ヘクサメロン

『ヘクサメロン変奏曲 6人の作曲家の合作変奏曲』というCDを購入してみました。

19世紀前半のパリでは、リストをはじめとするピアニスト兼作曲家たちがアイドルさながらに腕を競っており、社交界ではリスト派とタールベルク派のファン達が対立するほどの過熱ぶりだったとか。

そんな中、ベルジョイオーゾ公爵夫人のアイデアにより、6人の作曲家による合作によって完成したのがこのヘクサメロン変奏曲だそうです。
ヘクサメロンとは「6編の詩」を意味する言葉で、ベッリーニのオペラ『清教徒』の中の『清教徒の行進曲』から主題がとられ、リスト、タールベルク、ピクシス、エルツ、ツェルニー、ショパンに依頼された由。

中心的な役割を果たしたのがリストというのがいかにも彼らしく、イントロダクション、主題、第二変奏、フィナーレの4つを書いたのみならず、ピアノ独奏版のほか、6台ピアノ版、2台ピアノ版、ピアノ&オケ版などのバージョンも手がけたようです。
リストとは対照的に、この手の企画には気乗りせず、最も消極的で仕事の完成も遅れたのがショパンだそうで、まさにイメージ通りという感じです。孤高の作曲家であるショパンがこの手の企画に賛同し、嬉々として寄稿するなんておよそ考えられませんから。

このアイデア、なんだか同じようなことが他にもあったような気がしましたが、そうそう、ディアベッリの主題による変奏曲で、この求めに賛同しかねたベートーヴェンは、ついには単独で同名の傑作を生み出し、現在ではこちらのほうが広く知れわたっているのはご承知のとおりです。
やはり音楽歴史上、抜きん出た天才は、他者との共同作業といった、いわば平等社会の一角を与えられるようなものは向かないであろうことは、理屈抜きにわかる気がします。

折しも世の中は、あれもコラボ、これもコラボというご時世ですね。
マロニエ君にいわせれば、コラボなんてものの大半は、単独で何かを成立させる力のない人達が、実力、資金、責任、集客などを分散させて行うつまらぬイベントのことだと思います。

さて、このCDでは、各変奏を6人のピアニストによって、時にソロで、時に一緒に、代わる代わるに弾くというスタイル。
ヘクサメロン変奏曲じたいは23分ほどの作品で、あとはこの変奏曲を手がけた6人の作曲家の単独の作品が収められています。

はじめに出てきたピアノの音を聴いたとき、なんだかとても存在感のある音にハッとしたものの、咄嗟にどのメーカーであるかは見当がつけきれませんでした。いつもやるこの当て推量は、間違っていることもあるけれど、たぶん◯◯だろう…という予想は立ててみるのが楽しみのひとつですが、このピアノは容易にはわかりませんでした。

ちなみにライナーノートに使用ピアノが明示されていることもありますが、マロニエ君はできるだけはじめはこれを見ないようにしています。
ファーストインプレッションとしては、中音域に甘みはないけれど、枯れた感じとたくましさを併せ持っており、ベヒシュタイン???いやいや、それにしては低音の透明感とか絢爛とした美しさはベヒシュタインとは別種のもので、スタインウェイかと思いましたが、それにしてはやや響きに素朴さがあり、やっぱり違うと思ってしまいます。

まず絶対に違うのは、ベーゼンドルファー、日本の2社などで、自分なりにずいぶん粘ってみましたが、どうしても見当がつけられません。一番近いのはスタインウェイのようにも思いますが、それにしてはある種の泥臭さというか野趣のようなものが混じっており、スタインウェイ然とした洗練に乏しいと思いました。

で、ラーナーノートを探してみると「アッ、そういうことか」と思わず声が出そうになりました。
1901年のスタインウェイDだそうで、そこには#100938というシリアルナンバーまで記されています。

このナンバーを手がかりにネットで調べてみると、それらしきピアノのことが出ており、ドイツのスタインウェイ社でピン板まで修復されたようなことが書かれていますし、このピアノで録音された多くのCDもあるようで、それなりに有名なピアノのようです。

洗練に乏しいと感じたのは、それほど昔のピアノは表面の耳触りに媚びない、飾らない楽器だったということでもあるのだろうと思われます。
修復されているとはいうものの、まさか110年以上も昔に作られたピアノだなんて信じられないほど力強い音を出す健康な楽器であることは間違いなく、ピアノもこの時代の一流品になると、その潜在力にはすごいものがあることをあらためて思い知らされました。

後半の5曲目にはリストの葬送がありましたが、この曲は冒頭からフォルテの低音を多用する作品ですが、そこで聴こえてくるのは荘厳な鐘のようで、まさにスタインウェイの独壇場といえるもの。新しいスタインウェイにはたえて聴かれない凄みのあるサウンドです。
まあ、この作品のあたりでは答えを知った上で聴いたわけですが、葬送まで我慢して聴いておけばこの低音だけでスタインウェイだと確信できただろうと思います。

マロニエ君は使用ピアノへの興味からCDを購入することも少くありませんが、今回はまったくそういうことは知らずに買ったものだっただけに、思いがけずこんな素晴らしいピアノの音が聴けるとは、えらく得をしたような気分でした。