ゆらぎ

スタインウェイ社自身がプロデュースするCDレーベルというと、そのものズバリの『STEINWAY & SONS』ですが、これがそこそこ面白いCDを出しているという印象があります。

中にはセルゲイ・シェプキンのような中堅実力者が登場することもありますが、多くの場合、一般的には無名もしくはそれに近いピアニストを起用しながら、独自の個性的なアルバムをリリースしており、マロニエ君は結構これが嫌いではないのでたまに購入しては楽しんでいます。

先日もスタニスラフ・フリステンコというロシアの若手が演奏する、FANTASIESというアルバムを聴いてみました。
演奏はそれなりで、とくにコメントすることもありませんでしたが、アルバム名の通り、シューマン、ブルックナー、ツェムリンスキー、ブラームスの各幻想曲を集めたものです。

めったに聴くことのないブルックナーのピアノ曲、初めて聴いたツェムリンスキーの「リヒャルト・デーメルの詩による幻想曲」などは大いに楽しめるものでした…が、それ以上に楽しめたのはやはりここでもピアノの音でした。

冒頭のシューマンの開始早々、うわっと驚くようなゆらぎのある響きというか、一聴するなり調律がおかしいのでは?と思うような特徴的なサウンドが部屋中を満たしました。
その正体はこれぞニューヨーク・スタインウェイとでもいう音で、とてもよく鳴っているけれど、ニューヨーク製らしい鼻にかかったような特徴のあるペラッとした音がなんだか楽しくもあり、どうかするとちょっと軽過ぎな感じにも聴こえてきたりするのですが、全体としてはきわめて魅力にあふれ、いかにも生のピアノを聴いているという実感に満ちています。

それにしても、出てきた音が揺らぐというか、陽炎ごしに見る景色のように響きが歪んで立ち上がってくるあれはなんなのかと、いまさらながら思いました。音の粒もどちらかというと各音によって音色や響き方にばらつきがあり、これは本来ならピアノとして問題視される要素かもしれませんが、それでもニューヨーク・スタインウェイには代え難い特徴というか魅力にあふれており、このあたりが簡単に❍☓では解決できない評価の難しいところだと思います。

マロニエ君も詳しく語れるほど知っているわけではありませんが、昔のメイソン&ハムリンやボールドウィンも似たようなややハスキーヴォイスを持っていますから、これは一世を風靡したニューヨークが生み出すピアノの特徴というか、地域が抱えもつDNAなのかもしれません。
アメリカの音楽には最適ですが、ヨーロッパのクラシック音楽にはときにちょっとそぐわない事もないではないけれど、いかにもアメリカらしいおおらかさと明るさ、ある種のアバウトさが日本やドイツのピアノづくりとは根底に流れる文化が違うことを感じさせられます。

ニューヨーク・スタインウェイを使ったCDを聴くと、わかっているはずなのに最初は耳があわててしまうのは、それだけ特徴的なピアノだからだと思いますが、しばらく聴いているとすっかり耳に馴染んでしまうあたりも、やはりタダモノではないということを毎回実感させられます。
しばらく聴いてNY製の音に慣れてしまうとそれが普通になり、その後にハンブルクを聴いたら、今度はこちらがなんだか遊び心のない、四角四面なピアノのようにも感じてしまうあたりは、いつも変わりません。

ここで使われているのは新しいピアノのようですが、今でもNY製の個性は健在であることがわかり、一度定まった音は信念をもって作り続けられることに敬意さえ覚えてしまいます。
どこぞのピアノのように、新型が出る度に、あっちへこっちへと方向を変えるメーカーとは、やっぱりそのあたりのぶれない自信とプライドがどうしようもなく違うようです。

この『STEINWAY & SONS』レーベルは、むろんスタインウェイ社のCDであるだけに、ハンブルク/ニューヨークは公平に使われているようで、両方の音が、メーカー自身がお墨付きを得た状態で聴いて楽しめることがなによりも特徴だと思います。
それにオーディオマニアでもないマロニエ君の耳には、録音も概ね秀逸ときているので、このレーベルを聴くときだけは演奏や作品よりも、「純粋にスタインウェイのサウンドをいろいろな演奏や作品を通じて聴く」ということに目的を特化することができるわけで、なんともありがたいレーベルです。