良いお年を

ネットのCD通販サイトを見ていると、とくにハッキリとした理由もないのに、何気なく買ってしまうCDというのがあります。
最近のそれは、ニーナ・シューマン&ルイス・マガリャアエスというピアノデュオによる2台のピアノのためのゴルトベルク変奏曲で、編曲はラインベルガーとマックス・レーガーによるもの、このバージョンはたしか他にもCDをもっています。

なぜこれを買ってしまったのか、商品が届いた頃には、クリックしたときの気分は消え失せていることもしばしばで、自分で言うのも変ですが、「へぇ、こんなの買ってたんだ…」などと他人事のように気分で聴いてみることになります。

聴いて最初に感じたことは、ピアノの音が品がないなぁ…ということ。ところがライナーノートをみると、なんとベーゼンドルファーのモデル280とあり、そのギャップにますます驚いてしまいました。
まるで弾きっぱなしの調律をしていないピアノみたいで、記述がなければベーゼンの280というのはわからなかったかもしれません。かなり使われているピアノなのか、ギラギラした音で、今どき録音するのにこんなピアノを使うのかと驚きました。

演奏はかなり自在な感じで、バッハらしい節度とか様式感を保った礼儀正しさより、感覚的でドラマティックに弾いているといった趣です。音といい演奏といい、はじめはずいぶんくだけたバッハという印象が強く、こんなもの買ってとんだ失敗だったとため息をついていたのですが、とりあえず最後まで聴いているうち(78分)にだんだん慣れてきて、ついにはこれはこれで面白いと思うまでになりました。
今では何度も繰り返し聴いているCDなのでわからないものです。

さらには面白い一面もありました。
ピアノは好ましい技術者によってきちんと整えられたものがいいに決まっているし、録音ともなると、最低でもそれなりに調整された音であるのが半ば常識です。
ところが、こんな言い方はおかしいかもしれませんが、このCDのピアノはずいぶん雑な音であるし、演奏もどちらかというと抑揚のあるテイストなので、一歩間違えれば聴いていられないようなものにもなりかねませんが、このCDにはいつもとは違う危うい面白さみたいなものがありました。

しかも荒れたベーゼンドルファーというのは、どこか退廃的ないやらしさがあって、それが結果として生きた音楽になっているという、じつに不思議なものを聴いたという感じです。
ピアニストのニーナ・シューマン&ルイス・マガリャアエスというふたりは初めて聴きましたが、なかなか達者な腕の持ち主で、息もピッタリ、テンポにもメリハリがあって、緩急自在にゴルトベルクをまるで色とりどりの旅のように楽しませてくれました。

調べてみると、TWO PIANISTSというレーベルで、しかもこの二人がレーベルの発起人だといい、録音は南アフリカの大学のホールで行われている由で、なにもかもがずいぶん普通とは違うようです。
録音も専門家の意見はどうだか知りませんが、マロニエ君の耳には立体感も迫力もあり、湧き出る音の中心にいるようで、とても良かったと思いました。


ついでに、もうひとつ、思いがけなく買ったCDについて。
いま人気らしい、福間洸太朗氏の新譜がタワーレコードの試聴コーナーにあったのでちょっと聴いてみると、演奏者自身の編曲によるスメタナのモルダウが、えらくピアニスティックでリッチ感のある演奏だったので、ちょうど駐車券もほしいところではあったし、続きを聴いてみようと購入しました。

自宅であらためて聴いても、なかなかのテクニシャンのようで、どれも見事にスムースに弾けているのには感心です。
きめ細やかな、しなやかなタッチが幾重にも重なり、独特の甘いピアノの響きを作り出すあたりは、いかにも女性ファンの心を掴んでいそうな気配です。

曲目はモルダウのほか、ビゼーのラインの歌、青きドナウの演奏会用アラベスク、メンデルスゾーン/ショパン/リャードフの舟歌、リストによるシューベルト歌曲のトランスクリプションなどで、メロディアスな作品が並びます。
敢えて言わせてもらえば深みというより、耳にスッと入ってくる流麗さと快適感で楽しむ演奏で、オーディエンスの期待するツボをよく心得ていて、ファンに対するおもてなし精神みたいなものを感じます。

まあ、そのあたりが気にならなくもないものの、本来、音楽は人を楽しませることが第一義だとするならば、それはそれでひとつの道なのかもしれません。

福間氏は20代の中頃にアルベニスのイベリア全曲を録音しており、以前店頭でそのCDを見て「うそー?」と思った記憶があります。技術的には弾けても作品理解や表現力のために、そこから5年も10年もかけて熟成させたうえで公開演奏に踏み切るといった時代ではなくなったことは事実でしょう。
音楽家としての自分の個性や思慮深さより、なんでもできるスーパーマン的なものでアピールしていく、これが良くも悪くも今どきのスタイルなんだろうとと思います。


気がつけば、今年も残り二日間となりました。
来年こそはより良い年でありますように。