海峡を渡るバイオリン

友人が探したい本があるというので、数軒のブックオフを周りました。

ブックオフは今どきのコミック本やゲームなどを中心とする古本屋かと思っていたら、必ずしもそうではなく、通常の本屋のように各ジャンルの書籍があって見事に分類されており、その数も大変なもので意外でした。

本屋に行けば、だれでも自分の興味のあるジャンルを見るもので、マロニエ君は音楽・美術関係を中心に見て回り、安いこともあって、新刊なら買わないであろう本を数冊購入することに。

その中の一冊が『海峡を渡るバイオリン』で、これは韓国出身のバイオリン製作家である陳昌鉉氏の口述から起こされた本。これまでに書店では何度か手にしたことはあったものの購入には至らず、この機会に読んでみようというわけです。

バイオリン職人の本なので、てっきり製作や修理に関する内容だと思い込んでいたのですが、話はご自身の幼少期から始まり、いわゆる生い立ちの話が延々と続くので、いったいいつになったら楽器の話になるのだろうと思いましたが、さすがに4~50ページもこの調子だと、どうやらそれがメインの本だということが、そのころになってようやくわかりました。

まずこの点で、目的とはいささか違った内容の本ではあったけれども、これはこれで読んでいて面白いし、文章がとてもきれいな読みやすいものであったこともあり、わずか2日ほどで読み終えてしまいました。

陳昌鉉氏は1929年の生まれ、14歳の時に来日、いらいずっと日本で活躍された方のようですが、前半は当然のように戦争の影が色濃くつきまといます。陳氏が子供の頃の朝鮮半島の厳しい社会環境、日本に来てからの差別や貧しさなど、現代の日本人からは想像もつかないような過酷な苦しみが淡々と綴られているのは、読んでいて胸が苦しくなるようでした。
それでも陳氏は故郷に母や妹を残し、大変な苦労しながら大学を卒業。さらに厳しい肉体労働などをしながら、それからバイオリン製作をまったく白紙から独学でものにしていくのは、ただただ驚く他はありません。

そして、そんな陳氏が後年にはアメリカの弦楽器の製作者コンクールで6部門中5部門で最高賞を受賞するまでになり、ついには「東洋のストラディヴァリ」といわれるようになるのですから、まさに彼の辿った人生そのものが人生大逆転の映画か小説のようなものだと言って差し支えないでしょう。
ウィキペディアをみると、この『海峡を渡るバイオリン』は2004年にフジテレビによってドラマ化されているようで、草彅剛さんが陳昌鉉氏を演じたようで、なるほどと納得。

マロニエ君はこの本の存在は、ずいぶん前から書店で何度も目にして知っていたけれど、陳昌鉉という優秀なバイオリン作家がいて、しかも日本で製作を続けたということなどは実はまったく知りませんでした。
これまでにもバイオリンの本はかなり読んだつもりでしたが、陳昌鉉氏の名が出てくることもなく、すべてをこの本で知るに及び、深い感銘を覚えました。

人一倍、根性ナシで、努力嫌いのマロニエ君からすれば、陳昌鉉氏の生き様は別世界の出来事のようですが、それでも人生を懸命に生きることはなんと価値あることかと思わずにはいられません。

いっぽうで、これは対象がバイオリンであったからの話で、もしピアノなら大きさ、複雑さ、おまけに工業力を要するという点で絶対にあり得ないことです。
もしもピアノが、チェンバロぐらいの構造(つまり一人の作家が一人で製作できる)であれば、いろいろな作家のいろいろなピアノがあったはずで、そうなるとずいぶん楽しいことになっていたような気がします。