ディアパソン続き

Bさんの初回診断によれば、ダウンウエイトの数値じたいが極端に重いというものでもないということで、差し当たり基本的なところから整えていくべきということでした。

そこで、まずは建築でいうところの基礎工事をしっかりやるということです。まあこれは調律師さんならどなたでも異口同音におっしゃることではありますが、特に今回は早急に見直すべき部分がそこここに確認されたことも事実でした。
基礎がしっかりしていないことには何も先に進めないというわけで、至極ごもっともなことです。

というわけで、初回は正しい土台を作るための「整調」に5時間近くを費やされましたが、それでもまだ時間が充分とはいえず、こちらの都合で時間切れとなったため、また後日続きをやっていただくことで、とりあえずこの日は一区切りつけていただきました。

マロニエ君は、ピアノの調整中にちょっと弾いてみてくださいといわれても、普段と違って大屋根は開いているし、譜面台はなく、鍵盤蓋も左右の拍子木も外されて、いたるところから音がドバドバ出てくるため、これだけ違う条件の中で僅かな違いを感じとるのは、あまり自信がありません。
大きな違いはわかっても、繊細なところ(しかも、そこが非常に肝心なところ)はすぐにはわからないので、帰られた後しばらく弾いてみるのが恒例ですが、まずはずいぶん弾きやすくなったことは確かでした。
一番の目的であるタッチが軽くなったわけではないけれど、その動きに滑らかさと好ましい質感がでていることはよくわかり、これまでのタッチがいくぶん高級になったという感じです。

機構や消耗品を入れ替えるのではなく、整調のみによってタッチに高級感を作り出すというのは、考えてみるとかなり大変なことではないかと思いました。ただ軽くとか早くとか、動かないものを動くようにするのとは違い、高級なフィールというのは繊細な事々の積み上げでしか成し得ないもので、この点にまず感心しました。

翌日、現段階での感想を報告しようと電話したついでに、全体的な印象というか評価を聞いてみました。
というのも、マロニエ君は現在のディアパソンは個性やポテンシャルとしては気に入っているけれど、その音色はもう一つ納得できないものがあったので、この点をディアパソンのスペシャリストとしてはどうお考えか聞いてみました。
しかし、それはなかなか言われません。
長所ならすんなり言えても、その逆は言いにくいのだろうと推察され、そこをあえて忌憚なく言っていただきたいと頼むと、ようやくこちらの心情を理解され率直な感想を聞くことができました。その内容はマロニエ君が感じていることとほぼ同じもので、この点でも大いに納得できました。

こういう印象が一致していないと、今後の進展にも不安が残りますが、そういう意味でも却って安心感が得られました。

余談ながら、マロニエ君は新たな調律師さんにお願いする際には、普段面倒を見てもらっている調律師さんにも必ず事前にお断りを入れて、了解を得るようにしています。現在の調律師さんも、タッチ問題に悩む先代調律師さんが別の方に「セカンドオピニオンを聞いて欲しい」と言われたことがきっかけでした。
というわけで、今回も快く承諾していただき、その方がどういうことをされるか興味があるので後日ぜひ教えてほしいということで、マロニエ君のピアノは、こうしていつも、いろいろな技術者の方に触っていただくようになっています。

中には調律師さんとの関係をよほど特別で厳粛なものと思っておられるのか、かなりの不満があるにもかかわらず、まるで江戸時代の貞操観念のごとく、じっと耐えに耐えながら、ピアノの操を守られる方も結構いらっしゃいます。
しかし、そんなことは甚だしい時代錯誤だとマロニエ君は思います。車の整備でもケースバイケースで、オーナーの判断でディーラーに行ったり専門ショップに行ったりと、そこは所有者の全く自由裁量の領域であるはずです。
その点では楽器メンテの世界はというと、多少の閉鎖性があるともいえるでしょうが、それなりのマナーを守っていれば基本は自由であるはずで、それでも機嫌を損じるような調律師さんなら、もともと大したことない方だと思います。

Bさんは仕事に関しては信念があり厳しさが漲っているけれど、同時にとても気さくで正直で愛嬌のある素晴らしいお人柄の方でいらっしゃる点も併せて嬉しい点でした。技術者である以上は、むろん技術が大事なのは当然としても、やはりそこはお互いに生身の人間なので、人としての波長も合えばそれに越したことはありません。

素晴らしい方との出会いは無条件に嬉しいもの、今後のディアパソンの変化が楽しみです。