コレクター

マロニエ君の古くからの友人にかなり重度のフルートマニアいます。
仕事の関係で長らく東京在住で、福岡に帰ると必ず連絡をよこしてくれますが、電話でも直に会っても、話はいつも唐突で、むやみに思いつめていて、早い話が「変人」といったほうがわかりやすい人間です。

酒と絵と音楽が大好きで、ピアノが好きで、そして何よりも彼は子供の頃フルートを習っていたこともあって、こちらは手のほどこしようのないディープなマニアです。

学生時代は親から買い与えられた普通のフルートを使っていましたが、成人して社会に出て、収入を得るようになるとしだいに彼の楽器熱はその本性をあらわし、はじめはゆっくりとした足取りではあったけれど、長年あたためていた自分の好みのフルートを少しずつ手に入れるようになりました。

ちなみに、ピアノと同じく、日本はフルート製造においても世界に冠たる地位を占めており、ムラマツ、パール、ヤマハなどの第一級品がひしめき、さらに世界に目を移せば、パウエルやヘインズなどの伝統あるブランド品があり、さらにさらに高じればヴァイオリンよろしくルイロットだハンミッヒだというオールドの領域が存在するようで、これはもう足を踏み入れた者にとっては、とてつもなく深く果てしない世界であるようです。

フルートの世界でもピアノ同様にヤマハはしっかりその一角を占めており、作りのよさ、信頼性、コストパフォーマンス、イージーな鳴り(高性能)などで世界の定評を得ているというのですから、そのぬかりない手腕には呆れるばかりです。

さて、その友人は、新品で買える主要なメーカーのフルートを着々と手に収めていったまでは、彼の熱狂的フルート愛を知るマロニエ君としてはまあ当然の成り行きだろうと思っていました。
当時のパウエルだかヘインズだかは、オーダーから納品まで数年を要したのだそうで、マロニエ君のような気の短い人間にはとても耐えられそうにもないなと、内心思ったものです。

彼と一緒に、東京の楽器フェアに行ったとき、フルートメーカーの展示ブースではかなり高額な黒い木のフルートをあまりにも真剣に試しているので、もしや買ってしまうのではないかとヒヤヒヤした覚えもありました。
(ちなみに、フルートは金管楽器と思いがちですが、ルーツが木の楽器であったためか、現在でも「木管楽器」として分類されています。)

その後、彼の関心の中心はついにヴィンテージへと移っていきました。
歴史に名を残す、ヨーロッパの名工の作品を求めて、それを所有するというブローカーや楽器職人がどこそこにいると聞いては遠方にまで出向いたりしていたようですが、この世界はリスクも非常にあるわけで、贋作はもちろん、長い年月の中で幾人ものオーナーの手を渡り、その過程で不適切な改造が施されたり、別のフルートのパーツと組み合わせられたりなど、さまざまな問題を抱えている場合も少なくないようです。
なにより自分自身の眼力がものをいうようで、マロニエ君なんぞは恐ろしくてとてもじゃありませんが、御免被りたい世界です。

東京にはフルートの専門店もある由で、そこのショーケースには名のあるヴィンテージのフルートがときどき姿を現したりするものだから、彼はいつもこの店に出入りしていて、むろん常連だか得意客のひとりとして認識されているようです。

彼は晩婚ではあったけれど、人生のパートナーともめぐり逢い、子どもも2人生まれて、さすがにもうこれまでのようなコレクション三昧はできないだろうと(本人も)思っていたのですが、そんな通り一遍の常識なんぞ、結局彼には通じませんでした。
真の趣味道趣味人というものは、俗世間の制約ぐらいですごすごと引き下がるようなヤワではないようです。

それから数年後、福岡におられた彼のお母上が大病を患われ、ごく最近他界されたのですが、このときはさしもの彼も見舞いやら葬儀やらで東京福岡を頻繁に行き来することを余儀なくされて、しばらくはフルートもお預けなのだろうと思っていました。
ところが、先日ふたりでゆっくり食事をした折に聞いたところでは、その間にも家族には内緒で、さるドイツの名工の作と謳われるヴィンテージフルートの売り物とめぐり逢い、それを購入するか否か、この間もずっとその品定めにかかわっていたというのですから、その放蕩ぶりにはさすがにひっくり返りました。

お値打ちフルートをどれだけの数もっているのか、マロニエ君さえも正確なことは知りませんが、こういう人間も生み出すほど、楽器というものには魔性があるということかもしれません。