがやや穏やかで、その点ではF278のほうがずいぶん攻めてくるピアノだなあと思います。
以前、トリフォノフのショパンで、この両器を弾き分けているデッカのCDがあり、F278のほうが鳴るように感じたのですが、これは霞のかかったようなライブ録音であったのに対して、今回のヴァインベルグは録音がとてもクリアで、目の前にピアノがあるような感覚で隅々まで詳しく聴くことができ、おかげでファツィオリにより近づけたように思えました。
それによればF308はいくぶん発音が柔らかいためか、相対的にF278のほうがいかにも元気よさげで、パワフルに聞こえるのだろうとも思いました。
一般的にも、大型のピアノより、小型のグランドのほうがある意味でレスポンスが良く、バンバン鳴るような印象を受ける場合がありますが、これと同じことなのかもしれません。とくに印象的だったのは、低音は電流のような迫力があることで、このあたりは3mを超える巨大ピアノの面目躍如といったところでしょうか。
ただ、やはりこのF308でもパワー重視というか、音色そのものの美しさというのは二の次なのか、聴いたあとに残る印象はやはりこれまでのファツィオリと大きな変化はありません。まるで獰猛なパワーでライバルを挑発してくるランボルギーニみたいなピアノだと思います。
鮮明な録音による4枚のCDを通して聴いても、ファツィオリのこれぞというトーンや色合いは依然掴めぬままでしたが、もしかすると、敢えて個性や色合いを排除することで、よりニュートラルというか普遍性の高い現代的なピアノの音を目指しているのかもと深読みさえしてしまいます。
何かを探そう探そうとしてファツィオリを聴いたあとでは、おなじみの老舗メーカーのピアノ達はもちろん、カワイのSK-EXなどでも特徴的なトーンのあることがスッとわかるようで、これってなんだろうと思います。
もちろんすべてのステージや録音がスタインウェイ一色となるような状態にはまったく不賛成で、ファツィオリのような新興メーカーのピアノが最前線に躍り出てくることはひじょうに刺激的で面白いし、またそうでなくては他社もほんとうの意味で切磋琢磨はできませんから、ファツィオリの登場というのは意義深いものだったと思います。
ただ個人的には、ほかならぬイタリアの楽器なのですから、もっと濃厚な音色や官能を撒き散らすような特性があったらもっと楽しめただろうにと思います。すくなくともあのスマートなロゴマークや、金のラインの入った足、ボディ内側の木目などに見るイタリア式贅沢のイメージとは裏腹の、むしろパワー指向の実務派ピアノだとすれば、すんなり納得できる気がします。