4台ピアノ

ディアパソンの続きを書こうと思っていましたが、ちょっと珍しいコンサートに行ってきたので、そちらを先に。

「浜松国際ピアノアカデミー 第20回開催記念コンサートシリーズ ピアノの饗宴 ピアニッシシモ!!」という長たらしいタイトルのコンサートで、なにがどうピアニッシシモなのかよくわかりませんが、要は過去にこのアカデミーを受講した経歴を持つピアニスト4名が出演されて、それぞれがカワイ、ベーゼンドルファー、ヤマハ、スタインウェイという4台のピアノを弾くという趣向でした。

同じ会場で、違う銘柄のピアノを聴き比べることができるというのは、めったにないことなので、これは行くしかない!と覚悟を決めた次第。会場はアクロス福岡シンフォニーホール。

ちなみに、聞いたところではカワイのみSK-EXが持ち込まれ、残り3台はホールのピアノが使われたようです。

トップはカワイですが、演奏開始早々、このホールの野放図な音響にはいきなりのカウンターパンチというか、あらためて度肝を抜かれました。
音響といえば言葉はもっともらしいけれど、要はだだっ広い空間で音は乱反響を繰り返すばかりで、響きの美しさとか収束感などはみじんもありません。ピアノの音は盛大なエコーがかかったようで、はっきり言って何を聞いているのかさえわからないほどで、よくもまああれで苦情が出ないものだと思います。

ホールというより、銭湯か温泉の大浴場にピアノを置いて弾いているようで、聴き手の耳に到達するのは、ピアノから発せられた音があちらこちらで暴れまわったあげくのピンボケ写真みたいなもの。音楽の輪郭もあやふやで、むろんピアニストのタッチの妙などもほとんどが霧の中で伝わらず、ただ音が団子状になって聞こえてくるだけ。
あれだったら古い市民会館で聴いたほうが、よほどマシです。

第一曲が始まった時、「これはえらいことになった…」と思いましたが、とりあえず忍耐しかありません。…というか、これだからコンサートは行きたくないのです。なんでお金を払って、時間を使って、そのあげく「忍耐」にエネルギーを費やさなきゃいけないのか、これは単純素朴な疑問ですね。

というわけでエコーまみれの音の中から、そのピアノの音色をイマジネーションを働かせて探すしかありませんが、カワイはブリリアンスとパワーを重視しているのか、音の中にある暗いものと華やかなものが相容れず、まだその決着がついていないという印象でした。
ちなみに、カワイはホームページによればフラッグシップはEX-Lに変更されているにもかかわらず、いまだSKシリーズがステージで活躍しているのはどういうわけなのか…。今年開催されたチャイコフスキーコンクールでもカワイはSK-EXでしたから、EX-LとSK-EXの違いがよくわかりません。もしかしたら…いやいや憶測はやめておきましょう。

次に弾かれたのはベーゼンドルファー・インペリアル。カワイの後だけあって音に輪郭と透明感があるのが印象的で、やはりこのピアノ固有の美の世界があることが頷けます。ただ、音色の変化が乏しいのか(確かなことはわかりませんが)、しばらく聴いていると、その艶やかな音にも少々飽きてくる…といったらベーゼンのファンの方に叱られそうですが、マロニエ君の耳にはいささか一本調子に聞こえてしまいます。
もちろん好みもあるでしょうが、マロニエ君はもう少し美音の中にも陰影がある方が好きだなぁと思ってしまいます。

後半最初はヤマハ。最新のCFXでなはく、おそらくCFIIISだろうと思いますが、これが意外に好印象でした。カワイとベーゼンを聴いた耳には、音の構成というかまとまりがそれなりにあるためか、演奏におさまりがつくようです。個人的にはヤマハのコンサートグランドは現代の好みを追いすぎたCFXよりは、少し前のピアノのほうが懐もそれなりに深いものがあり、きれいに調整されていればこれはこれだと思います。
それでも随所で聴こえてくるのは、日本人の耳に深く浸透した、あのヤマハの音ではありますが。

最後はスタインウェイでしたが、こうして順に聴き比べてくると、やはり一台だけ次元が違うというのが偽らざるところでした。ピアノの音に必要な各音域の美しさ、深み、フォルム、バランス、強靭さなどは、やはり抜きん出ていることが一聴するなりわかります。とりわけ重音やフォルテになるほど音が引き締まり、破綻や乱れとは無縁になっていくあたりはさすがという他ありません。
また、異論もあろうかとは思いますが、どのピアノより音はやわらかなのにヤワではなく、シャープな中に甘いトーンが混在します。
偽善的でダサい木の響きでもなければ、神経に障るような金属音とも全く違う、スタインウェイだけの孤高のサウンドが広がると、不思議な安堵と快感を覚えます。
スタインウェイの音はこうしたいくつもの要素が複雑に折り重なることで達成された、まったく独自の境地だと思いました。

最後は4台揃って、ミヨーの4台のピアノのための組曲「パリ」から数曲が演奏されましたが、そこには混沌とした騒音のかたまりがあるばかりで、熱心に弾いてくださったピアニストには申し訳ないけれど、どことなく喜劇的でした。
こんなにもホールの響きが演奏者の足を引っ張るとは、出るのはため息ばかりです。