アンスネス

いまや世界の有名ピアニストの一人に数えられるノルウェーのレイフ・オヴェ・アンスネス。
CDも何枚か持っているものの、実を云うとその魅力とはなんであるのか、長いことよくわからないまま過ごしてきたマロニエ君でした。

昨年11月に来日したようで、N響定期公演のデーヴィッド・ジンマン指揮によるオール・シューマン・プログラムではピアノ協奏曲のソリストとしてアンスネスが出演しているの様子を録画で視聴してみました。

番組冒頭では、いきなり「カリスマ的人気を誇るピアニスト」とナレーションされたのにはまず強い違和感を覚えました。
アンスネスが現代の有名ピニストの一人であることはともかくとしても、その演奏はおよそカリスマといった言葉とは相容れないものではないかと感じましたが、その次の「端整で温かみに満ちた演奏」という表現に至ってようやく納得という感じです。

とりあえずサーッと一度通して聴いてみましたが、シューマンの協奏曲でも、とくに聴きどころというか聴かせどころというようなものはなく、かっちり手堅くまとめられた、終始一貫した演奏だと感じました。
規格外の事は決してやらない、男性的な固い体つきそのものみたいなぶれない演奏で、その表現にも意表を突くような部分は一瞬もなく、抑制された穏やかな表現が持続するさまは、わくわくさせられることもないかわりに、変な解釈に接したときのストレスもなく、どこまでも安心して聴いていられるのがこの人の魅力だろうと思いました。

これといった感性の冴えやテクニックをひけらかすことは微塵もなく、彼ほどの名声を獲得しながら自己顕示的なものは徹底的に排除されて、淡々と良心的な仕事を続けているのはいまどき立派なことだと思いました。
演奏に冒険とか、心を鷲掴みにする要素はないけれど、今どきの若い人のようにただ楽譜通りに正確に弾いているだけというのとは違い、空虚な感じはなく、一定の実質があのは特徴でしょう。
変な喩えですが、能力もあり信頼の厚い理想の上司みたいな感じでしょうか。

さらには北欧人ゆえか、根底にあるおおらかさと実直さが演奏にもにじみ出ており、派手ではないけれど、なにかこの人の演奏を聴いてみようという気にさせるものがある気がしました。
演奏は常にかちっとした枠の中に収まっており、第一楽章のカデンツァなども、およそカデンツァというよりそのまま曲が続いている感じで、オーケストラがちょっとお休みの部分という感じにも聴こえました。

インタビューでは第二楽章はオケとの対話のようなことを言っていましたが、対話というより、分を心得た真面目な仕事という感じ。

アンコールはシベリウスの10の小品からロマンスを演奏しましたが、北欧の風景(写真でしか見たことないけれど)を連想させるようで、いかにもお手のものというか、アンスネスという人のバックボーンがこの北欧圏にあるのだということがひしひしと伝わるものでした。

北欧といえば、家具や食器のように、多少ごつくて繊細とはいえなくても、温かな人間の営みの美しい部分に触れるようなところが、この人の魅力なんだろうなぁと思いました。

ところで、第一曲のマンフレッド序曲が終わってジンマンが袖に引っ込むと、画面はピアノがステージ中央に据え付けられた映像に切り替わりましたが、これがなんだかヘン!なにかがおかしい。
アンスネスが登場して演奏が始まるとすぐにそのわけがわかりましたが、ピアノの大屋根が通常よりもぐっと大きな角度で開けられており、そういえばYouTubeだったか…とにかく何かの映像でもアンスネスがそういう状態のピアノを弾いているのを見た覚えがありました。

よくみると、通常の支え棒の先にエクステンションの棒が継ぎ足されていて、ノーマルよりもかなり大きく開いているようです。
おそらく響きの面で、アンスネスはこうすることで得られるなにかを好んでいるのでしょう。

ただ、舞台上のピアノのフォルムが大幅に変わってしまい、かなり不格好になっているのは否めませんでした。
もちろん音楽は見てくれより音が大事なんですけどね。