テレビの某音楽番組で、「ピアノの巨匠と…」というようなタイトルで、男女二人の日本人ピアニストがスタジオに招かれての放送回がありました。
女性は日本国内限定で有名な中年の方、男性はよく知らない若い人でした。
ピアノがメインで、ピアニスト二人が登場したからには、それなりのなにかテーマをもった企画と思いきや、なんだったのかよくわからない漠然とした内容に、思わず「なにこれ?」と思ってしまいました。
司会を担当するヴァイオリニストが、それぞれに「最も影響を受けたピアニストはだれですか?」というような平凡な質問をしたところ、その答えは平凡きわまりないもので、女性ピアニストは「ルビンシュタイン」で男性は「ミケランジェリ」という、定番すぎる答えにも唖然。
番組企画のシナリオなのか、本心からそうなのかわかりませんが、マロニエ君としてははっきりいってズッコケました。さらにその後に出てきたもうひとつの名前がホロヴィッツで、はいはいというだけ。
もし、おなじ質問をエマールや内田光子にしたら、へええというような名前と、一聴に値する理由説明があることでしょう。
で、スタジオの女性ピアニスト曰く、昔のLPを持ってきたといってそれをかざしながら「私はルビンシュタインの弾くポロネーズを、寝る前に部屋を真っ暗にして、ステレオで、大音量でかけて毎晩寝てた」といい、思わず「ホントに?」と思いました。
いくつの頃の話か知らないけれど、毎晩?寝る時間に大音量?針は自分で上る方式だったの?ステレオは朝まで電源入りっぱなしだったの?などといくらでもつっこみを入れたくなります。
もちろんルビンシュタインもミケランジェリも大変なピアノの巨匠であることに異論はないけれど、いやしくもピアニストを生業として、この世界に長年首を突っ込んでやっている以上、もうすこし専門的な内容が欲しかったのです。
より正確にいうなら、ルビンシュタインでもミケランジェリでもいいのだけれど、なるほどと納得させられるようなピアニストならではの理由や根拠があっていい気がして、ただのアマチュアのような言いっぷりに驚いたのかもしれません。
そのうち、女性ピアニストが超有名曲をへんな調子で弾き、なんでその曲をそのタイミングで弾くのかもわからなかったし、またちょっとおしゃべりになり、続いて男性ピアニストがラヴェルを彈かれました(センスの良い演奏だとは思いました)。
このあと、スタジオセットの中に置かれたピアノ(ハンブルクスタインウェイD)が画面上は何の前触れもなくすり替えられ、一見したところさっきのに比べてずいぶんくたびれた感じのニューヨークのDに変わっていました。
ホロヴィッツが使ったという有名な楽器で、ああそのためにホロヴィッツの名前を出して後半に繋いだのかという見え見えの流れです。
二人のピアニストも嬉しそうに触ってみましたが、印象はもっぱらキーが軽いということばかりで、音色や響きに関するコメントは何ひとつありませんでした。
それどころか、女性のほうは、このピアノなら「なんかパリパリ弾くのすごい簡単に弾けそう」「かーるいかるい、どんな難しいのもフルフルフルって行けそう」「車で言ったら改造車ですよね」と、ホロヴィッツの演奏には楽器のほうにも特種な秘密があった…とも取れるコメントには少々驚きました。
最後に、ホロヴィッツがアンコールでよく弾いたシューマンのトロイメライを、女性ピアニストのほうが弾きました。お顔は恍惚の表情でしたが、ただ音符を弾いただけでした。
まさかこのピアノも、後年日本に連れて行かれてこんな使われ方をするとは思ってもみなかったのではと思うと、なんとなくその年をとった枯れた感じのシャープな姿の中に、ひとひらの哀れを感じてしまいました。