小菅優

クラシック倶楽部から、樫本大進、小菅優、クラウディオ・ボルケスの3人によるトリオコンサートで、ベートーヴェンのピアノトリオ第1番op.1-1全曲とゴーストの第2楽章が放映されました。

ピアノトリオは演奏時間の長いものが多く、たったこれだけで55分の番組は一杯になるようです。

小菅優については、これまで折々に注目はしてきたけれど、今どきにしては元気のいいピアニストとは思いつつも、なんだかもう一つ決め手がない感じで、それ以上に興味が進みませんでした。
CDも少しだけ持っていますが、ずいぶん若い頃のリストの超絶技巧練習曲などいくつかあるものの、これといった強い印象はありませんでした。キレの良い演奏をする人ではあるようですが、残念なことにくぐもったような音がいつも気になってしまいます。

マロニエ君は音の美しさというか、音そのものに演奏上の必然的な声を帯びた凝縮された音を出してくれないと、どうも惹きつけられないところがあるようで、その点彼女は活気ある演奏をするわりには、この点がどうも冴えないという印象でした。

ところが、今回の演奏はそれさえも気にならないほどの素晴らしいものでした。
まず、とてもよくさらわれてすべてに見通しがきいて、熱いエネルギーと細心の注意深さが両立しながら隅々にまで行き届いて、聴く者の耳を捉えて離さず、音楽は一瞬たりとも弛緩するところがない。

冒頭の変ホ長調のアルペジョからして、弾むようで繊細、以降も小菅さんのピアノはヴァイオリンとチェロの間を、器用に、そして柔軟に飛び回り、それでいて決してピアノだけが表に出るということなく見事なアンサンブルに徹していたと思います。
それでも、ピアノはひときわ強く輝いていており、この日はまさにピアノが主役だったと思いました。

小菅さんの個性というか魅力のひとつは、最近のクラシックの演奏家としては珍しいほどリズム感に優れ、拍を疎かにしない点だろうと思います。
まず作品の求めるテンポや適切なアーティキュレーションを見極め、そのための不便不都合はすべて自分の側で背負って変な辻褄合わせをしないという、演奏家としての良心があり、これは最近では珍しいことだと思います。

おそらくそのあたりはご当人もかなりこだわっているというか、彼女の演奏を成立させる要素として譲れないところがあるのだろうと推察されますが、小菅優のピアノには常に良い意味での緊張感があり、いきいきしたメリハリがみなぎっていると思います。
指もまことに小気味良く動き、そこにリズム感の良さもあいまって、このベートーヴェンのop.1-1という文字通り若書きの作品が、目の前にみずみずしい姿を顕してくるようで、ときにロマンティック、ときにモーツァルトのようで、退屈する暇もないないまま一気に進んでいきました。

小菅さんの素晴らしさにすっかり感心して、気がついたら樫本大進とボルケスのヴァイオリンとチェロはあまり注意して聴いていなかったけれど、お二人とも輝くピアノをしっかり支えるような安定感のある演奏だったと思います。

どうしても小菅さんの話に戻ってしまいますが、彼女の演奏はどれを聴いても溌剌として熱気があり、それでいて日本的な繊細さも併せ持つ人であるという点で、無機質で正確なだけの日本人ピアニストが多い中、あれだけ音楽に集中できるのは貴重な存在だといえるでしょう。

少し感じたことは、手首を細かく上下させることで鋭利なリズムを刻んでいるようで、これが彼女特有の深みのない乾いた音の原因ではないかとは思いました。
よりしなやかな指先の圧力によってタッチ・発音するようになれば、今の何倍も輝くような音になると思うのですが、まあマロニエ君は専門家ではないのであまりそういうことには言及しないほうがいいかもしれません。

この人には、さらにいろいろな経験を積んで、さらに成長して欲しいと期待をかけています。