エンブレム騒動

前回の続きと思っていましたが、いま書きたいことを先に。

2020年の東京オリンピックをめぐっては、国立競技場問題に続いて佐野研二郎氏デザインのエンブレム問題が世間を賑わせ、ついには白紙撤回されるというところまで発展しました。

マロニエ君の個人的な、勝手な印象だけを言わせてもらうと次の通り。

どの世界でも盗作盗用など、それに類する行為がご法度なのは、いまさらいうまでもないことです。
この点で佐野氏は、とりわけそれの厳しい広告業界に長年身を置いてきた人間としては、あまりにも脇が甘かったというべきですが、では、それが彼ひとりの問題だろうかとも思います。

マロニエ君に言わせると、世の中の大半はパクリや盗用のオンパレードで、製品開発から何から、すべてが他社の類似製品を研究し尽くしたあげく、そこへ言い訳のように「独自」の違いをちょこっと付け加えるだけ。

出版界もゴーストライターなんて当たり前、作曲でさえも作曲ソフトみたいなもので、ろくに楽器も持たずに安易にできてしまう時代ですから、この問題はいわば象徴的な出来事だと言えるのかもしれません。
連日、佐野氏のデザインをしたり顔でワアワア言っているテレビにしたところで、番組構成から放送時間、出演者の人選、あらゆるものがパクリだか横並びだか談合だかしりませんが、およそそんなようなものばかりで成り立っており、人の真似ではない、本当に独自と云えるものが果たしてどれだかあるかといえば甚だ疑問です。

日頃から、浅ましいばかりに発言をビビり、スポンサーの反応をビビり、視聴率に汲々として、マスメディアとして本当に言うべきことはなにひとつ言えないくせに、いったんピンポイント的に解禁となった事象に関してだけ、毎日、朝昼晩、集中豪雨のようにそれだけを攻め立て叩きまくるのは異様な感じがしました。

誤解しないでいただきたいのは、マロニエ君は佐野氏を擁護する気など毛頭ないし、だからこの件も問題なしだと言っているわけではありません。
ただ、いまどきの汚い世の中で、あのデザイナーだけをこれほど集中攻撃するほど、だったらほかの業界およびそれに携わる人達は、どれほど正しくてご立派で清廉なのかと思ってしまうのです。
どうせ、もっとひどい、人倫にもとるようなことさえしている人達が、わずかな処理や手続きの違いなどで網からすり抜けて、糾弾を受けることなく、襟を正すことなく、威張り散らして、ふんぞり返っているにちがいないと思います。

たしかに広告業界などは著作権が法的に確立されているジャンルであるため、うるさくいわれますが、たとえばファッション業界あるいはスイーツの業界などは(現在は知りませんが)以前聞いたところでこれがないのだそうで、だからデザインやアイデアの盗用などはやりたい放題で、日常茶飯事だということでした。

また、なにかというと、すぐに訴訟に持ち込んで大金を要求する欧米の体質も、それが正しいのかどうかは知りませんが、感覚として好きではありません。

それと、今回のオリンピックエンブレムでは、公募とはいっても複数の受賞歴を持つ、いわば足切りされたプロであることが条件だったらしく、それさえも、今になって「公平ではないのでは」「誰でも参加できるものであるべき」などと、正義を振りかざして強い調子で言われていますが、不正がなければそのこと自体をマロニエ君は悪いとは思いません。

むしろ、あらゆるジャンルにシロウトがシロアリみたいに侵食して来て、高度に洗練されるべきプロの世界が、片っ端から食い荒らされるのはもうたくさんという気がします。
昔は多くの世界は縦にも横にも棲み分けという不文律が存在し、それで秩序が保たれていたものですが、芸能界でも文筆業でも、生え抜きの人材そっちのけで、シロウトや異業種の人間によって土足で踏み荒らされ、本来の才能が次々に駆逐されることは文化の衰退だと思うのです。

その点でいうと、オリンピックエンブレムに限定しても、近年ろくなものはなかったというのがマロニエ君の率直な感想で、そんな中で佐野氏の作品は、制作の経緯を別とすれば、とても端正で美しく、アーティスティックな仕上がりだったと思います。

凛とした気品とインパクト性、蒔絵を思わせる金銀赤黒の色使い、そのフォルムは涼しげなサムライのような精神性さえ感じさせ、とりわけ都庁や空港などにポスターとして貼られている感じは、日本的なクオリティ感も滲み出ており、とてもよかったと思います。
あれがバリバリ剥がされる様子というのは、理由如何に問わず、なんとなく心の傷むものがあり、佐野氏がもう少し慎重で良識を重んじる人であったなら…と思うばかり。

過程がどうであれ、美しいものは美しいという観点でみれば、非常に残念だったとしか言いようがありません。

これまで、マロニエ君が野次馬精神旺盛な人間であることは折に触れて書いてきましたが、あのエンブレムがデザインとしてつまらないものであったなら、この騒動をもっと単純に面白がって傍観できたかもしれませんが、よかっただけに、さほど楽しめませんでした。

とりわけ日ごとに出てくるものが、目にするたび失笑と狼狽を誘うようなもので、おかげで最後は美しいものが切腹させられたみたいなことになり、後味の悪いものになりました。
後から出てくるデザインは、まちがいなく凡庸なものになるであろうと覚悟しています。