ご対面

今回のシュベスターの運搬と外装修復には大きな偶然が絡んでいました。
その運送会社の福岡での倉庫と、知り合いの技術者さんの工房は、なんと同じ建物内だったのです。

そもそも運送料金を尋ねたのは、携帯の中に入っている何件か登録しているのピアノ運送のうちのひとつだったのですが、そこが結果的に最も安かったわけですが、あとから気づいたことには、知り合いの技術者さん(調律師でありならがピアノの塗装などを中心とする木工の職人さん)の工房が、このピアノ運送会社の中の一隅にあったのです。

ずいぶん前に、その塗装工房を見せていただいたことはあったけれど、なにぶん夜であったし、周囲は真っ暗で、運送会社の名前も何もろくにわからないままだったのですが、それがあろうことかたまたま電話した会社だったというわけ。

おかげで、信州方面からはるばる運ばれてきたシュベスターは、わざわざマロニエ君の依頼しようとしている工房へ運び込むという二度手間を必要とせず、自動的にその木工工房がある倉庫へやってくるという幸運がもたらされました。

ただ、場所を移す必要がないとはいっても、いったん開梱し、作業後に再び梱包して納品となるわけで、その分の費用が必要だろうと思っていたら、それは免除してくださるとのことで、なんたるラッキー!

過日のこと、1週間の長旅を経てシュベスターが福岡の倉庫へ到着したとの連絡を受けました。
ちょうどこのときマロニエ君は風邪をうっすらひきかけて微熱があり、以前行ったときの記憶ではその倉庫はかなり寒かったので、普通だったら日をおいて出直すところですが、なにしろヤフオクでピアノの見ず買いという、とてつもない冒険をやらかしたブツがやってくるわけで、現物はどんなピアノか一目見たい、その音をわずかでも聞いてみたい、という衝動をどうしても抑えることができませんでした。

まるまると厚着をして、市内から4~50分ほどかかるその倉庫へ着いたときは、爽やかな青空の下に春の陽光が射すような清々しい天候でしたが、さすがに倉庫内は冷蔵庫の中かと思うほどの低温状態でした。

さて、ご到着遊ばしていたシュベスターは、わりに入口に近いところに置かれていましたが、ほぼ写真で見た通りの外観で、両足や腕の角の部分に幾つかの傷があることと、鍵盤蓋の外側(閉めたときに上面になる部分)がかなり傷んではいましたが、それ以外は思ったほどでもなく、縦横平面部分にはかなり艶もあって、それほど悪い印象でもありません。

肝心の音はというと、これはもうヤマハやカワイとはまったく異なる、独特の音色でした。
全体にパワー感にあふれているとか、すごい鳴りをするという系統ではないけれど、弾けばフワンと響いて音楽的な息吹を感じさせてくれるものでした。
一音一音が太くてたくましい音というのではなく、出てくる音に艶と表情があり、知らぬ間に温かさがあたりに立ちこめて、そのやさしい響きは和音でも濁らない透明感があるようでした。

シュベスターのアップライトはベーゼンドルファーを模倣したという事を読んだことがあり、へぇ…そうなんだぁ…と思うけれど、マロニエ君の耳にはどちらかというと甘くかわいらしい響きを好むフランスピアノのような印象でもありました。
いずれにしろ、一部の人に高い人気があるというのはなるほどわかる気がしました。

中は、とくにきれいでもないけれど、かといって、あれも交換これも交換というような悲惨な状態ではなく、しばらくはこのまま調整しながら使えそうな感じであったことも安心できました。

塗装面は艶は充分あるけれど、塗装そのものが現代のものとは違うのだそうで、見る角度によってはピーッとおだやかなヒビが幾筋か入っていたりしますが、これを完全に取るには全部剥がして再塗装する必要があるとのことでした。
しかし、その技術者さんの意見としては、そういうピアノなんだし、この程度であればこれはこれで味として残っていてもいいのでは?というもので、その点はマロニエ君も同感でした。

それが許せないくらいなら、そもそも新品か完璧にレストアされたものを買うべきですよね。
というわけで、安心しつつ帰宅したころにはみるみる体調は悪くなり、夜には熱が38℃を越してしまいました。