CDいろいろ

ピアノがお好きな知人の方から、ひさびさにたくさんのCD-Rが届きましたので、その中から印象に残ったことなど。

イーゴリ・レヴィットというロシアのピアニストは、CDを買ってみようかどうかと迷っていたところへ、今回のCDの束の中にその名があり、これ幸いに初めて聴いてみることができました。
曲はバッハのパルティータ全曲、奇をてらったところのないクリアないい演奏だなぁというのが第一印象。
いまどきメジャーレーベルからCDを出すほどの人なので、技術的に申し分ないことは言うに及ばずで、安心して音に乗っていける心地良さに惹きつけられました。

近年、いわゆるスター級の大型ピアニストというのはめっきりいなくなったものの、それと入れ替わるように、音楽的にも充分に収斂された解釈と、無理のない奏法によって、趣味の良い演奏を聴かせる良識派のピアニストがずいぶん増えたと思います。

レヴィットは、他にベートーヴェンの後期のソナタやゴルトベルク/ディアベッリ変奏曲なども出ているようなので、おおよそどんな演奏をする人かわかったことでもあるし、近いうちに買ってみようとかと思っています。

それにしてもロシアのピアニストも新しい世代はずいぶん変わったものだと思います。
20世紀後半までは巨匠リヒテルを筆頭に、ときに強引ともいえるタッチでピアノをガンガン鳴らし、どんな曲でも重量感のあるこってりした演奏に終始したものですが、それがここ20年ぐらいでしょうか、見違えるほど垢抜けて、スマートな演奏をする人が何人も出てきているようです。
少なくとも演奏だけ聴いたら、ロシア人ピアニストとは思えないような繊細さを、ロシアのピアノ界全体が身につけてきたということかもしれません。

ほかには自分では買う決心がつかなかったヴァレンティーナ・リシッツァのショパンのエチュードop.10/25全曲がありました。

この人はまずネットで有名になり、YouTubeに投稿された数々の演奏が話題を呼んで、そこからCDデビューを果たしたという、いかにも現代ならではの経歴を持つ人です。
そのネット動画でチラチラ見たことはあったものの、CDとして聴いてみるのは初めてのこと。

ムササビのようなスピード感が印象的で、それを可能にする技術は大したものですが、すごいすごいと感心するばかりで、好みの演奏というのとは少々違う気がします。どちらかというとトップアスリートの妙技に接してようで、そういう爽快さを得たい向きには最高でしょう。

あくまでも卓越した指の圧倒的技巧がまずあって、音楽的抑揚やらなにやらはあとから付け足されていった感じを受けるのはマロニエ君だけでしょうか…。
一音一音、あるいはフレーズごとに音楽上の言葉や意味があるのではなく、長い指が蜘蛛の足のように猛烈に動きまわることで、いつしか精巧なレース編みのような巣が出来上がっていくようで、そういう美しさはあるのかもしれません。

それでも曲によってはハッとさせられるものがあることも事実で、個人的に最高の出来だと思えるのはop.25-12で、まさに「大洋」の名のごとく、無数の波のうねりがとめどなく打ち付けてくる緊張感あふれる光景が広がり、その中で各音が細かい波しぶきのように散らばるさまは圧巻というほかなく、素直に感嘆しました。

いっぽうテンポの遅い曲では、やむを得ずおとなしくしているようで、やはりスピードがアップし音数が増してくると本領発揮のようですが、音色や音圧の変化、ポリフォニックな弾き分けなどは比較的少なめで、音楽的な起伏という点ではわりに平坦で、均一な演奏という印象。
楽器や技術者に於いては「均一」は重要なファクターですが、演奏においては褒め言葉にはなるかどうか微妙なところですね。

リシッツァとはおもしろいほど正反対だったのが、故エディット・ピヒト・アクセンフェルトによる同じくショパンのエチュードop.10/25全曲でした。
冒頭のop.10-1から、一つ一つの広すぎるアルペジョをせっせと上り下りするのは、聴いているほうも息が切れるようですが、その中に滲み出る独特の味わいがありました。

リシッツァでは上りも下りも風のひと吹きでしかないのに対して、アクセンフェルトは一歩一歩大地を踏みしめていくようで、各音の意味や変化を教義的に説かれているみたいです。
世の中にあまたあるショパンのエチュードの録音は、きっとこの両極の中にほとんど入ってしまうのかもしれません。

あれ?…まだたくさんあったのに、これだけで終わってしまいました。
また折々に。