いつも同じ位置

なまけ者にはなまけ者なりの言い分があるというようなお話。

ピアノは好きでも、なぜか練習は大嫌いなマロニエ君ですが、その練習嫌いの理由を考えてみたところ、もちろん第一には下手くそであるとか、暗譜が苦手といったいろいろの要素があるのですが、それ以外の、普段気づかない要因にひとつ行き当たりました。
それはピアノという楽器が大きく、絶望的に重いため、とても気軽には移動できないこと?…ということが関係しているような気がするということ。

ピアノはいつも同じ部屋の同じ位置から微動だにしないというシチュエーションで、おまけに室内なので照明などピアノをとりまく環境がいつも同じというか、要するに日々の変化とか新鮮味というものがまるでありません。もちろん新しい曲に挑戦する新鮮さとか、できないことができるようになったというような変化の喜びはあるとしても、単純に置き場所は一年365日いつもおんなじだということ。

床のカーペットさえインシュレーターがめり込むほど、いつも寸分たがわぬ位置にデンと鎮座するピアノに向かって、そのフタを開け、ひとり黙々とマズイ音を出しながら練習するのって、かなりクライ作業というか根気を要する行為だと思うわけです。

これがヴァイオリンやフルートの人なら、少なくともあっちを向いたりこっちを向いたり、部屋のド真ん中で弾くも良し、気が向いたら窓辺に近づくことだって、別の場所に移動することも可能です。

しかし、ピアノは基本的に「動く」ということから残酷なまでに切り離された楽器で、少なくとも自宅では必ず決まった場所でしか弾くことができません。
もし、部屋の模様替えなどであの重くて大きなピアノを動かすとなると、それなりの人手も必要だし、動かす・あるいは移動させるだけの確かな理由も必要になるし、その後気が変わってやり直しをするにも、同じだけの人員やコストがかかるため、そんな面倒くさいことはまずやろうとは思わないという方がほとんどだろうと思います。

そうなると、やっぱりピアノはいつも同じ部屋で不動の体勢をとっており、同じ向きで黙々と練習する以外にありません。
もしこれが、(さすがに別の部屋とはいわないけれど)少なくとも日によってピアノの向きや位置を自在に変えられるとしたら、練習する側の気持ちもかなり気分転換できるのではないかと思うのです。

実をいうと、もう何年も前のことでしたが、親しい調律師さんの仲介により、ホールなどで使用するグランドピアノ用のピアノ運搬機をお世話していただき、マロニエ君の自宅には、このいかにも場違いな装置があることはあるのです。
どこから出てきたものかは知りませんが、中古でこれが出たというので値段を聞いてもらったところ、新品はかなり高額であるにもかかわらず、需要もないのか驚くような破格値だったので即決して我が家に運び込んでもらいました。しかし、さすがにコンサートグランドまでリフトして動かせる機能があるだけのことはあって、想像よりずいぶん大型だったことに驚き、家人は見るなりこんな大きくて不体裁なものを部屋に置くことに対して眉をひそめたものでした。

いらい、ピアノの下にはこの運搬機が、親象の下に小象が入り込むようにいつも入っており、しかも色はベージュで大きく目立つこともあってか、はじめてマロニエ君宅に来た人からは「これ、何ですか?」という質問を何度かされたことがあります。

ともかく、この運搬機があるおかげで、マロニエ君の場合はグランドピアノをたったひとりで動かすことができるにはできるのですが、それでもピアノを浮かせるには大きく重いハンドルをせっせと回し続けるなど、うっすら汗ばむほどの作業で、とても気軽にやろうというなことではありません。
しかもピアノを家具や壁にぶつけないよう、大きなピアノのあっちにまわって押したりこっちにきて引き寄せたりと、モノが数百キロある故にかなりの重労働となります。

というわけで、もし動かすとしても大変、またもとに戻すのも大変というのを考えると、なかなか実行には至らず、かくしてピアノはいつも同じ位置にあるのです。