反田恭平

反田恭平というピアニストを初めて映像で見ました。
お顔を見て、以前雑誌『ショパン』の表紙に出ておられた方だと、すぐに思い出しました。

少し前の『題名のない音楽会』で、「音楽業界が注目する4人の音楽家」の中のひとりとして登場し、リストの巡礼の年から「タランテラ」を弾いたのですが、その上手さは圧倒的でした。

肉厚できれいな、恵まれた大きな手がまったく無理なく動いて、この難曲を実に周到に弾き切ったという印象。
会場はたしかオペラシティのコンサートホールだったと思いますが、このピアニストの集中度の高い演奏によって、あの広い会場を埋め尽くす聴衆がひきこまれる気配までテレビ画面から伝わってくるようでした。

まずなにより驚くべきはその圧倒的な技巧でしょう。
表現も借りものの辻褄合わせではなく、ひとつひとつが確信に満ちていて、こういう人が出てきたのかと唸りました。

音楽的にも落ち着いた構えで大きな広がりがあり、その腰のすわった弾きっぷりはまるで大家のようでもありますが、同時に今時の精密さがその演奏を裏打ちしているようでもあります。
現代は技巧的な平均レヴェルがずんと上がっているのか、かつては難曲として多くのピアニストがあまり近づかないような曲でも、今は誰でもスラスラ弾いてしまいますが、そんな中でもこの反田氏の演奏は頭一つ出ているようです。

ふと思い出したのはユジャ・ワンですが、圧倒的な技巧の持ち主というのは、演奏家としての根底に余裕があるからか、音楽的にも変な策略めいたものがなく、むしろ素直で、非常に真っ当に曲が流れていくのが印象的です。

ただし、少々あれっ?と思ったのは、NHKの「らららクラシック」でショパンの雨だれの前奏曲を取り上げた回にも、通しの演奏者として反田氏が登場していましたが、弾くだけならシロウトでも弾ける「雨だれ」では、マロニエ君はあまり感心しませんでした。

これだけのテクニシャンにしてみれば、あまりにシンプルで腕のふるい甲斐もないということなのかもしれませんが、全身筋肉のスポーツマンが無理にゆっくり散歩でもしているみたいで、心の綾にふれるような繊細さは感じられず、どちらかというと殺風景なショパンという印象でしたので、やはりこういう人は、演奏至難な曲に挑む時ほど能力のピントが合って、力が発揮できるのかもしれません。

敢えて言わせてもらうならば、マロニエ君は、どれほどの腕達者であろうとも、シンプルな曲や小品を弾かせて心を打つ演奏ができなければ、心から崇拝する気にはなれません。

ふとYouTubeという便利なものがあることを思い出し、反田氏のコンサートの様子をちょっとだけ見てみましたが、ショパンの英雄はちょっと賛同しかねるもので、もしかしたらショパンが合わないのかもとも思いました。
ショパンは、テクニシャンが技術的高みに立って作品を手中に収めたような演奏をすると、いっぺんに作品から嫌われてしまう気がします。その拒絶反応こそが、ショパンの繊細なプライドの証なのかもしれません。

マロニエ君が見た動画では東京のピアノ店が所有するホロヴィッツのスタインウェイを使っていましたが、この楽器の価値はさておいて、反田氏の演奏にはどうもマッチしていないように思われました。
この特別なスタインウェイは、ホロヴィッツがそうしていたように、変幻自在な、ときに魔術的なやり方で多彩な音色を引き出さないと、ただのジャラジャラした音の羅列に聞こえてしまい、あらためてホロヴィッツの芸術的凄味を感じることに…。

とはいえ、ひさびさにすごい日本人ピアニストの登場であることに間違いはなく、まあ、いっぺんCDを買ってみなくてはならない人だろうと思います。

もしうまく行けば、将来、日本のソコロフのような存在になるのかもしれないと思いましたが、まあそれはいささか想像が先行しすぎでしょうか。
もちろん大きな期待を込めて言っているのですが、マロニエ君自身は巷の評判ほどソコロフは好きではないことも付け加えておきたくなりました。音楽的にあまりにも泰然とし過ぎているというか、個人的にはどこか危うさのあるものが好きなのかもしれません。