技術者と呼ばれる人達は、それぞれに持論や流儀をお持ちです。
マロニエ君はピアノに限らず技術者というものを尊重しているので、やり方やこだわりもそれぞれで、要はどれが正しくてどれが間違いというものではないと考えています。
いろいろな価値観や性格、目指すもの、細部に見え隠れする妙技、考え方の違いなどが決して一律なものではないところが興味深く、まして容易に正誤優劣を付けられる世界ではないというのが率直なところ。
わけてもピアノは、もともと精密かつ巧緻な世界であり、加えて楽器特有の幅やあいまいさがあり、どれが絶対ということがありません。ひとつの事柄に対する意見や解決法も各人各様で、ときに唖然とするほど意見が真逆であったり、それはときに凄まじいばかりです。
あまりこのあたりに触れているとなかなか本題に入れないので、そこは飛ばして話を進めると、久々ですが、ダンプチェイサー(ピアノの中や下部に取り付けて、湿度を自動調整する棒状の電気製品)に関する話です。
ダンプチェイサーに関しては、マロニエ君自身も数年来の使用経験があり、絶対とまではいわないものの、一定の効果があることは確認済みです。さらには自分の経験をもとに友人知人にも推奨したり、一度など共同購入というかたちで5~6本安くまとめ買いしたことさえありました。
調律師の中では、当然ながらこのダンプチェイサーにおいても賛否両論があり、賛成派のほうの顧客はその熱心な奨めにより多くがこれを購入し取り付けられているのに対し、こういう後付けの機器に関してはやたらと懐疑的スタンスをとる方もおられます。
技術の世界では保守的な人も少くなく、伝統的な技術やセオリーを信奉しているぶん新しいものには拒絶が先に立つのか、その効能より害のほうに目が先んじるようです。これを取り付けることによる弊害をイメージし、中にはすでに取り付けられたものさえ、自説を展開して外してまわるといった方さえあるようです。
では、具体的に何が悪いのかというと、これがあまりはっきりせず、一部だけが乾燥するとか、熱で木材が傷むなどの「可能性」ばかりを説かれますが、もうひとつ説得力がありません。ひとつには技術者としての防御本能なのか、自分があまり知らないもの、検証ができていないものに対しては、とりあず否定してしまうという心理が働くのかもしれません。
(ちなみにダンプチェイサーの作動時の熱は素手で触ってもほんのり暖かいぐらいのソフトなもので、湿度によってON/OFFは自動制御されます)
こういった後付の商品には安直なアイデア先行で効果の疑わしいもの、あるいはピアノ本体に害を及ぼすものもあるでしょう。のみならず便利な機器を安易に頼るようでは、基本を疎かにするお安い技術者という印象さえ与えかねません。だからか、その手のものはすべて「邪道」のように捉えてしまうのかも。
たしかにその手の思いつきみたいな商品はあるでしょうから、そうやすやすと信用はしないほうが安全でしょうし、謳い文句にのせられて、万一お客さんのピアノに害があっては一大事。信頼を旨とする技術者にとっては、よほどの自信がない限り、そんなものに手出ししたくないという意識がはたらくのだろうと思われます。
ただ、ダンプチェイサーは実績のある「本物」のひとつだろうとマロニエ君は思っています。
マロニエ君自身、すでに何年もダンプチェイサーを使っていますが、少なくともそれによる弊害を感じたことは一度もなく、調律の狂いが少ないことはかなり感じていて、できれば付けておいたほうがいいというのが正直なところ。ところが、なぜかディアパソンについてはとくにこれという理由もないまま「そのうちに…」ぐらいの感じだったのです。
そこへ今年の厳しい夏の湿気となり、さすがにピアノが全体にたるんだ感じもあったので、ふとダンプチェイサーを使っていなかったことを思い出し、遅ればせながらこれを購入しようと、さる調律師さんに購入の問い合わせをしました。通販で買っても良かったけれど、近々来られる予定もあるので、だったらついでに持ってきてもらおうかというぐらいの軽い気持ちでした。
すると、「購入はできますが、私はダンプチェイサーはおすすめしません」というメールが届きました。
うわー。来たかぁ、と思いましたが、とりあえずどんなご意見なのか聞いてみようと電話したところ、だいたい次のようなものでした。
「あれは確実に音が痩せる」「響板にヒーターの熱風があたったのと同様になる」「床暖房と同じ」「独特の音になる」「以前は使ってみたこともあるが、今はお客さんにも外すことを薦めています」「グランドは外にむき出しなので効果がないのでは」「アップライトは逆に悲惨なことになる」「やめたほうがいいですよ」「だったら乾燥剤をいれたほうがまだいいですよ」
と、だいたいこんな感じでした。
この方は大変優秀な調律師さんであることは間違いないのですが、ことダンプチェイサーのことは…あまり正確なことをご存知ないのかもしれません。いや、間違っているのはこっちで、もしかしたらそれが正しい可能性もあるかもしれません。
マロニエ君は調律師さんのご意見はいつも尊重するし、謙虚な気持ちでいろいろな教えを請うているつもりです。しかし、だからといって何でも鵜呑みすることは決してせず、最終的には自分の判断を優先させることはよくあります。
だって、自分のピアノなんですから、自分が納得できることをしなくちゃ面白くありません!