好きという強み

調律師のAさんとのご縁がきっかけとなって、福岡にディアパソンを得意とされる、知る人ぞ知る技術者さんがおられることを教えていただいたのは、ずいぶん前のことでした。

「ディアパソンなら自分はBさんが一番だと思います。」と静かに、しかし自信をもって迷いなく言われたことがとても印象的でした。
どんなふうにいいのか聞いてみると、「とにかく丁寧で、Bさんが調整したピアノはとても弾きやすい。あの方はすごいと思います。」と事もなげにいわれました。言っているご本人もれっきとした調律師さんなのですから、同業者がそこまで太鼓判を押すというのは、よほどであろうと思いました。

マロニエ君のディアパソンはというと、懸案のタッチの重さを含む問題は未だ解消には至らず、それがあって、音色などの詰めの調整ももうひとつその気になれないという状態です。それでも今どきのピアノにくらべると、本質においてはそれなりに楽しいものだから、なんとなく現状でお茶を濁してきたというのが正直なところ。
しかし、別のピアノの調律などがパリッとできたりすると、やはりディアパソンのコンディションはタッチを含めて、とても本来のものとは言いがたい事は認識せざるを得ません。

また、以前書いたようにタッチレールというキーを軽くするための製品があることも、関東のピアノ店の方がわざわざ教えてくださり、一時はこれの装着をかなり真剣に考えました。
しかし、ここはやはり基本的なことをもう一度洗い直してしてみることが先決で、それらのことをやりつくし、万策尽きた時にそのタッチレールも使うべきだろうという結論に達しました。

連休中に再度調整をお願いするはずだった調律師さんが、たまたまこの時期の予定が確定できない状況になったということで延期になり、ならばこの際、思い切ってディアパソンがお得意のBさんに一度診ていただき、ご意見を伺えたらと思いました。

そういう流れでAさんを通じてBさんへ連絡していただきました。
「話はしているので、どうぞいつでも電話をしてみてください。」と番号を教えていただき、さっそくお電話したのは言うまでもありません。

電話に出られたBさんは、とてもあたたかで礼節あふれるお人柄という印象でした。
さっそくこちらのピアノの状況と希望を電話で伝えられるだけ伝えると、「どこまでご期待に応えられるかはわかりませんが、ともかく一度見せていただきましょう」ということになり、日時を約束することに。

さて、ここからはちょっとウソみたいな話ですが、そのBさんが来られるわずか2日前というタイミングで、まったく見知らぬ方からメールをいただきました。
メールの主は、ありがたいことにこのくだらないブログを読んでくださっている方らしく、その方もディアパソンのグランドをお持ちで、福岡市に隣接する市にお住まいの方でした。文面によると「(自分は)いい調律師さんに恵まれていて、その方は某区のBさんという方で「ディアパソン大好き」で、お客さんもディアパソンの愛用者が多いようです。」と書かれているのにはびっくり!

マロニエ君もBさんとは一度電話で話しただけで、まだお会いしたこともなく、たまたま名前だけの一致ということもあるかもとは思いましたが、メールの方とは翌日電話で話をする機会を得て、やはりBさんは同一人物であることが判明し、先方も驚かれているようでした。
やはりこのBさん、ディアパソンにはかなり精通した方のようで、ますます期待は高まりました。

約束の日時、ついにBさんがいらっしゃいました。
実際にお会いして、さっそくピアノを診てもらいつつこれまでの経緯を説明します。

非常に驚いたことには、電話でごく簡単に説明しておいた話から、タッチに関するあれこれの可能性を想定され、そのための部品や道具などを幾つも準備されていたことで、どれもがこれまでの調律師さんとは一味も二味も違っており、しかもそれがかなり核心に迫ったものであるだけに驚いてしまいました。
こういうところに技術者としてのスタンスというか、心構えのようなものが表れているようでした。

それらをひとつひとつ書きたいところですが、それはとりあえずここでは控えておきます。

Bさんのやり方は、ピアノを触って、考えて、また触って、またじっと考えるということを繰り返され、しだいに方向性が収束していったのか、「どこに問題があるか」「作業の手順として何を優先するか」、そして「今日はなにをやるか」ということが見えてきたようでした。

何度も「…ちょっと考えさせてください」とおっしゃるあたり、静かに自問自答しておられる様子です。

以前、医者の娘だった友人が、「いい皮膚科のお医者さんっていうのは、患部をジーッと時間をかけて観察する人なんだって…」と言っていたのをふと思い出しました。
パッと見て、即断即決して、対症療法的な作業をされると、却って本質的な解決が遠のいてしまい、こちらにとっては一番困るのですが、その点でもBさんはずいぶん違うように感じました。

さらには「ディアパソンが好き」というのはなにより強みです。
いかに優れた技術でも、それを嫌いなものへ仕方なく向けるのと、好きなものへ向けるのとでは、結果は格段の違いが生じる筈ですから。