マロニエ君の自室は決して広い部屋ではありません。
ここは、寝る、本を読む、着替えをする、音楽を聴きながらパソコンを見るだけの場所なので、それらに必要なもので溢れており、ときどき思い出したように反省して整理しますが、いつの間にか同じような状態に戻っています。
自分だけの空間であるから、物の配置もいい加減で、成り行きで現在のような形態なっており、椅子から立って、部屋を出る短い通路(というかすき間)も、他人が通ったら物を引っ掛けそうな状況になっています。
昨日そこを通過するとき、左足の小指を、置いてある非常用の椅子のキャスターにしたたかに打ち付け、幸い怪我はなかったけれど、一瞬めまいがするほどの痛みと同時にバランスを崩してあやうく周辺に積み上げられたCDなどともろとも転倒するところでしたが、ぎりぎりのところで壁に指をささえ、かろうじて踏みとどまることができました。
ジンジンと疼く足の指をさすりながら、そろそろ少し物を片付けないと、思わぬ大けがをする危険があるなぁ…などと思いつつ、ともかく無事だったこともあり、そんな危機感もすっかり消滅してしまっていました。
それから数時間後、外出から戻り、着替えなどをすべく自室に入ったところ、今度は右足の小指を同じ椅子のキャスターにまた引っ掛けてしまい、前回ほどではないにせよ、まあそれなりの痛みに思わず顔をしかめることになり、今日はついていないなあと思いながら着替えをしたり、メールのチェックをしたり。
その後、用を済ませて部屋を出るべく、再び椅子を立ってドアに向かったところ、なんと三たび件の椅子のキャスターに左足の小指がヒットして、後の2回ははじめのような激痛と転倒につながるほどのものではなかったけれど、さすがに日に三度とは薄気味悪くなり、自分がどうかしたのだろうか…と考えこみました。
椅子のキャスターの向きでも変わっているのかなど、状況確認してみると、一つの事実が判明。
いつもは家具にピッタリくっつけている椅子が、ものを出し入れした後の戻し方が悪かったのか、このときは家具との間にわずかな(5cmほど)のすき間がありました。つまりそのぶん、キャスターの位置がいつもより前に出ていたというわけです。
日常の中で、まったく無意識・無造作に動かしている身体ですが、実はその加減を体がちゃんと覚えて動いていて、わずか5cmちがってもぶつかってしまうほど危ういところを「正確」に動いていたのかと思うと、自分のことながら、なんだか人間の体ってすごいもんだなあと妙に感心してしまいました。
考えてみれば、人のからだの動きは脳の働きに司られていて、それと身体的条件が重なって、実際にはほぼ決まった動きをきっちり繰り返しているのかもしれません。
となると、ピアノを弾いてもよほど丁寧にさらっていないと、ほぼ同じ場所で必ず間違えることなども、見方を変えればそれだけ正確に動いている証なのかもと思いました。
この動作というか能力を極限まで磨き上げたものが、芸術家の妙技であり、アスリートのパフォーマンスであり、職人の至高の技なんだと思うと、人の身体のクオリティというものが、実は私達が思っている以上にとてつもなく精巧なものに思えてきました。
どんなによくできたロボットでも、生身の人間にはとても敵わないことがその証拠かもしれません。