自室にピアノを-2

小規模メーカーの「手工芸的ピアノ」に対する評価は、ヤマハやカワイのような工業製品としての安定性を良しとする向きには賛否両論あるようで、その麗しい音色や楽器としての魅力を認める方がおられる一方で、あまり評価されない向きもあるようです。
たしかになんでもかんでも手造りだから良いというわけではないのは事実でしょう。
パーツの高い精度や、ムラのない均一な作り込みなどは優れた機械によって寸分の狂いもないほうが好都合であることも頷けますし、交換の必要なパーツなどは注文さえすれば何の加工もなしにポンと取り替えれば済む製品のほうが仕事も楽でしょう。

ただ、手造りのピアノは職人が出来具合を確かめながら手間ひまをかけて作られ、いささか美談めいていうなら、その過程で楽器としての命が吹き込まれるとマロニエ君は思います。
材料もメーカーによってはかなり贅沢なものを用いるなど、とても現代の大量生産では望めないような部材が使われていることも少なくなく、これは楽器として極めて重要な事だと思うわけです。

むろん正確無比な工作機械によって確実に生み出されるピアノにも固有の良さがあることは認めます。
ただ、それをいいことにマイナス面の歯止めが効かないことも事実で、質の悪い木材をはじめプラスチックや集成材など粗悪な材質を多用して作られてしまうなど、果たしてそれが真に楽器と呼べるのかどうか…。

マロニエ君は音の好みでいうと大量生産の無機質な音が苦手なほうなので、べつに妄信的に手造り=高級などとは単純に思ってはいないけれど、多少の欠点があることは承知の上で、ついつい往年の手作りピアノに心惹かれてしまいます。
場合によっては下手な職人の手作業より、高度な機械のほうが高級高品質ということがあることも認めます。
それでも、「人の技と手間暇によって生み出されたものを楽器として慈しみたい」「そういうピアノを傍らに置いて弾いて楽しむことで喜びとしたい」という情緒的思いが深いのも事実です。

マロニエ君の偏見でいうなら、シュベスター、シュヴァイツァスタイン、クロイツェル、イースタインなどがその対象となり、まずはたまたまネットで目についたシュヴァイツァスタインに興味を持ちました。

戦前の名門であった西川ピアノの流れをくむというシュヴァイツァスタインはやはり手造りで、多くのドイツ製パーツを組み込んだ上に、山本DS響板という響棒にダイアモンドカットという複雑な切れ込みを施すことによって優れた持続音を可能にするという非常に珍しい特徴があり、このシステムはいくつかの賞なども受けている由。
しかし、メーカーに問い合わせたところ、この特殊響棒はとても手間がかかるため当時から注文品とのこと。すべてのモデルに採用されているというわけではなく、これの無いピアノも多数出回っていることが判明。

また、信頼できる技術者さんに意見を求めたところ、多くを語れるほどたくさん触った経験はないけれど、強いてその印象をいうと、それなりのいいピアノではあった記憶はある。でもとくに期待するほどの音が確実にするかどうかは疑問もあるという回答。
それからというもの、ネットの音源を毎夜毎夜、いやというほど聴きまくりましたが、マロニエ君が最も心惹かれるのはシュベスターということが次第にわかってきました。

ところが、シュベスターは中古市場ではかなりの人気らしく、ほとんど売り物らしきものがありません。
YouTubeで有名なぴあの屋ドットコムの動画もずいぶん見たし、あげくに電話もしましたが、古くて外装の荒れたものが1台あるのみで、今のところ入荷予定も全く無いらしく、「入荷したらご連絡しましょうか?」的なことも言われぬまま、あっさり会話は終了。

そんな折、ヤフオクにシュベスターの50号というもっともベーシックなモデルが出品されているのを発見!
とりわけマロニエ君が50号を気に入ったのはエクステリアデザインで、個人的に猫足は昔から好きじゃないし、野暮ったい木目の外装とか変な装飾なんかも好みじゃないので、シンプルで基本の美しさにあふれた50号で、しかも濃いウォールナットの艶出し仕様だったことは大いに自分の求める条件を満たすものだと思われました。

しだいにこのピアノを手に入れたいという思いがふつふつと湧き上がり、さすがに終了日の3日前ぐらいから落ち着きませんでした。
案の定、終了間際はそれなりに競って、潜在的にこのブランドを好む人がいかに多いかを思い知らされることとなり、入札数は実に90ほどになりましたが、幸い気合で落札することができました。
そうはいっても1台1台状態の異なる中古ピアノを、実物に触れることなくネットで買うというのはまったくもって無謀の謗りを免れなぬ行為であるし、眉をひそめる方もいらっしゃると思います。
マロニエ君自身もむろん好ましい買い方とは全く思っていませんが、さりとて他にこれという店も個体もないし、こうなるともう半分やけくそでした。

鍵盤蓋などに塗装のヒビなどもあり、知り合いのピアノ塗装の得意な技術者さんに仕上げを依頼することになりますが、果たしてどんなことになるのやら。
もしかしたら響板は割れ、ビンズルというようなこともないとは限りませんが、そんならそれで仕方ないことで、それを含めてのおバカなマニア道だと割り切ることにしました。
こちらから運送会社を手配し、先ごろやっと搬出となり、1000kmにおよぶ長旅を経て福岡にやって来ることになりますが、はたしてどんなことになるやら楽しみと不安が激しく交錯します。

ちなみにシュベスターのアップライトは全高131cmの一種類で、ものの本によればベーゼンドルファーを手本にしているとか。
たしかに動画で音を聴いていると、独特の甘い音が特徴のようですが、はてさてそのような音がちゃんとしてくれるかどうか…。