ブレンド

CDのアルゲリッチとバレンボイムのピアノデュオは、ベルリンフィルハーモニーで演奏された2台のピアノによる春の祭典をメインとするCDがありますが、今年の春には、同じ顔ぶれでもう一枚CDがリリースされました。

昨年の7月に、ブエノスアイレスのコロン劇場で収録されたライヴ盤で、ご存知の通りこの二人にとっては生まれ故郷での演奏会ということになります。
曲目は、シューマン=ドビュッシー編曲のカノン形式による6つの小品、ドビュッシー:白と黒で、バルトーク:2台のピアノとパーカッションのためのソナタ。

バレンボイムとの共演はそれほど興味をそそられるものはないけれど、そうはいっても前回はなにしろアルゲリッチが『春の祭典』を初めて弾いたわけだし、彼女のCDはどんなものでも買うことにしているので、既出のCD音源は海賊版などもあるためさすがに100%とは言いかねますが、数十年間買えるものは徹底して買い続けているので、新しいものが出れば迷うことなく購入しています。

というわけで、今回も当然のこととして購入して聴いてみたところ、やはりさすがというべきで、初日たちまち3回ほど続けて聴きました。とくに今回は全体に馥郁とした印象が強く、バルトークでさえ楽しめる演奏になっていることに嬉しい印象をもちました。
輸入盤でもあるしライナーノートは今更という感じで見ていなかったのですが、夜寝る頃になって、なにげなく机の上のケースが目に入り、このときはじめて中のノートを取り出して見てみることに。

すると、最初のページの写真をみてアッと声を上げたくなるほど驚きました。
互い違いに置かれた2台のピアノのうち、バレンボイムが弾いているのは、以前このブログでも書いた「バレンボイムピアノ」で、これはバレンボイムの着想により、スタインウェイDをベースにChris Maeneが作り上げた並行弦のピアノです。
バレンボイムはこの自分の名を冠したピアノを弾き、対するアルゲリッチはノーマルのスタインウェイDを弾いています。

音だけ聴いては、さすがに半分はこのピアノが使われているなどとは夢にも思わないものだから、うっかり気が付きませんでしたが、そうと知ったらこのCDのこれまでとは何かが違う理由が一気に納得でした。
並行弦で、デュープレックススケールを持たず、芯線も一本張りのこのピアノは、従来のスタインウェイとは全く違った響きをしており、全体にほわんとした余韻を残しているのです。

このピアノがお披露目されたことを知った時も、いずれはバレンボイムがこのピアノを使ってCDなどをリリースするのだろうとは思っていましたが、まさか遠くブエノスアイレスで、しかもアルゲリッチとのデュオでそれを持ち出すとは、まるで思ってもみませんでした。

以前、スタインウェイレーベルのCDで、ニューヨークとハンブルクの2台によるデュオというのがあって、それも通常とは微妙に異なる響きがあって楽しめましたが、今回の2台はそれどころではない面白さです。

ほわんとしたやわらかな響きの膜の中に、ハンブルクスタインウェイのエッジのきいた響きも加わって、これはとても面白いCDだと思います。意識して耳を澄ますと、なるほどその音色と響きの違いがわかり、このところすっかりこのCDが病みつきになっていて、もう何度聴いたかわかりません。

本当は音だけを聴いてこの「異変」に気がつけばよかったのですが、それは残念ながら無理でした。
しかし、この2台による演奏は、けっして違和感がないまでに調和がとれていて、なかなかステキなブレンドだと思うし、そもそも2台ピアノというのは同じピアノを2台揃えるというのが一応の基本かもしれませんが、弾き手も違うのだから、ピアノも違っていてなんら不思議ではありません。

そもそも、そんなことをいったらオーケストラだって、各自バラバラのメーカーの楽器が集まってあれだけの演奏をしているのであって、ピアノだけが同じメーカーである必要性はないでしょう。
もちろん調律師さんなど、技術者サイドからみれば、同じピアノであることが理想だという信念をお持ちかもしれませんが、実際にこういう演奏を耳にすると、同じピアノのほうが統一感があって安全かつ無難かもしれませんが、面白味という点ではぐっと幅が狭くなることがわかります。

コーヒーでもウイスキーでも、ブレンドがあれほど盛んなのは、それによって奥行きや複雑さが増すからで、マロニエ君などはインスタントラーメンでも二人分を作るときは、違うものを混ぜたりしますが、これがなかなか美味しかったりします。
カレーのルゥも然り、ファミレスでは子供がドリンクバーでジュースをあれこれブレンドして飲んでいますが、あれもやってみると複雑さや柔らかさがでて、ことほどさようにブレンドというのは面白いものだと思いました。

ブレンドはある種ハーモニーであり、まろやかさの創出でもあるのだと思います。